4 願えば叶う

 ――暖かい。いい匂いがする。髪……なでられてる?


 あ、そっか。またあの夢だ。最近よく見るなぁ。


 ひざまくら、柔らかい。


 ゆったりした、心地いい時間。ずっとこのままでいたいなぁ。


 あ。ツノ、生えてる。


 そうだ。私にひざまくらをしてくれるこの子は、普通の人とは違うんだった。


「――は、大切な――の妹――」


 ……え? 妹?


 ……あれ?



***



「琴葉ー! そろそろ起きなさーい!」

「はっ!」


 お母さんの大きな声が聞こえて勢いよく飛び起きる。


 見渡すと、ここは自分のベッドの上。


「今の夢って……」


 ひざまくらで誰かに頭をなでられる、昔からよく見る夢。


 頭をなでてくれるその子は、普通の人とはどこか違う。でも、起きたらすぐに忘れちゃう、そんな夢。


 ただ、今日はなんだかいつもと違った。


「妹って……なんだろ」


 いつもは聞かない言葉。


 ただの夢なのに、妙に引っかかる。


 まるでなにかの予知夢みたい。それに。


「ツノ……生えてた」


 いつもなら起きたら忘れてるはずのその子の普通の人とは違うところ。今日はおぼろげだけど、覚えてた。



***



 学校は今日から普通の授業が始まる。だから六時間目が終わるまで帰れない。


 そんな私の頭の中は、昨日のことと今日の夢のことでいっぱい。


 ツノを生やした女の子。しゃべれなくて、文字も難しい字を書く。


 私の言葉は通じてるみたいだけど、それじゃあ一方的に話してるだけだもん、寂しいよ。


 明日もまた来ると言ったけど、待ってくれてるかな。


 というか、会ってなにをすればいいんだろう。


 それに、今日の夢。


 私の頭をなでてくれる子、昨日会ったあの女の子みたいな、ツノが生えてた。


 今になったらおかしいってちゃんとわかるけど、夢の中にいたときは、ツノが生えてることなんて別になんにもおかしいことに思わなかった。どうしてだろ。


「琴葉ちゃん! 聞いてる?」

「えっ?」


 私に呼びかける大きな声が聞こえて反応する。


 私は今、ほおづえをついて自分の席に座っている。


 目の前には、ほっぺたをぷくー、と膨らませた少し不機嫌そうな美嘉ちゃんがいた。


「もう、やっぱり聞いてなかったんでしょ。今日の放課後、一緒に遊ばない?」

「えっ、ああ、うん……」


 うなずこうとして、ふと止まった。


 そうだ。今日はあの子のところに行く約束しちゃったから、今日は遊べないんだ。


 私はほおずえをやめてとっさに訂正する。


「あ、やっぱ遊べないや。用事あるの思い出しちゃった。ごめん」

「えー。そっか……ならしょうがないわね」


 悲しそうな顔をする美嘉ちゃん。ごめん。


「……なんか今日の琴葉ちゃん元気ない? なにか悩みごと?」

「えっ?」


 言われてぎくっとする。


 確かに悩んではいるけど、そんなに顔に出てたかな?


