7 言葉の重み
小鳥の鳴く声がする。
カーテンの隙間から、日の光が差しこんでいる。
朝が来たことに気づくと、私はベッドからからだを起こす。
「ん……なんじゃ……もう朝か……?」
となりにはヤチ……じゃなくてお姉ちゃんが寝ていて、昨日一緒に寝たこと、そのほかのすべてを思い出した。
「うん、朝だよ。おはよう」
***
学校に行く準備をしながら、私は頭の中に今日の夢のことを思い浮かべていた。
今まで起きたら忘れていた夢の内容が、最近少しずつ覚えていられるようになっている。
昨日はなでてくれる人にツノが生えていたこと、そして今日は、なでてくれる人はヤチお姉ちゃんだったこと。
昔からよく見ていた夢で、内容には一切変わりはないはずなんだけど、どうしてあの夢にお姉ちゃんが出てきてるんだろう。
内容に変わりがないなら、私はあの夢で前からお姉ちゃんと会っていたということになる。
「どうした? うかない顔をしておるな」
夢のことを考えながらランドセルの中身を準備していると、お姉ちゃんが声をかけてきた。
「あ、えっと……」
お姉ちゃんになら、話してもいいのかな。
だって、お姉ちゃんが出てきた夢なんだもん。
私はこの夢をお姉ちゃんに話してみた。
「なるほど……昔からよく見る夢に、わらわが出ていた……その夢はもしかしたら、前世の記憶なのかもしれぬな」
「前世の記憶? えっと、それって、私が生まれ変わる前の記憶を、生まれ変わった今でも持ってるってこと?」
そう言うと、お姉ちゃんはゆっくりとうなずいた。
「夢の内容は、わらわにひざまくらで頭をなでられるというものなんじゃよな」
「うん、そうだけど」
「それなら前世の記憶である可能性が高い。なんせ、わらわは何度もそなたにしてやったからな。今まで何度も頭をなでたじゃろう? ひざまくらも、そうじゃ」
「えっ!?」
びっくりした。ということは、あの夢は昔本当にあったことで、私の前世の記憶なんだ。
なんだか実感がわかないや。
「ひざまくらをして頭をなでるの、おぬしは大好きじゃったからな。好きなことの分、記憶に深く焼きついておったのじゃろう」
「そうなんだ……あ、もう行かなきゃ」
私は時計を見て、もう学校に行かなきゃならない時間であることに気づく。
ランドセルをしめて、立ち上がって背負う。
「それじゃあお姉ちゃん、行ってくるけど、絶対に誰にも見つからないようにね」
「わかっておる。安心するのじゃ」
お姉ちゃんは自信満々に答えているけど、私は半ばちょっと不安のまま家を出た。
***
学校でもずっとお姉ちゃんのことが気にかかっていた。
本当に誰にも見つかってないかな、とか、退屈してないかな、とか。
「琴葉ちゃーん!」
「うわっ、なに!?」
耳もとで大声で名前を呼ばれて、跳ね上がってしまう。
振り向くと、美嘉ちゃんが私に向かってあきれた顔をしていた。
「やっと反応した。琴葉ちゃん、鬼よ」
「えっ、鬼!?」
鬼という言葉に反応して、おどろいてあたりを見回してしまう。
ももも、もしかして、バレちゃった……!?
