8 せせらぎは久遠を映して
されるがままにヤチお姉ちゃんに手を引かれて、桜の舞い散る道を通って、お姉ちゃんと出会った石の造り物……ほこらの前に来た。
お姉ちゃんはまた三角きんを頭に巻きつけてツノを隠している。
「こっちじゃ」
「どこ行くのー?」
するとほこらのさらに奥、道の外れた、草木の生いしげった場所をかき分けていく。
少し心配になりながらお姉ちゃんに手を引かれる。
しばらく進んでいくと、なんだか水の音がしてきた。
「……わぁ、きれい……!」
水の音にする方へ草木をかき分けていくと、開けた場所に出て、そこには川が流れていた。
水が澄んで透き通っていて、涼しい匂いがしてくる。
「どうじゃ? いいところじゃろ。ここなら、誰にも見られずにすむぞ」
私はお姉ちゃんの方を向いて、縦に首を振った。
こんなところがあったなんて、知らなかったよ。
「昔もな、そなたが思いなやんだときは、川へ遊びに行っていたのじゃ。まあ、もう解決してしまったみたいじゃが」
お姉ちゃんは川をながめて、まるでどこか遠くを見てるみたい。
お姉ちゃんはよく「昔のそなたはこうだった」と言って、前世の私の話をする。
もしかして、昔みたいに姉妹をもういちどやり直そうとしてるのかな。
私を本当の妹みたいに思ってくれるのはうれしいけど、前世の私ばっかりをみて、今の私は見てくれてないみたいで、ちょっとさびしい。
少し前に出て、川をのぞきこんでみる。
水面に映った私の顔は、水の流れにゆらゆら揺れている。
お姉ちゃんは、前世の私と今の私は顔が似ていると言ってた。
生まれ変わる前も、こんな顔だったのかな。
そういえば、「魂のカタチ」が同じとも言ってた。
お姉ちゃんには、私は、前世の私にしか見えてないのかな……。
思いふけっていると、いきなりとなりの水面が、バシャバシャ! とはねた。
「きゃっ!」
私はとっさに身構える。
飛んできた水しぶきがかかって、冷たい。
「あはは、おどろいたじゃろ。ほれ、もう一回行くぞ」
なにが起きたのかと後ろにいたお姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんの手には、石がにぎられていた。
そしてそれを川に向かって勢いよく横に投げると、なんとその石は水面をパシャ、パシャ、と何度もはねて、川の向こう側まで渡っちゃった!
「えっ!? なにそれ!?」
私は目を丸くした。
だって、石が川の上を渡ったんだもん!
「これは『水切り』といってな、平たい石をうまい具合に投げると、水の中に沈まずに、水の上をはねるのじゃ」
お姉ちゃんは得意気に鼻をならしている。
すごい……そんなことができるんだ……。
「そなたもやってみるか?」
「えっ、できるの?」
「うむ。コツをつかめば、誰でもできるぞ。まず平たい石を探すのじゃ。平たくなければ、はねぬからな」
そう言われて、私は地面にいっぱい転がっているじゃりじゃりした石の中から、平たいものを探す。
「平たい石、平たい石……あ、これはどう?」
ちょうど足元にあった、平たくて薄い、長方形に近い石をお姉ちゃんに見せる。
「うむ、よくはねそうな石じゃ。よし、川の近くに行くぞ」
二人で川の側に立って、お姉ちゃんが見本を見せてくれる。
「石はこうやって親指と中指ではさんで、人差し指は石のふちに引っかけるのじゃ。そして、出来るだけ石を水平にしたまま、腰を低くして……勢いよく投げる!」
お姉ちゃんは腕を横に切るようにして石を投げる。
するとものすごい速さで飛び出した石はパシャ、パシャと十回も水の上を跳ねてまた川の向こうまで飛んでっちゃった!
