4-6裁判

「ボクとしては、オジサンがボロボロになるのを見るのも一興だったんだけどさ」

 客室に戻った私は、すっかり消耗してしまったヴァイスにお茶を飲ませたり、お菓子を食べさせたりする。その横でマクシミリアンは不満そうに続けた。

「なんか傷だらけになっても、いいかんじの色気で戻ってきそうじゃない? それをビビが甲斐甲斐しく介抱するのもイヤっていうかー」

「どんな妄想で動いたのか知らんが、俺も拷問される趣味は無いからな。助かった」


「私が考え無しに動いたばかりに……面目ない」

 うつむいたままのヴァイスの肩に、ハンターは拳を当てる。

「あれを黙っているなら男じゃないさ。俺でも同じことをする」

「ボクもボクもー!」

 何故か竜大公まで両手を挙げて参加すると、近衛兵長は表情を引き締めて立ち上がった。

「そうですね、腑抜けている場合ではありませんでした。殿下の元へ戻ります……もう、あの方のそばを離れません。今後何かあれば部下に伝言するか、直接北の塔までお願いします」


 ヴァイスが扉を閉めた後、準備を終えた私は、竜大公の前でちょっと緊張して声をかけた。 

「マクシミリアン様」

 わぉ、と少年は目を輝かせ、それから「もう一声」とウインクする。

「マクシム様?」

「様なんていらないけど、それでもいいー! なになに? 愛の告白なら大歓迎だよ」

 わーい、と無邪気にとびついてこようとした竜大公を、ソファに押し倒す。


「ずっと……気になっていたんです。いいですか? いいですね?」

「えっ、何? ビビ、怖いよ?」

 そう言いながら顔をひきつらせる少年が逃げられないように、体重をかける。

「なんでこの子、こんな真顔で馬乗りになってくるの? ちょっと、どういう教育してるのさ!」

 心臓が止まるなんて思えないほど、マクシムは元気に身をよじる。

「この界隈では褒美の内だぞ。少し貸してやるから楽しめ」


 ハンターから許可が出たので、口を開けさせて、喉の奥を見るために木のへらを入れる。

 こうしてみると、人の口内と全く同じ。白い歯が綺麗に並んでいる。

「大きく口をあけて、あーって声を出してください」

「やめて、オエってなっちゃうから、やめてよー」

 一通り触診を済ませて納得すると、肩で息をしている竜大公を解放する。

「……助けてあげたのに、ひどいよ」

 ウソ泣きしている彼の前に屈む。


「人間の薬師から見て、直近で心臓が止まるような兆候はありません。それは、ドラゴン特有の症状ですか?」

 彼はふざけていた気配を消して、私を見つめた。

「うん。兆候なんてないけど分かるんだよ、あと何回拍動したら止まるかまでちゃんと分かる」


 私はハンターと顔を見合わせた。

「私たちは、南大陸で砂漠のヌシ様に会いました。彼女が離れた後、集落が水を失い滅亡寸前まで追い込まれたことも見てきました」

 うん、とマクシミリアンはうなずく。

「あなたが死んでしまったら、ナナムスはどうなるのですか?」


「ボクが死んだら、死の山のマグマから新しいドラゴンが生まれる。王位継承者は知っていることだよ」

 青い瞳がガラス玉のように、光を反射した。

「産まれて最初に見たのも、先代のドラゴンが派手に燃えてるところだよ。そしてボクは先代の遺志を継いで、ナナムスの守護竜となった」


 つまり、ナナムスは次の竜に引き継がれていくということだろうか。私がハンターを見ると、彼はテーブルにヒジをついたまま、ボソリと言った。

「国王が巫女を立てず、神託を無視すれば、オマエはナナムスを見捨て、次のドラゴンもその遺志を継ぐと、そういうことか?」


 私が息を呑むと、けろっとしてドラゴンは笑った。

「ボクが見捨てても、死の山の火が消えてちょっと涼しくなるくらいじゃない? きっと皇后はそう思ってるよ」

 そんなはずない。

 下手をすれば、この北大陸全体が氷に覆われ、人の住めない場所になる。


「でも、ビビはそんなことさせないもんね? 巫女のこと元気にしてくれるもんね?」

 青ざめたままの私の両手をもって、左右にブンブン振るマクシムの頭を抑えて、ハンターは低い声を出した。


「さて、竜大公殿、今度は俺からの確認だ。十分楽しんだか? 楽しんだよな?」

 取り立て屋の顔で、彼は言う。

「お代を払ってもらおうか」




 ふてくされたまま依頼を引き受けた竜大公が帰った後で、昨日ハンターが言っていた「もう少し派手な細工」の正体を聞き、私は一番届けたい人へ向けて手紙を代筆してもらった。文字は読めるが、書く方は自信が無い。