「やっぱり。琴葉ちゃんわかりやすいもん。もしなにかあるんだったら、遠慮せず頼ってね!」

「あ、ありがとう」


 そういって美嘉ちゃんは去っていった。


 その言葉はとても心強かった。


 ツノが生えた女の子と会ったなんて言えないけど、なんだか悩みが軽くなった気分。


「……よーし。とりあえず、なにか話せるように考えなくちゃ」


 今は朝の会が始まる前。六時間目が終わるまでに思いつけるよう、私は小さくガッツポーズをして、気合いを入れた。



***



「はぁ……全然わかんないや」


 朝、美嘉ちゃんに元気づけられて意気込んだのはいいものの、あんまりうまくはいってなかった。


 今は昼休み。図書室に行って、手話の本を見つけたから「これならいけるかも!」と借りて読んでみたけど、さっぱりわからない。


「あ、もうこんな時間……」


 時計見ると、もう昼休みが終わる時間だった。


 休み時間になると、大体みんな外や体育館に遊びにいっちゃうから、教室には私一人だけ。


 一応担任の先生はいるけど、私が本を読んでいるのを邪魔しないように話しかけてこない。だからとても静か。


 キーンコーンカーンコーン――。


 チャイムが昼休みの終わりを告げ、少ししたら廊下から教室に戻ってくるクラスメイトのみんなの足音が聞こえた。


 ガラガラと教室の扉が開けられて、みんなが教室に戻ってくる。


 さっきまでの静けさがうそみたいに、すぐに話し声で満杯になった。


「ねえねえ見て、琴葉ちゃん!」


 みんなと同じく外から帰ってきた美嘉ちゃんがうれしそうにかけ寄ってきた。


「ど、どうしたの? なんだかうれしそう」

「ふふん、もちろん。なぜなら……じゃーん!」

「あっ、これ、もしかして、四つ葉のクローバー?」


 得意げな美嘉ちゃんの手の中にあったのは、葉っぱが四つに分かれたクローバー。


「すごいね、どこで見つけたの?」

「校庭のすみっこで偶然見かけて。ラッキー! と思ってつんできたの」


 四つ葉のクローバー。


 クローバーの葉っぱは普通三つだけど、たまに葉っぱが四つ生えているものがある。それが四つ葉のクローバー。


 そのめずらしさから、見つけた人はラッキーになれたり、願いごとが叶う、なんて言われてるよね。


「いいなぁ。なにかお願いごとしたの?」

「うん。琴葉ちゃんの悩みごとが解決したらいいなって!」

「えっ、私?」


 笑顔でそう答える美嘉ちゃんに、私は目を見開いてびっくりしちゃった。


 だって普通、自分のためにするものなのに、私のためにお願いごとをするなんて……。


「私のことはいいよ。自分のお願いごとしようよ」

「ううん、いーの。だってこれは、私のためでもあるんだから」

「美嘉ちゃんの? どういうこと?」

「琴葉ちゃんが早くいつも通り元気になって、また一緒に遊べるようになってほしいもん」


 そう言われた瞬間、胸の奥がジン、となった。


 こんなに気にかけてくれるなんて、とってもうれしいよ。


「……ありがとう、美嘉ちゃん!」

「お礼は一緒に遊んでくれることよ? だから待ってるね」

「うん! 絶対いつか遊ぼうね!」


 私は美嘉ちゃんと指切りをして、遊ぶ約束をした。


 そうだ、思いついた。これなら、話せなくても大丈夫かもしれない。



***



 放課後になって、私は教室を一目散に飛び出した。


 通学路を走りぬけて、途中で通学路をはみ出す。


 桜に囲われた道を眺めながら進んでいって、ぬけた先にコケの生えた石の造り物。


 その横には、昨日出会ったツノの生えた女の子が地面に座って空をながめていた。


「よかった、いた……。こんにちは。また来たよ」


 その子は私が来たことに気がついて、こちらを向く。


 すると立ち上がったかと思えば勢いよく飛びついてきた。


「うわあっ! なに、なに!?」


 私は勢いにおされちゃってしりもちをついてしまった。


 頭突きをするように私の胸にうずめられたその子の顔を見ると、涙が浮かんでる。


