2 はじまりの桜

 晴れた空。さんさんと照らす元気な太陽。


「行ってきまーす!」


 もう何年も私の背中に付き添ってくれている赤いランドセルを背負って、私は家の玄関を飛び出す。


「おはよう、琴葉ちゃん!」

「おはよう!」


 桜が満開の通学路を通って、友達とあいさつを交わす。


 私、松村琴葉は、今日から小学五年生!



***



 教室も、クラスも、担任の先生も全部新しい。


 五年生だから、新しい学年になるのなんて今まで何回も体験してるはずなのに、慣れることはなく、新鮮で、ワクワクする。


 今年は一組だった。運動会の時は赤組かぁなんて先のことを考えて楽しくなっちゃう。


「今年一年も、皆さんのよりよい学校生活を……」


 でも、体育館で聞く校長先生のお話はつまんない。でもそれは五年目にもなればなんとなく慣れちゃった。


 あくび混じりに周りを見渡してみる。


 体育館の前側半分に一年生から三年生がずらーっと体育座りをしていて、後側の半分には、四年生から六年生が座っている。


 後ろ側から新しく入ってきた一年生やまだまだ私たちより小さい二、三年生の背中を見てると、少し先輩って感じがして背筋が伸びる。


 ステージの方を見ると、まだ校長先生の話は続いている。


 早く終わらないかなぁ、って背中を丸めてひざに頭を乗っける。


 ふと、今日見た夢を思い出した。


 誰かに頭をなでられる夢。昔から、度々よく見る。


 起きたら大体忘れちゃうけど、ものすごく好きな夢。


 なでてくれるのはお母さんじゃない、誰かもわからない人なのに、どうしてそんな気持ちになるんだろ。


 そういえば、確かその人は普通の人とどこか違うところがあったはず。……うーん、どこだったっけ?


「それでは、一年一組から、自分の教室に戻ってください」


 式の進行をしている先生のその言葉にはっとする。


 ぼーっとしていたから気づかなかったけど、もう校長先生の話は終わって、始業式は終わっていた。


 学年ごと、クラスごとに立ち上がって、ぞろぞろと体育館を出ていく。


 私たち五年生の順番も程なくしてきて、そのままみんなで教室に戻った。



***



「琴葉ちゃん! 今年も私たち、同じクラスね!」


 始業式が終わった後、休み時間に教室で話しかけてきたのは友達の美嘉ちゃん。


「美嘉ちゃん! うん、今年一年もよろしくね!」


 美嘉ちゃんとは一年生の時に同じクラスで、席が前と後ろだったこともあってすぐに仲良くなった。


 それからずっと仲がいい、大切な友達なんだ。


「ねえ聞いて! 春休み中、お姉ちゃんと遊園地に行ったの!」

「えー、いいなぁー!」


 美嘉ちゃんは自慢げに、うれしそうに話している。


 美嘉ちゃんには高校生のお姉さんがいる。


 美嘉ちゃんのお家に遊びに行くとよく会う。背が高くて、しっかり者で、優しい人で。大人な感じが、憧れる。


「羨ましいなぁ。遊園地私も行きたーい」

「お姉ちゃんが友達からチケットもらったおかげなの」

「いいなぁ……お姉ちゃん、私も欲しい」


 私は一人っ子で、お兄ちゃんやお姉ちゃん、弟も妹もいない。


 そういう話をするたび、いる人が羨ましい。


「お姉ちゃんは無理ねー。あ、でも弟か妹なら今からでもできるかも?」

「うーん、私はお姉ちゃんが良いなぁ。『お姉ちゃんができますように!』ってお願いしたら、出来ないかなぁ」


 私は両方の手を握り合わせる仕草をする。


「無理よー」


 美嘉ちゃんが笑う。私もそれにつられて笑っちゃう。


 そうだよね、私より後に生まれた人が、お姉ちゃんにはなれないもんね。


 しゃべっていると、先生が教室の前の扉から入ってきた。


 それを合図にみんな座り始める。


 美嘉ちゃんも「それじゃあまたね」と小さく手を振って自分の席へと帰っていった。



***



「また明日!」

「うん、バイバーイ!」


 今日は学年が上がって初めての学校だから、始業式と教室で先生の話が終われば、すぐに下校。


 まだお日様が上に登りきってないうちに校門前で手を振って美嘉ちゃんとお別れする。


 私と美嘉ちゃんの家は正反対の方向だから、校門の左右にそれぞれ歩いていく。


「桜いっぱいだぁ。去年より多い気がする」


 通学路に咲く桜に目を奪われる。


 淡いピンクに色づいて、そよそよと風に揺られて気持ちよさそう。


 気持ちが上に上がって、歩きがスキップに変わる。


「あ、あっちのほうものすごく咲いてる!」


 通学路から少し外れた、近くの山の麓あたり。


 桜が並んで満開で、花びらが地面に落ちてまるで花びらたちが道を作ってくれてるみたい。


「寄り道になっちゃうけど……少しならいっか」


 私は誰にも見られてないかな、とこそこそ周りを見渡す。寄り道をするのはいけないことだけど、少しワクワクして、ドキドキする。


「よーし……えいっ!」


 周りに誰もいないことを確認すると、意を決して桜の道に飛び込む。


 なんだか少し違う世界に行った気分。そのまま道を歩いてみる。


「内側から見ると、すごいなぁ……」


 道を囲うように桜が咲いていて、どこを見てもピンク一色。


 花びらが舞って、道を通る人を祝福してるみたい。


 舞っている花びらを浴びてみたくなって、道を走りぬけてみる。


「あははっ! すごーい!」


 パラパラと桜の匂いが香る風とともに花びらが降ってきて気持ちいい。


 ランドセルの肩のベルト部分をぎゅっと掴んで走る速さを上げ、前に、前に進んだ。


 やがて桜の道の終わりが見えて、走りぬけてみると緑が一面に広がっていた。


「ここ……どこだろ」


 見渡す限りでは、山の中のようだった。来た道は覚えてるから、少し探検してみることにした。


 通学路とは全然違う、アスファルトもない、土の道。


 高い草木に囲われた道を通っていると、目につくものがあった。


「石の……なんだろうこれ、お地蔵さんかな?」


 古びていて、少しコケが生えている小さな石の造り物。私の腰くらいの高さまでしかない。


 お地蔵さんに見えるそれに、しゃがんで少し手を合わせてみることにした。


「今年もいい年になりますように!」


 目を瞑ってお願いしてみる。


 ふと思い出した。さっきも美嘉ちゃんと話してるとき「お姉ちゃんができますように!」って手を合わせたこと。


 なんとなく、それもお願いしてみることにした。


「お姉ちゃんができますように……!」


 効果があるのかはわからないけど、ちゃんとお願いしてみる。


 心なしか、少し合わせる手に力が入った気がする。


「……よし、そろそろ帰らなきゃ、お母さん心配しちゃう」


 立ち上がってもう一度お地蔵さんを見る。


「またね、バイバイ」


 小さく手を振ってその場を去ろうとする。


 すると、パキ、と後ろから枝が折れる音がして振り向く。


 振り向いた先にいたものに、私は目を見開いて固まっちゃった。


「……えっ?」


 そこにいたのは、ボロボロに汚れた着物を着て、地面までつきそうな長くて黒い髪をして、頭からツノを生やした、まるでおとぎ話に聞く鬼のような、私よりも小さな女の子だった。

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