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 夜の帳が降りても、人の作った光は消えることはない。2000年を超える人間の発展は、夜の時間を獲得した。


 しかし光ある所には闇がある。光が強いからこそ、生まれる影もまた強い。人間がどれだけ文明を発達させても、表と裏は存在する。光と呼ばれる人の営むの裏で、闇という人知れぬ存在があるのだ。


 忍者。


 それは闇を走る存在。心に刃を置く者。社会の暗部を走り抜け、難攻不落の電子要塞を通り抜け、音もなく喉元に刃を突きつける。それが、忍者。


 間諜は人類社会の発生と共に生まれる。情報の重要性は語るまでもない。歴史の裏で暗躍した忍者は、明治維新に解体されて警察機構に組み込まれる。その後様々な創作により世界中に知られることになるが、現在社会において忍者は


 しかし繰り返しになるが、情報の重要性は語るまでもない。相手の情報を知っている。相手は知らないと思っていることを知っている。それだけで多くの作戦立案ができる。企業においても相手の手口を知っていれば、交渉は有利に働く。


 故に間諜は社会からなくならない。姿を変え、形を変えて存在する。忍者も同様に、存在する。それらは諜報だけに限らない。破壊活動や謀術など表には出せない活動を行う。法的には許されない悪事。それを行う闇の存在。


 暗部ゆえに目立ってはならない。光の中、影が目立たぬように。静かにそして確実に事を運ぶのが、忍者。


「ねーねー、WiFi繋がってなくない?」


 ゆえに忍者は独特の格好をしない。全身黒ずくめの格好はしない。ボディラインがはっきり出るボディスーツを着ない。闇に紛れるには都合がいいと判断すれば着るが、そうでないならそんな恰好はしない。


「早くブティエの新作聞きたかいのにー。さげぽー」


 ネズミのようなカバーを付けたギャルが肩を落とす。そのまま指でフリックしながら街を歩いていた。夜のビジネス街。ギャルが独り歩きしている不自然ではあるが、いても不思議ではない。奇異な目こそ向けられるが、声をかけるのはためらう。人々はそんな目で叫ぶ女子高生を見て、それぞれの生活に帰っていく。


「おそーい。もっと早く終われー」


 英語のロゴが入った帽子。茶色かかった肩までのボブカット。少しぶかぶかのパーカー。パーカーからわずかに見えるチェックの短いスカート。そして生足。手にはスマホ。誰もが派手な今風ギャルと判断するその格好。


「あと10%! あと10%! はよ!」


 まさかそれが現在を生きる忍者なのだとは思いもしないだろう。


 彼女が持つスマホに写る進行状態の表示。完了まであと10%の表示。それがビルのセキュリティ掌握を行っているなど、それを知らない人間には想像もできないだろう。スマホを使い、遠距離からビルのセキュリティを無効化しているなどわかるはずがない。


「よし、かんりょ―!」


 ギャルは笑顔を浮かべ、無線のイヤホンを耳に着ける。ご機嫌な表情で道を歩き、目的のビル――40階建ての企業ビルに足を運ぶ。ギャルが向かうにはそぐわない場所。それを目にする人もいるが、


「きゃん! あいたー!」


 石につまずいてバランスを崩すギャル。その際に短いスカートが揺れて、その中にある下着がギャルを見る人から見えそうになる。


 彼女を見ていた人は思わず目を逸らし――彼女はその一瞬でその場から消えていた。流れるような動きで電子ロックが解除された扉を開け、その中に入ったのだ。一陣の風が通り抜けたような、そんな錯覚すら覚える。


「にひひー。忍法チラ見せの術」

『正確にはくノ一術の<桜花>です』


 声はイヤホンから聞こえた。声の主は、スマホの中にいる。ギャルはスマホに顔を向けて唇を尖らせて反論する。


「やーよ、そんな分かりにくい名前。チラ見せの方が分かりやすいじゃない。ガルバんは頭硬すぎ」

『柔軟性を求められるようにはできていません。求められたことをこなすのがAIの仕事です。

 後、私の名前はクシティガルバです。覚えていただけると嬉しいのですが、桃山』

「だって長いじゃん。ガルバんの方がきゃわわだし! あと桃山っていうのもかわいくない! ピーチたんとかどう?」

『コードネームは重要です。それが忍びの掟ですから』

「ぶーぶー」


 ギャル――桃山は頭の固いAIとの会話をそう言って終わらせた。


 諜報組織『神谷』。桃山はそこに所属する忍者だ。正確に言えばくノ一と呼ばれる女性の忍者。彼女の任務達成率は高く、裏社会でもその名前は怖れられていた。その名前と性別だけは知られているのに、誰もそれを捉えることができない。