反対に美嘉ちゃんは、ぽかんとした表情をしている。
「琴葉ちゃん、今鬼ごっこ中よ、大丈夫?」
そう言われて思い出す。
そうだ、今は昼休みで、校庭で鬼ごっこをして遊んでるんだった。
「ああ、そうだった、ごめん」
「……琴葉ちゃん、最近ずっと悩んでない? なにかあったの?」
美嘉ちゃんは頭の位置を少し下げて私の顔をのぞき込む。私を心配してる様子だった。
昨日も心配してくれたし、なんだか申し訳なくなる。
「ねえ教えて。相談に乗れるかもしれないから」
美嘉ちゃんが心底心配そうにせまってくる。
だけど、いくら仲がいい美嘉ちゃんでも、さすがにお姉ちゃんのことは話せない。
「ごめん、言えないんだ」
「どうして? 言ってみたら、意外と解決するかもしれないじゃない」
「それでもだめなの」
「なんでよ、話してみないとわからないわよ」
「絶対言えないの、わかってよ」
「琴葉ちゃんがそんな暗い顔してるの見てられないよ」
「どうしてわかってくれないの!」
やきもきした気持ちが爆発してしまって、大声を張り上げてしまった。
美嘉ちゃんは驚いたような、ショックを受けたような表情をしている。
そして泣きそうな表情になると、私に強く言い返してきた。
「どうして!? 私は琴葉ちゃんが心配なだけなのに!」
「勝手に心配しないでよ! 誰も頼んでないよ!」
あふれ出る気持ちが止まらなくて、どんどん強い言葉になっていっちゃう。
違うのに。私、こんなこと言いたいわけじゃないのに。
周りには異常に感づいたクラスメイトが集まってきてた。
「もう知らない! 美嘉ちゃんなんて嫌い! ケガでもすればいいのに!」
「琴葉ちゃん待って! ……あっ!」
私は美嘉ちゃんの言葉も聞かずに逃げてしまった。
後ろでズサッ、と音が聞こえた気がした。
***
意地になって校庭から外に逃げだして、どこに行けばいいのかわからなくて、そのまま自分の家まで来てしまっていた。
玄関まで来てわれに返り、自分のやってしまったことを後悔した。
心配してくれた友達にひどいことを言って、学校を抜け出して家に帰ってきてしまうなんて、悪い子だ。
「……なんであんなこと言っちゃったんだろ」
扉の前で立ち尽くしていると、ガチャリ、と玄関の扉が開いた。
「琴葉! そなたなにをしておるのじゃ? がっこうとやらに行ったのではなかったのか?」
「お姉ちゃん……」
扉から出てきたのは、ヤチお姉ちゃんだった。
お姉ちゃんに、今さっきあったことを話した。
お姉ちゃんなら、どうにかしてくれるかもしれない、なぐさめてくれるかもしれない、そう思って。
「そなた、本当に『ケガでもすればいいのに』といったのか?」
「……うん」
「うつけもの!」
その話を聞いたお姉ちゃんから出てきたのは、強い言葉だった。
なぐさめや、あたたかな言葉とは違う、大きな声に乗ったその言葉を、お姉ちゃんから初めて聞いた。
その声におびえるようにビクッとして、目を見開いてお姉ちゃんの方を向くと、お姉ちゃんは真剣な顔で私の目を見ていた。
「そなたの言霊の力は普通の人の子より何倍も強いと言ったであろうが! 自分の言葉にもっと責任を持て!」
そう言われてハッとした。
私は『ケガでもすればいいのに』と言ってしまった。
もし言霊の力で現実になってしまっていたら。
もし美嘉ちゃんが、その言葉どおりになってしまっていたら。
怖くなって冷や汗が出てくる。
「とにかく、今すぐ面と向かって謝りに行くのじゃ。手遅れになる前に、早く!」
私はなにか言う暇もなくお姉ちゃんに背中を押されて、走り出す。
お願い、美嘉ちゃんがケガをする前に間に合って……!
***
学校に着いて先ほど遊んでいた校庭に戻ると、そこには一緒に遊んでいたクラスメイトが数人いた。
しかしそこには、美嘉ちゃんの姿はなかった。
「……ねえ。美嘉ちゃん、どこ?」
私はバツの悪さに少しうつむきながら、そこにいるクラスメイトの一人におそるおそるきいた。
その子はさっきの美嘉ちゃんと私のケンカを見ていた子だった。
けれど、あんな私を見た後でも、優しく質問に答えてくれた。
「美嘉ちゃんなら、さっき保健室に行ってたよ」
一瞬目の前が真っ暗になった。
私のせいで、美嘉ちゃんが……。
首を横にぶんぶん振る。もしそうだとしても、早く謝りに行かなきゃ……!
