11 鬼の娘 チトセ
チトセ。それがお姉ちゃんの本当の名前なの……?
「そ、そうだったね、チトセお姉ちゃん」
私はとっさに話を合わせようとする。
けれどお姉ちゃんはさらにぽかんとした表情になった。
「おねえちゃん? 先ほども言うておったが、なんじゃ、そのキッカイな呼び方は」
その返答に少し聞き覚えを感じる。
そういえば、お姉ちゃんのことを「お姉ちゃん」と呼んだとき、同じことを言われた覚えがある。
そうだ。前世の私のお姉ちゃんの呼び方は違うんだ、確か……。
「いつもは『お姉さま』と呼んでくれるじゃろう。もしや、忘れてしまったのか?」
「ううん、そんなことないよっ! そうだ、チトセお姉さま、だったね。そうだった、あはは……」
「? ……そなたどうかしたのか?」
「ううん、なにも!」
「そうか? おかしなヤチじゃの」
首を横にぶんぶん振る私に違和感を感じた表情のままのお姉ちゃん……今は、チトセお姉さまだ。
どうしちゃったんだろう、私。まるで今まで見ていた夢に潜り込んでしまったみたい。
そしてその夢は、前世の記憶……だから今の私はたぶん、前世の私なんだ。
もしそうなら、今この場所は、千年前、ってこと……?
どうしてかはわからないけど、ほこらに願いごとをしたのになにか関係がある気がする。
とりあえず、今はあやしまれないように前世の私になりきるのを頑張ろう。
今の私は来世の私だなんて、言っても信じてもらえないだろうから。
「そうじゃな……ヤチ、少し川にでも遊びに行くか」
そう言われてふと思い出した。
お姉ちゃんは、私が思い悩んでいたときはよく川に連れて行ったと言っていた。
もしかして、思い悩んでると思われてるのかな……。
***
チトセお姉さまに手を引かれるまま、お屋敷から外に出た。
手を引かれながら、「誰にも見つからないようにこっそりぬけ出すのじゃぞ」と言われた。
多分決まりをやぶって外に出るんだろう、少しドキドキだった。
お屋敷はものすごく広くて、まるでお金持ちになった気分だった。
着物だけは、少し動きにくかったけど。
そのまま外に出て、手を引かれていると、あのほこらを見つけた。
「えっ!?」
「? どうした、何かあったか?」
「あ、いや……ほこらがあるなぁ、って……」
思わず声を上げてしまった。
だって、ほこらは今も昔も、まったく一緒の姿をしていたんだもん!
古びた感じも、苔の生えた感じも、千年も違うのに、全く変わっている気配がない。
夢の中だから? でも、さっきから思っていたけれど、夢にしてはものすごく現実味を帯びている。
「? いつもと変わらぬぞ? そうだ、なにかお願いしていくか?」
そう言って、チトセお姉さまはほこらの前に出て、手を合わせた。
「……ヤチがこれからも元気でいられますように」
胸の奥がジン、となった。
お姉ちゃんの話だと、前世の私は多分、もうすぐ……。
それをみていると、私もなにかお願いごとをしようと思った。
「……私の姉が、笑顔になれますように」
それは、チトセお姉さまも、お姉ちゃんも両方だった。
叶うと、いいな。
「ヤチ、そなたまでわらわの真似をせんでもいいのだぞ? 自分の願いごとを言えばよい」
「ううん、これは私の本心だから」
「……そうか、ならいいのじゃ」
そういうと、チトセお姉さまはほほえんで私の頭をなでてくれた。
「な、なんでなでるの?」
「優しくて、かわいい妹をなでるのは当然じゃろ?」
「い、意味がわからないよ……」
そのままほこらの奥の草木をかき分け、開けた場所に着くと、そこには川が流れていた。
「ここって……」
やっぱり、お姉ちゃんに連れてきてもらったところと同じ場所だ。
千年も違えば、やっぱり少しだけ雰囲気は違うけれど、川の澄んだ水のきれいさは変わらない。
ゆっくり、落ちないように気をつけながら水面をのぞきこんでみる。
「……うわっ」
想像はしていたけれど、本当に私にもツノが生えていた。
私、本当に前世は鬼だったんだ……。
七歳くらいなのもあって、本当の私よりちょっと幼いけれど、確かに顔は似ているかも……?