 見た目はどこにでもいる女子高生なのに、その身体能力と忍びの才能は高い。町中に紛れ、人との距離をあっさり詰め、若く豊満な色香が心の扉を崩す。しかし彼女に絆されたら最後、気が付けば大事なものは奪われているのだ。


『目標は39階です。エレベーター起動します』


 スマホにダウンロードされたAI――クシティガルバは桃山にそう告げる。クシティガルバは桃山のサポートを担っている。電子的なセキュリティを無効化し、桃山を目標まで導くのがその役割だ。


「やほやほー。みてるー?」


 エレベーターの中に入った桃山は言って監視カメラに手を振る。


『監視カメラは4分間ダミーを映しています。警備員は見ていないです』

「わかってるわよ。もー、面白くないなぁガルバんは」

『ジョーク機能は備わっていません。あと私の名前はクシティガルバです。コードネームは重要なので、正しく覚えることをお勧めします』

「やーだー。可愛くないもん!」


 そんな会話をしているうちに、エレベーターは目標の階にたどり着く。桃山は我が家のように気軽に廊下を歩き、目標の部屋にたどり着く。社長室。フロアの大半を占める広い部屋だ。豪華な絨毯と高価な調度品。趣味は悪くない。


 売ればそれなりの金になるだろうそれらを無視し、桃山はデスクに向かう。そこにあるノートパソコンを起動させ、USBに記憶媒体をつけた。


『アクセス確認。ハッキング開始します』


 クシティガルバの音声と同時に、パソコンが一瞬明滅する。パスワード入力、目的のファイル検索、そして破棄。2秒後にはすべての作業が終わっていた。


『ファイル破棄、復元不可能を確認。コピーされた記録もありません。任務完了です』

「おつー。動画で女の子を脅迫して手籠めにするとか、偉い人っていつの時代でも変わらないわね」


 はー、とため息をつく桃山。女好きの社長が金と権力で女性の弱みを掴み、その肉体をいいようにしていた。脅迫の材料である動画ファイルは痕跡すら残さずに完全に消え去ったのだ。


 この社長がどうなるかは桃山が知る所ではない。脅迫していた女性に逆襲されるか。法の裁きを受けるか。それは関与しない。それは全て表側で行うことだ。裏の人間が動くことではない。そんな暗黙のルールがあった。


『仕事で抑圧された人間が欲を満たそうとするのは健全な流れです。法の範囲内であれば咎められる筋合いはありません』

「思いっきり犯罪じゃん。脅迫脅迫」

『犯罪で言えば我々には住居侵入罪が適応されますが』

「バレなきゃ大丈夫。さて、まだ時間あるよね」


 侵入開始から時間にすれば2分弱。セキュリティ無効化が解除されるまで、2分ほどある。ビルから出る時間を含めても時間的余裕は十分ある。


「そんじゃ、放送開始」


 慣れた手つきでスマホを操作する桃山。カメラを自分の方に向けて、ポーズを取った。


「いえーい! あーしの仕事配信だよ。今日はオザキ製薬会社の社長室から放送してまーす!」


 ピースサインをする桃山。その姿はカメラを通じてインターネットを経由し、世界中に配信される。忍者の活動が世界中に配信されているのだ。


 企業への住居侵入罪。それを放送する。言うまでもなく犯罪行為で、一般的な動画サイトではできない行為だ。投稿先はアンダーグラウンドな場所。見る人は制限されるが、それでも見る人が皆無と言うわけではない。


「今日の任務は社長が持っていた動画の削除! どんな内容だって? ひ・み・つ♡

 でもエロかったよ。しかもそれ使って女の子を脅迫してたみたい。きゃー、こわーい」


 年齢相応の女子高生のノリで喋る桃山。パーカーやそれが作る影で、顔の上半分はカメラに映ることはない。時々見えそうになるけど、カメラが急にブレたり腕が邪魔したりでその顔を見ることはできない。


 忍者は正体がバレれば、抹殺される。


 それを考えれば動画配信はもってのほかである。そもそも、任務は速やかに遂行すべきというのが間諜の理想だ。普通の人が見れないとはいえ、その任務を電子の海に流す意味はない。


 なのになぜやるのか。それはただこれだけでしかない。


「みんな見てくれてありがとっ。あーしもみんなが見てくれて嬉しいな!」


 バズりたい!


