12 永遠になった日

 朝日が差し込んで、目が覚める。


 目を開けた瞬間、見慣れない天井が目に入ってきて、一瞬固まってしまう。


 そうだ。私は今、前世の私になっているんだった。


 とりあえずからだを起こそうとすると、重くて起き上がらなかった。


「うぅ、なんだか苦しいよ……」


 横を見ると、昨日一緒に寝ていたチトセお姉さまの姿はなかった。


 どこにいっちゃったんだろう……。


「……あ、ヤチ、起きたか」


 ふすまが開けられて、チトセお姉さまが部屋の中に入ってきた。


「お姉さま……けほ、けほっ」

「ヤチ……?」


 せきこむと、お姉さまは神妙な顔になって私に近づいて、自分のおでこと私のおでこをぴと、とくっつけた。


「……! 熱がある。病にかかってしまったのか。ヤチ、今日は安静にして寝ておるのじゃ」

「うん……」


 私は心配そうに見つめるお姉さまを見ながら、なんとなくなにが起きているのかわかった。わかりたくはないけど、わかってしまった。


 お姉ちゃんは、前世の私は病弱で、よく病気にかかっていたと言っていた。


 今日のこれもそうなんだろう。でも、それだけじゃない。


 早いけど、もう……お別れなんだね。



***



 そのまま横になっていても、体調は良くならなかった。


 むしろ、どんどん悪化していって、息がどんどん細くなっていった。


「けほっ、けほっ……」

「熱もどんどん上がっておる……水は飲めるか?」


 チトセお姉さまが横になっている私に水を飲ませる。


 けれど、一口飲んだところで、私は首を横に振った。


「どうしたものか……絶対に治すのじゃぞ、ヤチ」


 チトセお姉さまが手をにぎりながら頭をなでてくれるから、にぎり返そうと思ったけど、全然力が入らなかった。



***



 苦しい。辛い。息がどんどん詰まっていく。


 寝転がったまま、からだを起こすこともできない。


 視界もぼんやりして、今が朝なのか、夜なのかすらわからない。


「ヤチ……? ヤチ、ヤチ!」


 少しだけこの場を離れていたチトセお姉さまがふすまを開けて帰ってきたとたん、私に焦ったような様子でかけ寄ってきた。


「ヤチ、しっかりしろ、ヤチぃっ!」


 チトセお姉さまは私の手をぎゅっとにぎっている。


 痛いくらい握られるその手を、握り返すことはできなかった。


「またすぐ治ってはくれないのか? いつも絶対に治って、またお姉さまと遊ぶと言ってくれるじゃろ!」


 私の横に涙がぽろぽろと落ちていく。


 泣かないでよ、チトセお姉さま。


「チトセお姉さま、大好きと、もう一度言ってくれ! もう一度、その声を聞かせてくれ……!」


 ああ、もうチトセお姉さまの顔もぼやけちゃうや。


「ヤチ、死ぬな、ヤチ!」


 ごめんなさい、私、もうダメかも……。


 だから、せめて、お姉さまだけでも。


「お姉さま、だけは……生き、て……」


 からだの中のすべてを使ってその言葉をお姉さまに伝えた。


 そのとたん、全身の力が抜けていくのを感じて、目の前が真っ暗になった。


 なにかに触れる感触も、ない。


「ヤチ! お願いだ、起きてくれ、ヤチ! ヤチ、ヤチぃっ! うわあぁああぁぁん!」


 チトセお姉さまの泣き叫ぶ声だけが聞こえてきて、やがて、なにも聞こえなくなった。



***



「――は……とは、琴葉!」

「うーん……」


 誰かが私を呼んでいる。


 呼んでいる名前が「琴葉」であることに気づいて、ハッとする。


 からだにごつごつとした感触を覚えると、今自分が地面に寝そべっているということに気づく。


「……お姉、ちゃん?」

「そうじゃぞ、わらわじゃ、『ヤチ』じゃ」


 ヤチ、という名前に違和感を抱く。


 その違和感の原因を思い出して、からだを起こし、あたりを見渡す。


 あった……石で作られたほこら。


 そして順番に思い出していく。


 確か私は、このほこらに「お姉ちゃんの本当の名前が知れますように」と願った。


 すると私はどうしてか前世の私になっていて、そこで、お姉ちゃんの本当の名前を知った。


「あれ……でも、どうしてお姉ちゃんが?」


 私がほこらに願いごとをしたとき、お姉ちゃんはいなかったはずだ。


 どうして今私のそばにいるんだろう。


「それはそなたが出かけてから一向に帰ってこないから心配して探したんじゃ。まさかここにおったとは……一体何をしておったんじゃ?」


 お姉ちゃんは心配してまゆをひそめている。


 空を見上げると、もう一面赤く染まっていた。


 私がここに来たときはまだ空が青かったから、それなりに時間が経っているみたいだ。


 私は今までのことをどう伝えればいいのかわからなくて少し頭をめぐらせた後、ぽつりと言った。


「……お姉ちゃんの、本当の名前を探してたんだ」

「本当の名前?」

「うん」


 私は目をゆっくりとつぶって、先ほどたどった記憶一つ一つ思い出していく。


 そしておもむろに口を開いて、その名を告げた。


「――チトセ。あなたの本当の名前は、チトセって言うんだね」

「……!」


 チトセ、と声に出した瞬間、お姉ちゃんは目を見開いて固まって、そして静かに涙を流した。


「えっ!? 待って、そんなつもりじゃなかったの!」

「ぁ……すまぬ。まさか泣いてしまうとは」


 お姉ちゃんは服の袖でごしごし目をこする。


「そんなにやったらおめめ痛くなっちゃう! ほら、ハンカチ貸すからっ!」


 私はお姉ちゃんの腕を優しくどけて、ぽろぽろとあふれてくる涙を優しくすくった。


「……まさか、忘れ去ったはずの名を千年ごしに聞くことになるとはな。……懐かしい。もう覚えておらぬほどきれいに捨て去ったはずなのに……どうしてこんなに胸が熱くなるのじゃ……!」


 またお姉ちゃんは服の袖でごしごし目をこする。


 私はもう一度その腕を優しく目からはなして、お姉ちゃんに抱きついた。


「多分、それはね。大切な妹が、何度も呼んでくれて、何度も大好きだと言ってくれたから、妹の気持ちが、思い出が、言霊になって、その名前にやどったんだよ」


 今ならわかる。


 チトセお姉さまと過ごした時間、それはとても優しくて、あたたかくて。


「お姉さま」と呼ぶたび、頭をなでてくれて、大好きと言ってくれる。


 そんな思いが、千年たっても消えずに、その名前にやどったんだ。


「そうか、そうなのだな。……なあ、ひとつ、わがままを言ってもよいか?」

「なあに?」


 お姉ちゃんは、私の胸の中に顔をうずめたまま、涙ぐんだ声で頼んでくる。


「一度だけ、一度だけでいい。『チトセお姉さま、大好き』と、もう一度、言ってはくれぬか?」


 それは、私が前世の私として見た最後の光景と同じだった。


 あのとき、チトセお姉さまはそう言ってくれと願って、その言葉が返ってくることはなかった。


 だから、千年たった今でも、その言葉を待っていたんだろう。


 それなら、妹として、私として、その気持ちを、伝えよう。


「――チトセお姉さま、大好き」

「……っ、ひっぐ、わらわもじゃぁあぁ……」


 そう言いながら、お姉ちゃんはわんわん泣き出してしまった。


 チトセお姉さまとヤチは、今、またこの場所で、再開できたのかな。


 できてたら、いいな。

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