「林原めぐみっていいよね。なんか元気が出る」

『銀河英雄伝説』を全巻読破した益荒男さんはイヤホンを外しながらそう言った。

「うん、そうだね。わたしは『Reflection』が好きかな。お母さんがよく聴いてたから」

「私は『Plenty of grit』が好き。歌詞が気合い入るよね」

おそらくわたしが生まれてはじめて聴いた曲は林原めぐみだったと思う。

わたしは物心のついた瞬間というのを覚えていて、その時にかかっていたのが『Reflection』だった。

「私が格闘家だったら入場曲に林原めぐみを使うな。そのぐらいいい」

「そう言えば益荒男さんって……」

「駄目駄目、そこは呼び捨てにして。益荒男さんとかそういうのは駄目だから。ユキって呼んで、ユキって。せーの」

「あ、じゃあユキは……」

わたしはこの時初めて他人を呼び捨てにした。

自然に発声できたことに驚いた。

わたしは用もないのに急用を思い出したと言って部室の外に出た。

なんか、すごく恥ずかしくなってしまったのだ。

でも、ファーストネームを呼び捨てにした瞬間、友だちになれたような気がした。

わたしは校庭に出た。

ちょうど下校時刻ということもあってたくさんの生徒が校門を目指していた。

わたしは校庭を見渡した。

バルタン星人の銅像がまた増えている。

今の校長が赴任してから学校のいたるところにこの銅像が設置されていた。

正直、気味が悪かった。

校長は何かを企んでいる。

なんとなく、そんな気がした。

そのバルタン星人の銅像のところに校長がいた。

隣には生徒会長の大蟷螂楓もいる。

何か密談をしているようだった。

わたしは楡の木に隠れて様子を伺った。

何か校長の秘密がわかるかもしれない。

「あの部屋に居る連中、読書クラブだったか。それと益荒男とか言う女、何か人ならざる気を感じる。決してぬかるでないぞ」

「わかりました。必ずや読書クラブもろとも……何奴!」

大蟷螂楓がこちらに気付いた。

わたしはとっさにモノマネをした。

「にゃ、にゃー」

「「何だネコか」」

この二人、バカなのかもしれない。

わたしは急いで部室に戻った。

「あら、ごきげんよう稲荷口さん。先ほどはどうも。盗み聞きとはいいご趣味ですこと」

大蟷螂楓だった。

生徒会を従えて読書クラブの部室に大挙押し寄せている。

「な、なんの用ですか。これから読書をしなければならないのですが。それと、わたしはたまたまあの場所にいただけですから」

「まぁ、何でもいいでしょう。今さらあなたの言い分なんか聞いてもしょうがない。さぁ、みなさんはじめますわよ」

ダンボールを持ち込んだ生徒会は一斉に本棚の書物を片付けはじめた。

片っ端からダンボールに本を詰めている。

「ちょっ、ちょっと何やってるんですか!? やめてください!」

「あなたはわたくしがやめてくださいと言ったらやめるんですか? やめないでしょう? そういうことです」

「やめます、やめます! だからやめてください!」

わたしは追いすがるように懇願した。

でも聞き入れてはもらえないようだった。

「また桜の木の下に戻ればいいでしょう。一年に一度しか咲かない出来損ないの花。あなたのような不具者にはお似合いです」

わたしは俯いて右足を眺めた。

言葉が出なかった。

今すぐにここを離れたかった。

「んん? なんかうるさいなと思ったら掃除? 片付けてるの?」

むくっと起き上がった大きな影。

イヤホンを外してあくびをした。

「ユキ、寝てたんだ」

「うん。『ねじまき鳥クロニクル』とか言うのを読んでたんだけど退屈で寝ちゃったんだよね。で、みんな何してんの?」

忍部くんが耳打ちで説明、事態が飲み込めたらしいユキの顔はだんだんと険しくなった。

無言で立ち上がったユキはダンボールの本をものすごい勢いで本棚に戻しはじめた。

忍部くんと引井くん、セリの設置作業中だった特撮部の富野くんと宮崎くんも手伝っている。

本はあっと言う間に元どおりになった。

そして、

「せーの」

ガシッと本棚の角を掴んだユキは思いっきり引き倒した。

「ぎゃあー!」

大蟷螂楓と生徒会は大量の書物の下敷きになった。

「さっきの話聞こえてたぞ。このクソ野郎!」

「ち、ちがう。校長が、油蝉校長がやれと言ったんです。わたくしたちはその命令に従ったまでで……」

「そこじゃないんだよ。さっきの桜が一年に一度で出来損ないは不具者がお似合いだとか言うところ、あれはお前のアドリブだろ。ちがうのか!」

「も、も、も、申し訳ありません。以後、気をつけますから。ゆ、ゆ、許してぇえぇぇ」

大蟷螂楓は大量の本に埋もれながら泣いて懇願した。

「ダメ、許さない。狐太郎、あれ持ってきて」

コクリと頷く忍部くん。

持ってきたのは大皿に盛ったいなり寿司だった。

「いなり寿司の刑に処す」

ユキは本に埋もれて仰向けになった大蟷螂楓の口にいなり寿司を押し込みはじめた。

「ホボッ、ホボッ、ボボォッ。もうはめれふっ、ほれいひょう、はべはべまぺんっ! ホボぉッ!」

「私のいなり寿司が食べられないのか! おらおら!」

大量のいなり寿司を頬張りながら号泣する大蟷螂楓。

もはや生徒会長の威厳はどこにもなかった。

「これでわかった? わかったんならサユリに謝る。はい」

「も、もうぴわけごだいまぺん。もうにぼぽ、このようぱぽこはいぱぴまぺんっ……ホボぉッ!」

大量のいなり寿司を吐き出した大蟷螂楓はそのまま気絶した。

なぜか半笑いだった。

「もうこうなったら校長室にカチ込むしかないわね。何を企んでるのか、その正体を暴いてやる」

「わたしも、読書クラブの部長として同行します。責任のある立場ですから」

こうして、わたしたち読書クラブは校長室に乗り込むことになった。

波乱の幕開けだった。

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