 自分をもっと見てほしい。拡散してほしい。チヤホヤしてほしい! そんな今時のJKなだけである。


『桃山ちゃーん!』

『かおみせてー!』

『生足! 生足!』

『パーカー可愛い!』

『脱いだらスパチャ入れるぞー!』


 一般的な動画配信サイトほど多くはないが、それでも桃山の生放送を見に来る人は多い。コメントもそれなりに多い。幾分かは煽情的な格好をする桃山に対するエロ発言もある。


「えー? あーしの、見たいのかなぁ?」


 コメントに煽られるように桃山はスカートの端を掴んで上にあげる。スマホカメラを足に近づけ、上がっていくスカートの奥をさらけ出すように演出する。


『マジか!? マジですか!』

『後2センチ! 後2センチ!』

『スパチャ:50000円』

『ライト点けてください!』

『俺がこんな釣りに引っかかるわけがくまー!』


 盛り上がるコメント。桃山は笑みを浮かべながら少しずつスカートをつまみ上げていき――爆音が響いた。天井が崩れ落ち、そこに一人の人間が落ちてきたのだ。


「見つけたぞ、桃山ぁ! 今日こそ貴様を殺してやる!」


 落ちてきたのは一人の男性。頭部は剃っているのか天然なのか髪の毛はなく、黒のミラーシェイドで目を隠している。身長2mを超える巨躯だが、目を引くのはそこではない。


「きゃー! 『ウージー』が乱入してきたわ! どうしてここが分かったの!?」

「俺の情報網をなめるなよ。貴様が今日ここで任務をすることを掴んだのさ!」


 突きつけられる指。その指は、鋼の指だ。指だけではない。左腕全てが機械と化していた。迷彩服で隠れているが、その両足も機械である。


 機械化人間サイボーグ。四肢を機械に変換した戦士。それがこの男――『ウージー』だ。世界中を練り歩く傭兵で、主武器に使う銃器からその2つ名がつけられた。機械化した左腕は銃をしっかり固定でき、銃撃によるずれのない射撃が可能となる。


『情報漏洩の可能性、確認。18:09から12分の間。桃山は本機の電源を切っていたので、その間に何かしらのアクションを試みた可能性、大』

「しらなーい。証拠ないんならそういうこと言うのやめてよね」

『ウージー乱入時の驚きも、どこか演技めいたものを感じましたが』

「しらないしらないしらなーい。乙女のウソには騙されたほうが幸せな時もあるのよ」

 

 クシティガルバの疑問提案に、手を振ってこたえる桃山。ウソと明言しているようなものだが、証拠がないのも事実。そして何よりも、問答をしている余裕はない。


「ここであったが運の尽き。これまでの借り、返させてもらうぜ!」


 言うなりウージーは両手にサブマシンガンを持ち、桃山に向けて撃ち放つ。毎秒15発×2の弾幕が桃山を襲う。鋼鉄でない桃山の肉体は、その一発が当たっただけで大ケガだ。


「やーん。あーし殺されちゃーう」


 言いながら左手をパーカーの中に入れて、そこからクナイを取り出す。忍者作品に出てくるリング状の金具の先に刃物がある武器だ。長さ14センチほどの刃。それが桃山の得物。


「みんなー、あーしのこと応援してねー!」


 そしてもう片方の手にはスマートフォン。動画配信は止めていない。むしろここがメインとばかりにカメラに向けて笑顔を見せた。顔見せしないようにカメラ位置を調整するのも忘れない。


 クナイが振るわれる。目にも見えない速度で振るわれて、その度にウージーから放たれる弾丸が弾かれて地面に落ち、軌道を逸らされて天井や壁に着弾する。


『ありえねー!』

『何度見てもわけわからんクナイの動きしてるな!』

『サブマシンガンをクナイでさばくとか、アニメキャラか貴様は!』

『これトリックだろ!?』

『検証班はよ!』


 驚きの声をあげるコメント。カメラに写される現象を理解できないというコメントがほとんどだ。然もありなん、サブマシンガンの弾丸をクナイ一本で弾くなど、どう見ても非常識だ。