そのクラスメイトに「ありがとう」と告げ、そのまま走って保健室に向かった。
「失礼します」
そう言って保健室の扉を開けると、そこには保健室の先生と、その先生の前に座ってケガの手当てをしてもらっている美嘉ちゃんの姿があった。
「あっ……」「……」
扉を開け、振り返った美嘉ちゃんと目が合った瞬間、私はだまってしまった。
美嘉ちゃんもなにも言わず、私の目を見ている。
どうしよう、なにを話せばいいか、わからないよ。
謝りたいのに、その言葉も出てこない。
私はそんな自分のいやな部分に、スカートの裾をぎゅっと握った。
「……よし、これで処置は終了。あとはゆっくり二人で話すのよ」
しばらくだまっていると、手当てを終えた保健室の先生が私たちに向かってにっこりほほえんだ。
「「失礼しました」」
二人同時に頭を下げて、保健室から出る。
扉を閉めると、廊下で二人気まずくなってしまう。
ちらっと美嘉ちゃんを見る。
美嘉ちゃんもだまったままで、なにも言わない。
からだを見ると、いたるところに絆創膏を貼っていて、私の付けたキズだとすぐにわかった。
軽いすりキズみたいだけど、ケガなのには変わりない。
謝らなきゃ……! 私は拳をぎゅっとにぎって心を決め、横にいる美嘉ちゃんの方を向いた。
「「ごめんなさい!」」
頭を下げた。すると同時に、美嘉ちゃんもこちらを向いて頭を下げて、謝る声が二つ、重なっちゃった。
私たちはきょとんとした顔で見合わせる。
「……ぷっ、あははっ。もー、おかしいっ。私たち、似たもの同士ね」
先に笑い出したのは美嘉ちゃんだった。
つられて私も笑っちゃう。
「ふふふっ。……ごめんね、美嘉ちゃん。あんなに心配してくれたのに、それを自分勝手にはねのけちゃって」
笑い終わってから、私はもう一度謝る。
すると美嘉ちゃんも申し訳なさそうな顔になって。
「ううん、全然いいの。私の方こそ、ごめん。琴葉ちゃんの気持ちも考えないで、何回も聞いたりなんかして」
そうしてもう一度深く頭を下げた。
「全然大丈夫だよっ! ……私、上手く謝れたかな」
「ええ、大丈夫じゃない? もう仲直りよ」
そう言って美嘉ちゃんは私の手をにぎって、ひっぱってきた。
「さあ、もう昼休み終わっちゃうわよ。早く行きましょ?」
その顔には、先ほどの暗い表情は一切なくて、私は安心した。
「うん!」
そうして、私たちは一緒に教室に戻った。
***
「おお、戻ったか」
「ただいま、お姉ちゃん」
仲直りをした後、午後の授業をしっかりと終え、家に帰ってきた。
部屋に戻ると、ヤチお姉ちゃんがベッドに座ってマンガを読んでいた。
「ここにある書物の文字は難解すぎる。千年前と形が変わりすぎではないか?」
「え? ……ああ、そういえば」
まだお姉ちゃんがしゃべることができなかったとき、お姉ちゃんに文字をノートに書いてもらったことがある。
そのとき、ぐにゃぐにゃした線がいくつもおり重なったようなものを書いて、全然読めなかった。
あれ、今思うと、お姉ちゃんが千年前の時代の文字を書いていたんだ。
「お姉ちゃん、よくわかんない字書くもんね」
「よくわからぬとはなんだ。これでも達筆だとよく褒められておったのじゃぞ。……しかし、それに比べて、この書物は面白いな。文字がわからなくとも、絵で伝わってくる」
そう言ってお姉ちゃんは持っていたマンガを高々と持ち上げた。
「ああ、マンガのこと?」
「ほお、まんが、というのか、これは」
お姉ちゃんは目を輝かせてまじまじとマンガを見ている。
「そうじゃ、琴葉。仲直りはできたのか?」
「あ、うん。……ちゃんと謝れたよ。ありがとう」
そういうと「そうか」と一言だけ言ってお姉ちゃんはぱたり、とマンガを閉じ、ベッドから飛び降りた。
「よし、外に出るぞ!」
「ええっ、なんで!?」
「ケンカした気晴らしみたいなものじゃ」
「もう仲直りはしたよ! それに、誰かに見つかったらどうするの!?」
「案ずるでない、ついてくるのじゃ」
そのまま半ば強引に家から連れ出された。
どうしよう……大丈夫かな……。
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