「ま、また!? どうしたの、今度は」


 私の背中に回された、その子の両腕に力がぎゅっとこめられる。


「もしかして、寂しかったの?」


 その子は強くうなずいている。


 そっか、昨日は学校が早く終わったから、もっと早い時間に会えたけど、今日は授業が六時間あったから、昨日より遅くなっちゃって心配したんだ。


「ごめんね。待たせちゃったよね」


 私はその子の頭をなでてみる。落ち着いてくれるかな。


 しばらくして、その子は私からはなれて、ボロボロになった着物の袖でぐしぐしと涙を拭いた。


「ああ、おめめ痛くなっちゃうよ。……そうだ、忘れてた」


 私は背負っていたランドセルを下ろしてその中を探る。


 そして家からこっそり持ってきた、私の服を取り出した。


「私の服だからちょっと大きめかもしれないけど……ボロボロの服着てるよりかはいいと思うから、着替えよう?」



***



 木陰に移動して、服を着替えた。


 その子は服の着方がわからないみたいだったから、着替えを手伝ってあげた。


 その子は私より小さいから、やっぱり少しぶかぶかだった。


「……よし。これでオッケー」


 シャツとスカートが意外にも似合っていてかわいい。


 くつは持ってこられなかったから、かわいそうだけどはだしのまま。


「うん。とても似合ってるよ。あとは……」


 私はランドセルからニット帽を取り出す。


 ツノを誰かに見られたら困るだろうから、隠すために持ってきた。


「ちょっとじっとしててね」


 私はその子の頭にニット帽をかぶせる。


 ツノがひっかかって少しかぶせにくい。その子もいやそうな顔をしている。


「よし……っと。これでかぶれたけど……ありゃー」


 なんとかかぶせたものの、ニット帽がツノでふくらんで、あきらかにツノが見えている。


 するとその子はいやな顔のままニット帽を勢いよくぬいで、私につき出してきた。


「あ、そんなにいやだった?」


 その子は大きくほっぺたをふくらませながらぶんぶんと首をたてに振った。


「そっか、ごめんね。……うーん、でもどうしよ」


 二人きりなら隠さなくても大丈夫かと思ったけど、もしものことを考えると隠しておいた方がいい気がする。


 最初に出会ったときの私みたいにみんな怖がっちゃうかもしれないから。


 考えていると、その子は私のランドセルをあさりはじめた。


「あ、ちょっと、だめだよ」


 私は止めようと思ったけど、それよりも早くその子は私の給食袋を取り出した。


「それは給食袋だけど……どうかしたの?」


 その子は袋を開いて、なにかを取り出した。


「それは……三角きん?」


 給食のときにエプロンと一緒につける三角きん。


 その子はそれを取り出すと、うまいぐあいに頭に巻きつけた。


「わっ、すごい……」


 するときれいにツノが隠れて、見た目ではツノが生えてるなんて一切わからなくなった。


 私が手をパチパチすると、その子は得意げな顔をしている。



***



「そうだ、四つ葉のクローバーって知ってる?」


 着替えが終わって、私はぬいだ着物を苦戦しながらたたみながら、その間に四つ葉のクローバーについてきいてみた。


 私の言葉にその子は首を横に振った。


「そっか。えっとね……」


 私はたたみおわった着物をランドセルの上に乗せて、近くの草から三つ葉のクローバーをつんできた。


「これがクローバーなんだけど、見て。葉っぱが三つでしょ?」


 その子は興味深そうにクローバーを見て、こくりとうなずく。


「普通はこれと同じで葉っぱは三つなんだけど、たまーに葉っぱが四つのものがあるの。それを『四つ葉のクローバー』っていって、見つけると、幸せになれる、とか、願いが叶う、とかっていわれてるの」


 そう聞くとその子は目を輝かせて私の顔を見た。夢のような話を聞いて驚いているのか、それともその効果に期待しているのかはわからないけど、私の言葉を全部丸ごとのみこんでしまったその様子に苦笑いを浮かべた。