 しかし、それを為すのが忍者なのだ。


「クソが! これでどうだ!」


 ウージーは弾倉交換と同時にまたマシンガンを撃ち放つ。ミラーシェイドに写される情報を処理し、機械の腕で正確無比に狙いを定める。左腕の銃は広範囲の面制圧。右腕の銃は1点突破の点制圧。手を変えパターンを変え、ウージーは桃山を攻め続ける。


「きゃん! オジサン激しいよぉ。もう、許してぇ」


 艶っぽい声をあげる桃山。せまる弾丸を弾き、避ける桃山。その間もカメラワークを意識し、顔がバレないようにしている。派手に跳躍して太ももを晒したり、指で胸をチラ見せしたりとサービスを忘れない。


『エッッッロ!』

『アングラなんだからもっと晒していいのよ?』

『声だけでイケる』

『オジサンもっと頑張れ!』

『敗北エンドキボンヌ!』


 桃山の余裕からか、コメントもこういったものが増えていた。ウージーを応援したり、負けてほしいというコメント。裏を返せば、負けるはずがないという事が分かっているからのコメントである。


『セキュリティ回復まで、残り20秒』

「あは。じゃあそろそろ終わりにしようか」


 クシティガルバの言葉に桃山は笑みを浮かべる。コメントも結構もらえたし、スパチャもそこそこもらえた。今日もたくさんの人に見てもらえた。最後の見せ場とばかりにウージーに接近した。


「死にやがれ、桃山ぁ!」


 接近してくる桃山に向けてマシンガンを掃射する。言葉通りの弾幕を展開し、懐からナイフを抜く。桃山がこの程度の弾幕で足を止めないことなど承知とばかりに接近戦に備えた。


「じゃあ、一気に行くよー!」


 ウージーの叫びに応えたのではなく、カメラの向こうにいる人達に呼びかける桃山。マシンガンの弾幕の一部を弾いてスライディングして回避する。すぐに起き上がると、ナイフを振り下ろすウージーの姿。


 ガキィン!


 ナイフとクナイが交差し、激しい音を立てる。交差は一瞬。桃山とウージーは止まることなく互いの刃をぶつけあう。


「ふはははははは! ジャパニーズニンジャは大したことなかったが、貴様だけは別だ、桃山ぁ! 楽しい、楽しい、楽しいぞ!」


 一撃ごとにアドレナリンが加速するウージー。振るうのはナイフだけではない。ナイフを持っていない機械腕で殴りかかり、隙を見て桃山の腹部に蹴りを放つ。桃山はそれを難なく交わしてクナイを振るうが、ウージーはその攻撃に合わせて一歩踏み込む。桃山の腕をつかんで背負い投げの要領で力強く投げつけた。


「よっと」


 桃山はウージーが投げるタイミングで自ら跳躍し、ウージーの背中で回転するようにして自分から着地する。掴まれている腕を手袋を抜くように外し、乱れた服を直した。その姿もカメラに収めている。


「もー、ウージーのオジサン乱暴すぎ。そんなんじゃ女の子にもてないゾ。汗臭いしお風呂ぐらい入ったら」

「ああ、お前に勝ってからそうさせてもらうぜ」


 一撃ごとに足を運び位置を変え、それに合わせるように相手も位置を変える。接近戦は刹那の位置取り。相手に不利を押し付け、自分に有利を得る。行動した瞬間に状況は変わり、思考も体も休まるときはない。


「やだなぁ。それじゃあオジサン一生お風呂入れないじゃない。わざと負けてあげようか?」

「真っ平御免だ。本気のお前に勝つ。それが俺の望みだ!」


 叫ぶウージー。戦いこそ我が人生。強敵に挑むことこそ我が喜び。ミラーシェイドで目もとは見えないが、その口は確かに笑みを浮かべていた。狂戦士の笑み。


「うは。マジになっちゃって。一生懸命なところは嫌いじゃないぞ」


 対する桃山の顔は気楽そのもの。愉しそうな笑顔を浮かべているがそれは戦闘による高揚ではない。この映像を見ている人のコメントを見て、自分が見られているという事による嬉しさだ。


「死ね死ね死ね死ねぇ!」

「死ねとか言うのイクナイ! ゆるっと行こうよオジサン」


 交差する刃。交差する思い。正義や信念などない利己的な戦い。精神的なカタルシスなどかけらも存在しない、ただ我欲まみれの攻防。


 しかしカメラを通してそれを見る者たちは、その姿に魅了されていた。理解の外にあるやり取り。わずかな動きがフェイントでもあり、同時に次の動作に移るための布石。一手誤ればその時点で決着がついている駆け引き。目まぐるしく入れ替わる攻め手と守り手。