「すごい……」
「まあさすがにこれくらいまでなると慣れじゃがな。とりあえず、一回でもはねられるように頑張るのじゃ」
私はこくっとうなずいて、言われた通りにやってみる。
えっと、石を親指と中指で挟んで、人差し指はふちに引っかける。
そして石を水平にしたまま腰を低くして……勢いよく投げるっ!
「えいっ!」
すると私の手を飛び出した石はポチャン、と一回もはねずに川へと沈んでいった。
「えー、なんでぇー?」
「あはは、最初は誰しもそんなものじゃ。あきらめずに投げてみるといい。もう一度、石を探そう」
***
何度も投げてみるけど、その度にポチャン、ポチャンと石が沈んでいって、一向にはねそうにない。
「私、へたくそなのかな……」
しゃがんで落ち込む私に、お姉ちゃんはぽん、と手を頭にのせてくれた。
「そんなことないぞ。着実に上達しておる。それに、そんなことを言ってしまっては、できるものもできなくなってしまうぞ」
私はハッとした。
そっか、言霊の力があるんだ。後ろ向きのことを言っちゃ、本当にその通りになっちゃう。
それじゃあ、前向きのことを言えば、うまくいくのかな。
「よし……私はできる、絶対。絶対に、石をはねさせてみせる……!」
私は小さくガッツポーズをしながら、自分に言い聞かせるように言葉を発する。
「よし、その調子じゃ。ほれ、投げてみるのじゃ」
お姉ちゃんが平たい石を差し出してくれる。私のために探してくれたんだ。
私はお姉ちゃんから石を受け取ると、ゆっくり息をはいて、川を見つめる。
そして、お姉ちゃんに教えてもらったことを一つずつ思い出しながら、石をにぎって、勢いよく投げた。
――パシャ、ポチャン。
「……! はねた! やったよお姉ちゃん、はねたよ!」
一回だけだったけど、石が水をはねて、空中にういた。成功したんだ……!
うれしくって、その場でぴょんぴょんはねちゃう。
「よくやったぞ、琴葉!」
「うん、うん! ――うわっ!?」
うれしさのままはねていると、足をふみ外してよろけてしまった。
そのまま、バシャン、と川の中に落ちてしまう。
「琴葉っ!」
お姉ちゃんが呼びかける声が水中にまで聞こえてきた。
私はその声に向かって一心にもがき続けた。
けどこの川、想像以上に深くて、もがいてももがいても水面に上がれないよ……!
それに、思ったよりも川の流れが速くて、どんどん流されちゃう……!
助けて、お姉ちゃん……!
バシャン、と遠くで誰かが飛び込む音がする。
口の中に水が入ってきて、苦しい。
冷たい、怖い、助けて……!
目の前がぼんやりしてきて、暗くなってく。
「琴葉っ、大丈夫か!?」
お姉ちゃんの声が頭の中でこだまする。なんて言ってるか、うまく聞き取れない。
抱き寄せられる感覚だけ、最後に伝わって。
ぷつん、と、意識がとぎれた。
***
ここがどこか、わからない。
頭の中がぼんやりしてて、目の前もよく見えない。
……頭をなでられてる? この感触って、もしかして。
ぼんやりしてる目をこすって、あたりを見渡す。
やっぱり、今の私は、ひざまくらに寝転がってる。
これは、またあの夢の中だ。
仰向けになって上を見る。ゆっくり、なでてくれる人の顔がはっきりとしてくる。
――ヤチお姉ちゃんだ。お姉ちゃんが、微笑みかけてくれながら、私を優しくなでてくれている。
落ち着く。何回も見ていたい、あたたかい夢。
お姉ちゃんが、うれしそうに私をなでながら、言葉をかけてくれる。
「――ヤチは、大切なわらわの妹じゃ」
……ヤチ? 私に言ったの?
どういうこと? ヤチはあなたの名前じゃないの?
また、意識が遠くなっていく。
景色がぼんやりしていって、やがて、すべてが黒に染まっていった。
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