GHOST END

1話 「約束」 【データ改変済】


 気づいた時には、目の前は真っ暗だった。


 一寸先の光すら見えない黒が覆う世界。

 体を覆う冷たい水の感触。

 底が見えない海の底へ、ゆっくりと沈む様な感覚。


 深海がどういった場所か知らない。

 でも、深海とはこういう場所なのではないかと思う。


 ただ、水中にいる感覚はあるが、息は苦しくなかった。

 不思議なことに呼吸はできる。


 しかし、俺は本当に空気を吸って吐いているのだろうか?

 そこに疑問点が残るが、呼吸が出来ているから今考える問題ではないだろう。


 そもそも、俺は何故このような場所にいるのか。


 身体がゆっくり沈んでいく感じがあるので地上ではないし、かといって空中に浮いてる、もしくは飛んでる訳でもない。

 光る星々が見えないし、無重力なのかと言われると違う気がするので、宇宙でもない、


 ならここは黄泉の国………天国とやらなのだろうか。


 天国か地獄がこういった場所ではないような気がする。

 でも、俺は…嫌誰も死後の世界なんて知らないし、見たことがある人はいないだろう。


 死んだ者が生き返らないように、生きている者が死んだ者の世界には行けない。

 生きているという、世界との接続が切れない限り。


 では、俺はどうやってここに来たのか、

過去振り返れば何かわかるかもしれない。

 

 ………そう思ったのだが何も思い出せなかった。



 自分が何者なのか。

 どこで生まれたのか。


 だけど、ある程度の知識や一般的に知られているような記憶があることから。


 僕は記憶を失くしているという結論が出てくる。

 それか、ホムンクルスと呼ばれる、錬金術によって生み出される人間の過程状態なのか。


 どっちも夢みたいな話だが、前者の方がまだ現実味がある。


 仮に記憶を失っていたとして、どうして僕がここにいるのかが分からない。

 

 僕がどこ生まれかは知らないが、田舎だろうと都会だろうと、ましてやカースト底辺の奴隷だろうと、こんな何もない空間に放り出されることはないだろう。


 本当にここはどこなんだ。


 もしかして、自分から何かしないと出られないとかあるのかな。


 そう思って声を出そうとした。


 しかし………


 「オグッ!?………」

 

 声を出そうとした時、喉の辺りが急に燃えるように熱くなって声が詰まる。

 口から出たのは、吐き気を堪えるようなうめき声だけ。


 どうなっているだ?


 喉に詰まるものなんかなにも無いのに、言葉を発しようとした瞬間。

 喉が焼けるように熱せられ、口から出そうとした声が喉で溜まるみたいだ。

 

 何故声が出ない。


 ここは空気がない空間だからか?


 しかし、鼻で息はできる。

 意味がわからない。


 「知識に長けた天才にだろうと、歴史に名を刻む英雄にだろうと、生まれてまもない時は、誰も変わらない。無価値だ。」


 脳から直接語りかけるように、高い声の持ち主がそう言った。


 突然なんなんだ?


 天才や英雄、無価値。

 生まれてまもない時は変わらない。


 今の状況で、並べられた言葉には関連性を持たない。


 そして、声の持ち主はどこにいるのか。

 脳内語り掛けてくるため、声の音源に辿れない。


 「過程が大事。過程が良ければ、どんなに才能を開花できなくとも、どんなに落ちこぼれだろうと。道を誤らず、諦めずに進む力があるのなら、誰もが神になれる可能性がある。そう、あの方は言っていた」


 この人は突然何を言っているんだ。


 要するに、努力すれば神様になれる可能性があるってこと………であっているのか?


 この状況を飲み込めていないし、過去の記憶すら分からないのに、次から次へと問題が現れる。


 「嘘の口約束。そう思っていたのに現実になるとはね。新しい自我が芽生えたみたいだこら。約束は果たそう」


 脳内に語り掛けていた言葉が、そう言って途絶えた途端に、白い光が目の前に現れる。


 これが………声の持ち主なのか?


 白い光が現れたからか、冷たく包み込んでいた水の感触は、だんだんと暖かく身体を包み込んでいくようだ。


 「”約束”。この言葉は君の力になることを忘れちゃ行けないよ」


 白い光はそう言い残し消えていった。


 今のは一体なんだったのか。

 天才や英雄に至るとは。

 白い光が言った言葉。

 約束。


 なんらかの関連性があるとは思うが、よくわからない。


 本当に分からな………い?


 白い光が消えていき、状況を整理しようと思った矢先に、右手が急に熱くなり、灰色の光を放つ。


 なんなんだ、この光は。

 さっきの白い光とは違い、少し禍々しいものを感じる。

 白い光が放ったと思われる暖かさは無く。

 だんだんと熱くなっていき、痛みを徐々に感じる。


 ウグッ………

 本当に、これは何が起こっているんだ?


 灰色の光を放つ右手の熱さと痛みは、腕まで侵食し始めて肩まで衝撃が走る。


 右手の感覚はもうなく。

 動かそうとしても、動いているのか分からない。

 麻酔を打たれたように、動いた感触が感じられない。


 熱さと痛みが頭までくると、意識がだんだんと薄れていった。



 ぼ、僕は………俺はいったい何者なんだ………


 俺が……いったい何をしたんだというんだ。


 罪を犯したのか、罰が下されたのかはわからない。


 ただ、これだけは覚えておこう。


 約束。


 あの白い光が言った約束。


 それだけは忘れないで………お…くぉ…ぅ…


 全身まで駆け巡った痛みと熱さは、意識を奪うのに充分だった。

 特に、最初に痛みが駆け巡り、灰色の光を放った右手は、他の部位以上に痛く、灼熱ように熱かっただろう。


 そんな朦朧とした意識の中、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 気づくと、全身に駆け巡った痛みと熱さは消え、視界が急に明るくなる。


 目を開けると、茶色い長髪の女性が俺にまたがっていた。


 「おいっす!起きた?」


 女性は満面の笑みでそう言った。


 記憶が曖昧とはいえ、気を失う前のことはおぼろげだが覚えてる。


 急にシリアスだった雰囲気から、明るく変わった。


 少なくとも、さっきの白い光とは声が違うから、彼女は白い光ではない。

 明らかに温度差が違うからな。


 「起きてよかったよ。それはそれで、汗酷いけど変な夢でも見てた?」


 起きて…汗が酷い…夢…


 額や首筋を手で拭うと、掌には汗がびっしょりとついていた。


 さっきのは夢だったのか?

 夢といえば納得できる部分が多いが…


 しかし、夢と思えない何かがあった。

 口では説明できない、感覚的なものだ。

 第六感というものだろうか。


 目の前の女性に視線を戻すと、キョトンとした顔をしていた。

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