「内容も荷物も、実に都合がいい」

 封をしながらお墨付きをくれた彼は、だいぶ減った手紙の束を重ねた。


「昨日の話だが、まずはルミア姫から金属類を遠ざけ、臓物煮込みはしばらく食わせないようにと陛下に進言し、対の書に心当たりが無いかも聞こう。呪いの方に見当がつけば、ビビの推理に確信が持てる。どうだ?」

 自分の中でもまとまりきらなかった対策を簡潔に説明されて、私は目を丸くしてうなずく。

「……すごいです。私の寝顔ってそんなに効果絶大ですか」

 寝てても起きてても、あんたの効果は抜群だとハンターは笑うから、本当のところは分からない。


「俺も実際にあの暮らしを目の当たりにして、確信したことがある」

 エモノをにらむように、ぎゅっと細めた目が窓の外へ向く。

「皇后にこの城からご退場願わん限りは、あの二人に幸せな生活など無いな」

 確かにその通りだけど、そんな日がいつか来るだろうか。



 昼食を運んできたメイドが、お茶会の誘いも持ってきた。

 また面倒なことになりそうだなと思ったのが顔に出たのだろう。貴族社会では基本、自分より立場が上の人からの招待を断ることはできませんよと、彼女たちは釘を刺した。

「残りの手紙も出したいし、応じるとしようか」  


 気楽に伸びをしたハンターに伴われて、北の塔を経由する。

 螺旋階段の下に人気が無いのを確認したハンターは、少し待ってろと囁いたかと思うと、一瞬で頂上の扉の前に立ち、ヴァイスの部下に手紙の束と荷物を託すと、手すりを乗り越えて、私の目の前へ音も無く着地した。


 あまりに早くて、びっくりする間も無いうちに、手を引かれて歩き出す。彼の身体能力の高さを理解しているつもりでいたが、今の動きはその範囲を超えていた。

 しばらく目をぱちぱちさせていると、ハンターは満足そうに口の端を上げる。

「優秀な薬師に負けてはいられないからな」

 上機嫌なままの彼と中央棟の静かな廊下を進み、中から楽しそうな声が漏れ聞こえる部屋の前に到着した。




 部屋の扉を開くなり、中央に座っていた令嬢が耳がキンとするような声を出した。

「あら嫌だ。御者ぎょしゃは、馬車で待っててちょうだい」

 すかさずもう一人が、扇で口元を隠しながら言う。

「お姉さま違うわよ、これでもこの子のナイトなんですって!」


 令嬢たちの、やだぁという声にハンターを見上げた。

「……私のナイトですって。ちょっと、照れますね?」

 彼は無精ひげの顎を撫でて、その調子だと笑う。


「ねぇ、平民って何を召し上がってるの? こんなビスケット食べたこと無いでしょう?」

「あっ。胡桃屋……美味しい、ですよね」

 あら、ご存じだったの? と鼻白んだ令嬢たちは、遠慮しないで召し上がってと勧めてくれる。

「そうよ、ぜーんぶ召し上がって。普段満足に食べられることなんて無いんでしょうから」

 助かりますと、持たせてもらったハンカチにせっせとビスケットを乗せて包む。


「それで、勉学旅行に出ていたみたいですけど、どこにいってらしたの?」

「その、あちこちに、行っていました」

 初対面の令嬢たちに、相変わらず上手く話せないでいると、一人が焦れたように「南大陸まで渡ったって本当?」と聞いてきた。


「はい。南大陸の馬は、ナナムスの馬より、ずいぶん小さいです」

 えっ、小さいってどのくらい? と興味深そうに尋ねて来た子が、顔をしかめて足を抑えた。テーブルの下で何か抗争が起こっているようなので、そっと足をひっこめる。


「余計な話はいいのよ、さ、お茶をどう……」

「おいおい、手が滑るぞ? 傾けすぎだ」

 ティーポットを持った手を抑えられて、女の子は動きを止める。


 その後も、皿の載ったタワーをこっちへ倒そうとして止められ、私のティーカップを直接倒そうとして止められ、最後にしびれを切らしたのか、メイドが運んできたカートをテーブルに突っ込ませた。


