5 千年の鬼 ヤチ

「どどど、どういうこと!?」


 私は混乱した。どうしてしゃべれるようになってるの!? そのしゃべり方なに、というか、妹ってなに!?


「そんな絵に描いたようにあわてるでない。そなたの願いが叶っただけであろう」

「願いって……私が四つ葉のクローバーに言った!? だけって、そんなことある!?」


 私たちが見つけた四つ葉のクローバーに願ったら、本当にしゃべれるようになったってこと!? なんで!?


 自分からしゃべられるように願っておいて、本当にしゃべられるようになったらここまで驚いてしまうのは少し悪いと心の奥底で思った。


 けど、そうだとしてもっ、驚かずにはいられないよ!


「とりあえず、いったん落ち着くのじゃ。ほれ、頭をなでてやる」

「あうぅ……」


 優しく頭をなでられる。


 会ったときからなぜかこの子に頭をなでられると落ち着いてしまう。どうしてだろう。



***



「……落ち着いたかの?」

「うん……」


 私はなでられながら深呼吸をして、心を落ち着かせた。


 先ほどよりは胸の鼓動が穏やかになって、状況を頭の中で一つずつ確認できるようになった。……まだ受け入れられそうにはないけど。


「そなたは昔から頭をなでられるのがすきだったからの~」

「昔から? ……えっと、聞きたいことが山ほどあるんだけど」


 今の私は多分頭の上にはてなマークが百個くらいうかんでる。


 考えなくてもわかるくらいに困った顔をしているであろう私の顔を見て、目の前の女の子はうんうん、と一人納得するようにうなずいた。


「であろうな。じゃが、問いに答えるよりもまず、昔話をしたほうが早いじゃろう。申し訳ないが、聞いてくれぬか?」

「えっと……」


 むずかしい言葉が多くてよくわからないけど、多分『説明するから聞いてくれる?』と言っているのかな。


 それに応えるよう私はこくりとうなずく。


「あ、それよりもまず……あなたの名前を教えてくれないかな?」

「おお、そうじゃったな。いつか名乗る約束じゃったな」


 それは昨日、別れるときにした約束。


 いつかしゃべられるようになったら名前を教えてって約束、ちゃんと覚えてくれてたんだね。


「わらわは……ヤチという」


 その子は胸に手を当て、なにか思いふけるように目をつぶって、そう名乗った。


「ヤチ……かわいい名前!」

「かわいい? ……そうか。それなら、喜ぶじゃろう」

「よろこぶ?」


 私は首をかしげる。


 喜ぶって、少し変。まるで目の前の女の子じゃない、どこか違う人のことを言ってるみたい。


「気にせんでよい。それより、本題に入ってもよいか?」

「あ、うん、そうだね。いいよ」

「かたじけない。それじゃあ、まず……そなたとわらわは姉妹じゃ」

「……はい?」


 最初からわけのわからないことを言われて、口がぽかーんと開いてしまった。


 姉妹? 血がつながってるってこと?


「先ほど妹と言ったじゃろう。そなたが妹で、わらわが姉。そなたはわらわの二つ下じゃった。といっても、信じられんじゃろうが」

「う、うん。全然信じられない。それに、あなたの方が年下に見えるけど……」


 わたしはこれ以上ないほどぎこちなく首を縦に振った。


 私に姉妹なんていないし、もし姉妹だったとしても、私からみたらその子……もといヤチの方が一回りくらいちっちゃく見えるから妹といったほうがしっくりくる。


「そう見えるじゃろうが、わらわの方が何倍も長く生きておるのじゃぞ。確か……千年ちょっとじゃったかの?」

「せっ……!?」


 ゼロが三つ並んでいる数字を頭の中で思い浮かべるのにしばらく時間がかかった。


 千年前……それって、何時代……? 学校の歴史の授業で習うような時代から生きてるってこと?


 信じられないことが次々続いて、頭の中にぐるぐると渦をつくっている。


「まあ今は信じられなくてもよい。これから話すことを聞いてから、信じるかどうか決めればよい」

「うん……そう、してみる……」


 私はぐるぐる回る頭の中をそのまま、ゆっくりうなずいて静かに話の続きを聞く。


「先ほど、そなたはわらわの妹じゃといったな。正確には、妹だったのは、『前世のそなた』じゃ」

「ぜ、前世!?」


 先ほどのおどろきの波が引かないうちにまたおどろく言葉が出てきて、私の頭の中を回る渦をさらに大きくする。


 前世って、私が生まれる一つ前の人生……つまり生まれ変わる前ってこと!?