「いつもみたいに泳いだり、草で舟を作ってもよいが……今日はちと違うぞ」
後ろではチトセお姉さまが地面から平たい石を拾い上げ、自慢気に見せてきた。
「ヤチ、これでどうやって遊ぶと思う?」
「……水切り?」
「な、なぜ知っておる!?」
チトセお姉さまはまるで信じられないものを見たかのようなおどろき方をしている。
「どこで知ったのじゃ!?」
「えっと……他の人から、聞いて……?」
「なんと……! くぅ、どこのどいつじゃ! わらわはヤチの新しいものを見たときのおどろく顔が好きなのに、それをうばい取ってからに!」
「誰に言ってるの……」
チトセお姉さまはじたんだふんでいる。
もし今、教わったのが未来のあなたですと正直に言ったら、どんな反応をするんだろう……こんがらがるから言わないけど。
「まあよい、遊べなくなるわけじゃないからの。水切りのやり方は知ってるか?」
「えっと、少しだけ」
私は地面から平たい石を拾い上げて、川に向かって水平に投げようとした。
教わったことを一つ一つ思い出しながら、勢いよく投げ、ようとした。
けれど着物の動きづらさで、うまく投げられず、ポチャン、と水の中に沈んでいってしまった。
「あはは、やり方は知ってそうじゃが、下手っぴじゃな」
「もう、馬鹿にしないで!」
「馬鹿にはしておらぬよ。伸ばしがいがあるなと思っただけじゃ。ほれ、うまい投げ方を教えてやる。いいか、石は回転させないとうまくはねないのじゃ――」
***
パシャ、パシャ、パシャ、ポチャン。
「やった! お姉さま、三回もはねたよ!」
そのあと、お姉さまからのレクチャーを受けて、少し上達できたのか三回まではねるようになった。
着物で動くのにも少し慣れてきた気がする。
「おお、よくやったな! すごいぞ、ヤチ!」
そう言って強めにぐしぐしと頭をなでられる。
こうされていると、お姉ちゃんもお姉さまも一緒の人なんだなって感じられて、自然と笑みがこぼれる。
「でも、お姉さまにはやっぱりかなわないや」
お姉さまが投げた石は十二回水面をはねて、向こう側まで渡ってみせた。
水切りが得意なのは、今も昔も変わらないみたい。
「そりゃあ、そなたの何倍もやっておるからな、ちょっとやそっとじゃ負けはせぬよ」
快活に笑うチトセお姉さまはものすごくうれしそうだった。
こんな姿のお姉ちゃんは、見たことないや。
「おっと、もうすぐ帰らねば、ぬけ出したことがバレて怒られてしまうな、そろそろ帰るぞ」
私は行きと同じようにチトセお姉さまに手を引かれて屋敷へと戻った。
こうやって、ずっとお姉さまと遊んでたいなぁ。
***
この時代の夜は、明かりなんて一切なくて、本当に真っ暗だった。
でも、チトセお姉さまは私が寝るまでずっとついてくれて、頭をなでてくれた。
すぐそばにいるってわかるから、ちっとも怖くなかった。
「気持ちいい……」
「ふふっ、そなたは本当にこれが好きよの」
「だって、落ち着くから……」
目をつぶりながら色々考える。
たぶん、私が前世の私になったのは、ほこらに願い事をしたから。
「お姉ちゃんの本当の名前が知れますように」、そう願い事をしたから、お姉ちゃんの本当の名前を知るために前世の私になった。
そういえば、前世の私になりきるのに精一杯だったから考えてなかったけど、私はいつになったら元の私に戻れるんだろう。
チトセお姉さまはいるけど、お姉ちゃんとはやっぱりどこか違うし、お父さんやお母さん、美嘉ちゃんもいない。
それはやっぱり、寂しい。
「ヤチ、眠れぬか?」
「え……うん、少し」
その場の雰囲気に流されて、ぽろっと本音が出てしまった。
「そうか、では子守唄でも歌うかの」
そう言って、チトセお姉さまは優しい声色で、子守唄を歌ってくれた。
「ねんねんころりよ、おころりよ、ヤチは良い子だ、ねんねしな――」
それはとても落ち着く歌声で、悩みも忘れて、すぐに眠りに落ちた。
「……帰りたいな」
ぽつりと、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いたことに、自分すら気づきもせずに。
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