 時間にすれば十数秒。その決着は、ウージーのナイフが桃山のクナイを弾き飛ばした瞬間に決まった。――クナイを弾いた攻撃によって生まれたウージーの腕の開き。隙ともいえない小さなズレが決定打となった。


「には、やるぅ」


 桃山は持っていたスマホをスナップだけで宙に放り上げる。回転するスマホが写す景色は視聴者を困惑させる。だがコンマ数秒の間を見逃さない視聴者は確かに見た。


 ナイフを弾き飛ばしたウージーが次の行動に移る前に桃山が跳躍し、太ももでウージーの頭部を挟んだのを。そのまま回転し、ウージーを背中から地面にたたきつけたのを。


『ウラカン・ラナ!』

『あの巨体を投げたとかマジか!?』

『決まったあああああああああああああ!』

『ハゲの視点だとスカートの中見えたぞ! ぶっ殺す!』

『俺も桃山ちゃんの生足に頭挟まれたい!』


 様々なコメントが飛びかい、そして宙を舞っていたスマホが桃山の手に収まる。


「勝負あり、だね」


 安定したカメラが写すのは、桃山の股の間に挟まれたウージーの頭と、もう片方の手で喉元に小型のクナイを突きつけられた姿である。少しでもクナイが動けば頸動脈を裂く。そんな位置だ。


「……負けだ。殺せ」


 負けを察し、ウージーはナイフを手放し力を抜いた。殺すつもりで戦ったのだ。殺されても文句は言わない。むしろ死ぬ覚悟で戦いを挑んだのだ。死ぬ事に後悔はない。


「やーよ。グロすぎるとアカウントBANされるし」


 しかし桃山は心の底からめんどくさいとばかりに言い放つ。決まりきったいつもの言葉だ。何度も挑み、そして何度も負け、そんな理由で生かされる。ウージーはその態度にいら立ち、何度も繰り返している言葉を繰り返す。


「クソが! 次は殺してやるからな!」

「オジサンこわーい。あーし、泣いちゃうからね。えーんえーん」


 泣き真似をする桃山。しかし喉元にあてたクナイは微動だにしないのは、さすがと言えよう。


『セキュリティ、回復します』


 クシティガルバがそう告げるよりもコンマ3秒早く、桃山は跳躍してウージーが開けた天井からビルの外に出ていた。暗い夜空が広がる。それを背景に笑顔を浮かべ、桃山はカメラに挨拶して配信を終了した。


「今日の配信はこれでおしまい。またあーしの活躍、見てね。約束だぞ」


 その間全て、桃山の素顔がカメラに晒されることはなかったという。鼻から上は、どれだけ解析度を上げても分からないように撮影されたのだ。


「あー、楽しかった。コメントもいっぱいもらったし沢山バズったし、きっもちい―!」

『お疲れさまでした。様々な方からメールとチャット要請が来ていますが、どうしますか?』

「後で確認するわ。どーせ説教なんでしょ。今あげぽよなんだからだるだるになりたくないの」

『了解しました。宿泊用ホテルはすでに押さえてあります。ご希望通り、ファンシーな人形が多い部屋です』

「おっけー。今日はいい夢見れそう! そんじゃ、いっくよー!」


 言うと同時に跳躍してビルの屋上から飛び降りる桃山。重力のままに落下し、そして背中の布を広げて滑空する。風に乗り、夜の中に消えていった。


「おのれ桃山ぁ! 次こそは、次こそは貴様に勝つ!」


 残されたウージーは警報が鳴り続けるビル内を走り回り、逃走していた。どうにか屋上にたどり着き、待機させてあったヘリに乗り込む。監視カメラに顔が映っていたから、警察機構に追われることは確定だ。


「あはははは。オジサン頑張ってねー」


 桃山はヘリのローター音を聞きながら、ウージーを応援していた。何をどう頑張るかは分からないし、捕まったとしても別にどうでもいい。そんな声だ。


◇     ◆     ◇     ◆


 これは日常の裏側の話。闇に生き、夜を駆ける忍者の話。

 現在を生きる最高のくノ一、桃山。その技術は歴代最強。


 しかし彼女は……配信がバズって喜ぶ女子高生であった。

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①クノイチジェイケイ ~顔バレしたら即抹殺。でもバズりたいからギリギリ撮影でいくよ、いえーい! どくどく @dokudoku

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