 おどろきすぎて、このまま目まで回ってしまいそうだよ……。


「そう。そなたは前世、わらわと姉妹じゃった。今は違うが、しっかり血でつながれておった。その証拠に、そなたにもわらわと同じ、ツノが生えておったよ。鬼の子のな」

「鬼……」


 そう言われてヤチの頭を見る。


 今は三角きんに隠れているけど、そこにはりっぱなツノが生えている。


「どこからどう見ても鬼じゃろ? 頭に生えたツノ、人よりも鋭いキバ。そなたもこの姿を誇りに思っておったのじゃぞ」


 ヤチは自分を指さして話す。


 最初に会った時、おとぎ話の鬼みたい、って思ったけど、まさか本当に鬼だなんて……。


 それに、私も同じ姿をしていた、なんて……やっぱり、すぐには信じられないよ。


「信じられないけど……もしそうだったとして、どうして私が生まれ変わりだってわかるの?」


 そぼくな疑問をぶつけてみた。


 すると、ヤチはぽかんとした顔であっさりと答える。


「顔が似ていたのじゃ」

「顔……? もしかして、それだけ……?」

「それだけとはなんだ。前世のそなたとこれほどないまでに似ておったのだぞ。それに、魂のカタチが同じだったんじゃ」

「たま、しい……?」


 魂って、その人の性格だったり、心だったり……その人らしさをつくるもののこと?


「魂って形があるの?」


 私の中で魂はからだと違って形のないもののイメージがある。それなのに、その形を見て妹だとヤチは迷うことなく思ったという。


 そんなギモンからくる問いかけに、ヤチは当たり前という風にさらっと答えた。


「ある。ひとによってさまざまじゃ。といっても、人間には見えぬと聞くがな」

「ってことは……ヤチは見えるの?」

「正確には鬼は全員見ることができる。鬼は『あやかし』じゃからな」

「あやかし……?」

「あやかしを知らぬか? なんといったらよいか……自分で言うのはおかしなことじゃが、人ではない、キッカイなもののことをいうのじゃ。もののけとか、妖怪とも言われたりするな」

「よ、妖怪!?」


 その言葉を聞いた瞬間私の背筋は一瞬で凍り付いた。も、ももも、もしかして……。


「ヤチって……おばけ?」


 私はおそるおそる聞いてみる。


 するとヤチはあきれた顔でため息をついた。


「違うわ。そういった類のものが見えるというだけで、おばけではない」

「見えるって……おばけ見えちゃうの!?」


 私は怖くなって目をぎゅっとつぶって、その場にうづくまってしまった。


「もしやそなた……おばけが苦手なのか?」

「そうだよ! こわいよ!」

「はぁ……前世では自ら楽しそうにおばけと遊んでいたというのに」

「私そんなことしないよ! しかもそれ生まれ変わる前でしょ!?」

「おお、生まれ変わる前のこと、認めてくれるのか」

「そういうわけじゃっ……」


 そんな冗談めいた言葉にうまく返せないくらい怖がっていると、ヤチは困った顔をしてしまった。


 そして私に目線を合わせるようにしゃがむと、涙が出そうになるのをこらえる私の頭を優しくなでてくれた。


「怖がらせてしまったならすまなかった。話の続き、聞けるか?」


 柔らかく頭をなでられて、また少しずつ落ち着いてきた。


 こうされていると、ヤチの妹だっていうのが、少し信じられるかもしれない。お姉ちゃんに頭をなでられている妹の気持ちが、今の私にはよくわかるよ。


 私は落ち着きを取り戻すと、なにも言わずゆっくりうなずいた。


「よし、いい子じゃ。……話がそれたな、元にもどそう」


 ヤチは私の頭をなでていた手をほどくと、しゃがんだまま話の続きを始めた。


「そなたには前世、他の鬼とは違う、不思議な力があってな」

「不思議な力?」


 私が首をかしげると、ヤチはこくりとうなずいた。


「『言霊』じゃ」

「ことだま? なにそれ?」


 聞いたことのない言葉が出てきて、私はぽけっ、と首をかしげた。


「紡いだ言葉にやどる力のことじゃ。良いことを言えば良いことが起こり、悪いことを言えば悪いことが起きる、そういったような言葉が持つ不思議な力を『言霊』という。本来誰にでもある力じゃが、それがそなたは普通の人よりも何倍も強かった」


 言葉の力……想像してみようと思ったけど、あまりうまく浮かばない。


「今のそなたにもその力は残っておるぞ」

「そうなの?」

「ああ、前世よりは弱いがな。現に先ほど、わらわがしゃべれるようになったじゃろう?」

「えっ?」


 今さっきこの場所で四つ葉のクローバーをヤチの口元に近づけて、「しゃべれますように」ってお願い事をしたとき、ヤチは本当にしゃべられるようになった。


「もしかして……私が声に出して願ったから?」

「うむ。まあ、言葉だけじゃそうはならなかったじゃろう。そこは、よつばのくろーばーとやらの願いをかなえる力と合わさって、わらわはしゃべれるようになったのじゃろう」


 そう聞いて、うれしくなった。


 あの四つ葉のクローバー、ちゃんと意味があったんだ。


 お話しできる方法いっぱい考えて、頑張って探したから、報われてよかった。


「そっか……でも、どうしてヤチはしゃべれなくなったの? それとも、もとからしゃべれなかったの?」


 そういうと、ヤチは暗い顔になってうつむいてしまった。


 もしかして、嫌なこと聞いちゃったりしたのかな……。


 するとヤチは立ち上がって、振り向いて周りの桜を見上げた。


 それにつられて私も立ち上がって桜を見上げる。


 今日ヤチに会ってから長い時間が過ぎて、赤が広がっていく空に桜はそよそよ揺れている。


「……呪いじゃ」

「のろい!?」


 少しの沈黙の後、口を開いたヤチから怖い言葉が飛んできた。


 呪いって、どういうこと……?