「まあその分見つかりにくいんだけどね。それで、見つけて願いごとしてみたいんだけど……一緒に探してくれないかな?」


 その子はあっさり首をこくりとたてに振った。


 嫌がられるかと思ったけど、案外そうでもないみたい? 願いが叶うって聞いて、興味を持ったのかな。


「ありがとう。それじゃあ、一緒に探そう」



***



 このあたりは山の中で自然がいっぱいだから、クローバーが探すのに困らないくらい生えていた。


「三つ葉と四つ葉ってけっこう見間違えやすいから、よく見ないとね」


 昔に一度、幼稚園の頃だったかに四つ葉のクローバー探しをしたことがあるけど、そのときは一個も見つからなかった。


 だからもしかしたら今回も見つからないかもしれないけど、頑張って探してみる。


 十分くらい探したころ、ツノの女の子が私の横で目をぎゅっとつぶって天をあおいだ。


「あはは……つかれちゃったかな。無理しないで、休んでてもいいよ?」


 そういうと、その子は力強くぶんぶん首を横に振って、また真剣な顔で四つ葉のクローバーを探しはじめた。


 私の願いごとのためなのに、こんなに一生懸命探してくれるなんて、とてもうれしい。


「……ありがとう。よし! 私も一生懸命探さなきゃね!」


 小さくガッツポーズをして気合いを入れて、また四つ葉のクローバーを探しはじめる。けれど。


「あうぅ……全然見つからない……」


 次第にその言葉が口から漏れ出ていた。


 どれだけ経ったのかな。少しずつ空が赤くなりはじめて、ツノの女の子も私もヘトヘトになってきた。


「大丈夫? ……もう諦めよっか」


 二人ともつかれているのをみて、私は断念しようと声をかけた。


 けれどその子はぶんぶんと首を横に振ってまた四つ葉のクローバーを探し始めた。


「ええっ、無理しなくていいよ!」


 その呼びかけにも首を振って、真剣な顔で探し続けてる。


 私のためなのに、ここまで一生懸命になってくれるのはなんでなのかわからなかったけど、そこまでしてくれるなら、私も休んでいられなかった。


「……よし、絶対見つける!」


 さらに気合いを入れて探しはじめる。


 最初の石の造り物があったところからどんどん進んで探していって、今はここにくるときに通ってきた桜が囲っている道まできた。


 少し立ち上がってながめてみると、石の造り物があるところから百メートルくらいはなれていた。


 桜が舞っている地面に生えているクローバーをよく見て、探していく。


 今まで緑一色だったのが、桜でピンク色が足されて、なんだか新鮮。綺麗。


「? どうしたの?」


 横にいたツノの女の子の様子が少し変わったことに気がついた。


 きいてみると、その子は立ち上がって二、三歩くらいかけ出して、しゃがんで草むらを見ると、ぶちっと勢いよく一本の草を地面から引き抜くようにつんで、私の目の前に持ってきた。


「……! これって……!」


 その手に握られていたのは、四つの葉を携えた、正真正銘四つ葉のクローバーだった。


「やった! やったよ! すごいよ、本当に見つけられるなんて!」


 私はその子の四つ葉のクローバーを握っている手を両手で包んで、飛び跳ねてよろこんだ。


 その子もとてもうれしそうに笑っている。


 するとその子は四つ葉のクローバーを持ってないもう片方の手で、私の頭をなでできた。


「えーっ、なんでなでるのぉ?」


 私は少し照れくさくなってやさしくなでてくれている手を止める。


 するとその子が四つ葉のクローバーを差し出してきた。


「そっか、私のために探してくれたんだもんね……ありがとう」


 その子はこくりと笑顔でうなずく。


「えっとね、したかった願いごとなんだけど……」


 私はその子から四つ葉のクローバーを受け取って、その子の口もとへ持っていく。


 そして目をつぶってささやくように言葉をクローバーへ伝える。


「――あなたがしゃべれるようになりますように……さすがに、願うだけじゃだめかな」


 私は恥ずかしくなって苦笑いをうかべた。すると風がひゅっと通り過ぎて、ふわっと桜が舞い散った。


「きゃっ、びっくりした。強い風だね。でも、桜がふわってなってて、綺麗」


 私が空を見上げて舞い散る桜に気を取られていると、信じられないことが起こった。


「――言霊とは、かくも不思議なものじゃな」

「え?」


 どこからか声が聞こえて、きょろきょろとあたりを見回す。


「どこを見ておる。わらわじゃ、琴葉」

「……えっ」

 

 びっくりした。びっくりしすぎて固まっちゃった。


 だって、だって目の前を向いたら……


「琴葉。わらわの大切な、妹よ」

「えぇーーーーっ!?」


 さっきまでしゃべれなかったその子が、しゃべってたんだもん!

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