 ハンターは私を抱き上げて呆れた顔で、お茶がかかって、きゃあきゃあ言っている令嬢たちを見下ろす。

「案外、直接攻撃でも来るな。油断ならん」

「お嬢様がこんなにたくましいものだったなんて。今度コニーさんに話さなければいけません」




 その後も貴族たちは、あの手この手で私たちから情報を引き出そうとするが、ハンターの最初の教え「ぶつかるな、目を合わせるな。こちらから絶対話しかけるな」を守ることでほとんどのトラブルは回避できる。

 万が一つかまっても、ひどく口が重くて、察しが悪いらしい田舎娘に、キーッとなって立ち去る令嬢が大半だった。


 そして裁判2日前、北大陸の空をドラゴンが飛び回り、知らせを受けた城は騒然となる。

 慌てて馬にまたがって出立する聖騎士たちを、ハンターは窓から楽しそうに眺めていた。




「これより王国裁判を始める、被告人前へ」

 いつにも増して、髪をテカテカに油で固めたゼペットが高らかに宣言して、裁判が始まった。最初から被告人扱いで、ハンターは進み出る。


「親愛なる両陛下に、被告人の足跡について調査結果をご報告いたします」

 報告書が読み上げられると、直近のアカランカ戦にハンターが従軍したところや、ゴナス村に滞在していたあたりの話は、かなりつぶさに調査されていた。

 その反面、南大陸に渡った後の調査はあいまいで、ジャングルの沼地でヌシを釣り上げてウロコを入手したのでしょうなんて、とんでもない結論で終わっている。


「よって、被告人が貴重な万能薬の材料を所持していたことは、明白なのであります」

 ゼペットは、しかぁしと芝居がかった声を張り上げる。

「竜大公様、なにゆえこの姑息こそくな男に手を貸してしまわれたのですか!」


 今日は豪華な椅子に座って、足をぶらぶらさせながら成り行きを見守っていたマクシムは小首を傾げた。

「友達にお手紙を出したいって言うから、あちこちのギルドまで届けてあげただけだよ」

 巫女を助けてくれるって言うんだもん、恩返ししなくちゃねとニッコリ笑う少年に、皇后は忌々し気な視線を投げる。


「すぐに回収に回りましたが、バラ撒かれた手紙も荷物も全てが偽名! なんたる卑怯者、なんたる野良犬!」

 熱の入るゼペットの演説を、ハンターは涼しい顔で聞き流しているように見える。


 その時、奥の部屋から走ってきた兵が何事かをゼペットの耳に囁くと、勝ち誇ったように男の鼻がふくらんだ。

「そして、これで神聖国家ナナムスの目をあざむいたと思っておるとすれば、なんたる愚か者でありましょうか」

 入れとゼペットが言うと、小包を持った兵が前へ進み出る。


「小国ハセルタージャの南に、原住民の住む村があります。そこへ向けて、薬師の娘の名で届けようとしたこの荷物。あえて竜大公様の手を借りず、船便を利用しようとしたようだが甘かったな。おやおや、手紙まで入っているぞ」

 わざとらしく手紙をつまみ上げると「読み上げなさい」と皇后が命じた。


「キサナさんへ、砂嵐で傷ついた目の調子はどうですか。目薬にとても良い樹皮と薬草が売られていたので送ります。この樹皮はナイフで薄く削ったあとで、水に一晩漬けて……あとは、延々と目薬の話です」

「何じゃと! 荷は?」

 血相を変えた皇后が言うと、ゼペットは荷袋をさかさまにひっくり返す。木の皮と干した薬草が転がり出てきた。

「バカな……ならば一体誰に材料を送ったというのだ。おまえたち、きちんと他の荷も確認したのだろうな!」

 部下にゼペットが怒鳴ったせいで、謁見の間は騒然となる。皇后は額に青筋をうかべて目を閉じていた。

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