「わらわが千年も生きている理由につながるんじゃがな……千年前、前世のそなたが亡くなった後、不老不死の呪いにかかったんじゃ」

「ふろう、ふし?」

「いつまでも年を取らず、いつまでも死なない……つまり、ずっとこの姿のままってことじゃ」


 そう聞いて、少し疑問に思った。


 不老不死って、良いことじゃない? ずっとこのまま生きていられるんでしょ?


 それがどうして呪いなの?


「良いことだと思うじゃろう?」


 ヤチはこちらに振り向いて、私の心を苦笑いしながら読み取ってしまった。


 胸の内を暴かれてびくっとする。


「周りの鬼からも、うらやましがられた。……じゃが、言ったであろう? そなたが亡くなった後だと」

「あっ……」


 そっ、か。その時にはもう、前世の私はもういないんだ。


 生まれ変わった私の姿があるのがなによりの証拠。


 私は少しうつむいてしまう。


「わらわにとってはな、そなただけが、生きる意味だったんじゃ。だから、そなたのいない世界でいつまでも生き続けるなど、苦しい以外の何物でもなかった」


 そう言うヤチの表情は、とても辛そうで、悲しそうで、なにかにおびえているみたいにも見えた。


「覚えておるか? 昨日初めて会った時、わらわが泣いてしまったことを。再会できて、泣いてしまうくらい、そなたのことが大好きだったんじゃ」


 覚えてる。


 初めて会った時、おびえる私にいきなり抱き着いて、涙をこぼしていた。


 あのときはびっくりしたけど、今ならわかる。


 千年もはなればなれだった大好きな人ともう一度会えたら、泣いてしまうのもしょうがないよね。


「それにな、不老不死になる代わりに……声が出せなくなった」

「えっ!? どうして……?」


 おどろく私にまたヤチは苦笑いを見せる。


 そして目をつぶってうつむくと、続きをしゃべりだした。


「世の中は、必ず何かを得るとき、同時に何かを失わなければいけないのじゃ。得るものが大きければ大きいほど、失うものも大きくなる。それが、不老不死という普通ではありえないことであれば、なおさら」


 そんなの、悲しいよ。


 ヤチは、欲しくもない苦しいもののために声を失って、さらに苦しくなっちゃったってことでしょ? そんなの、あんまりだよ……。


「こんなところかの。想像以上に長くなってしまってすまなかった。今日はもう遅いし、帰るといい」


 そう言うヤチの顔はものすごく悲しそうだった。


 ヤチは、前世で妹だった私のことが大好きで、でも私が死んじゃったあと、不老不死になって、声も失って、大好きな妹がいない千年をずっと過ごしてきた。


 もしそれが本当なら、私には想像もできないくらい寂しかったし、悲しかったはず。


 どうにかしてあげたい。ヤチの悲しさを、取ってあげたい。


 あって間もない私のために一生懸命四つ葉のクローバーを探してくれたり、頭をなでて落ち着かせてくれたり、今思えば本当に妹みたいにかわいがってくれてた。


 それに、ヤチは私のことを「妹」って呼んでくれた。


 ――そっか。私にできること、あるかもしれない。私にしかできないことが。


 そして、一番ヤチの悲しさを取ってあげられそうなことが。


「ヤチ!」


 私は一歩前に出て、ヤチの手を両手で握った。


「私、ヤチの妹になるよ!」


 私がヤチにできること、私にしかできないこと。


「前世の私みたいにヤチと血がつながってるわけじゃないけど、ヤチが悲しい顔をしなくてすむなら、私妹になるよ!」


 目を合わせて強く伝える。


 ヤチは目を見開いて、おどろいている。


「……本当によいのか? こんなすっとんきょうな話、信じてくれるというのか?」

「まだ全部信じられたわけじゃないけど、ヤチが嘘をついてるようにも見えないし、信じるよ」


 そう言うと、ヤチはうつむいてしまった。


 だめだったかな……本物の妹じゃないから、嫌なのかな……。


 私もうつむきそうになったそのとき、いきなりヤチが飛びついてきた。


「わっ!」


 その勢いにおされて、私はまたまたしりもちをついてしまった。


「ありがとう、妹になるって言ってくれて……本当に、ありがとう……!」


 私の胸の中で泣くヤチは、今までよりももっと顔をくしゃくしゃにしていた。

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