ある日の冒険者よ

りさぽむ

第1話

その日はあまりにも酷い天気で、空から滝が降ってきているのかと思ったくらいだった。

それでもジェロは歩みを止めない。

いくらか休めばいいものを、ぬかるみに足を取られそうになりながら、走るでもなく、よたよたと歩いていた。

ジェロは年のいった男ではなかった。少し筋肉のついた体つきの19歳の若者であり、体力にも自身があった。

それなのに、今は疲労で足がもつれ、今にも倒れそうだった。早く安全な場所で休みたいと思うくらいにはジェロは弱っていた。


仲間とはぐれて3ヶ月。


町にさえ戻れればまた仲間を集めるなり、再会するなりできるだろう…。早く町に向かわなければ…。

その一心で歩みを進めているのである。

けれども、視界は最悪で明かり一つ見当たりはしない。腰の今にも消えそうなカンテラが照らす明かりで見える景色も限られていた。

雨に濡れた黒くてぬかるんだ土の感触。同じようなでこぼこの平地が続くようだった。

見かけるモンスターも目印にはなりそうもなかった。見つからないように進む。


つい先日、駆け出しの冒険者になったばかりのジェロ。

道具はプロも使うような物を揃えたものの、経験は無いに等しかった。追い討ちをかけるように酷い天気。そして夜が近づいていた。

夜になればモンスターが増える。ジェロは焦りも感じ始めていた。


そんな時だった。それほど遠くない所で、チラリと明かりのような物が見えたような気がした。


「明かりか……!?」


近くなるにつれて、それは確信へと変わった。


(明かりだ…!明かりだ!)


ジェロは歩くのでやっとだった足をうんと動かして走った。

明かりはどんどん近づいて、目と鼻の先くらいになる頃には、丘に雨避けの洞窟が掘ってあって、そこに松明がいくつか置いてあるような場所であることが分かった。

どんな場所であっても、今のジェロにはありがたかった。滑り込むようにして洞窟へと入ったのだった。

奥の方へと進み、安全そうだと思うなり、へたりと空気が抜けたように座り込んでしまうジェロ。


「……もう一歩も動けないな。くたくただ……。」


食べ物は……まさか3ヶ月も仲間とはぐれるとは思わず、予備の保存食等も持っていなかった。

ジェロは食事を削って道具に費やしたのを後悔した。

贅沢は言わないのでパンの一つにでもありつけたなら……。腹が小さく鳴いた。慰めるように腹を撫でてやる。

ついでに松明にあたってみた。熱いくらいだ。

焚き火の要領で松明の周りに棒をさして服やマントなんかを干しながら、明日はどうやって町まで辿り着くかを考えた。

たぶんティレイニからは出ていないだろうから、ティニカ王国を目指せばすぐに着くだろう。そんな考えでいたわけだが、どういう事か、まるっきり国には着かないのだ。国の周辺の村にさえ辿り着けていない。モンスターを避けて歩いているからかもしれないが……。

自分は冒険者には向いていないのだろうか……パチリパチリとはぜる松明を見つめて、ため息をついた。


「ん?足跡……モンスターか……?」


ふと、声のようなものが聞こえたと思ったら、足早に何かが洞穴へと入ってきた。

ジェロは息を殺す。

そして、身につけてきた装備品の中から剣を瞬時に選び、手に取り構えた。モンスターかもしれない。


しばらく奇妙な土の音がしてから、足音が近づいていた。

それにあわせて松明に照らされ、姿も見えてきた。

……………剣を持った、綺麗な女性だった。並大抵の美女ではない。とびきりの美女だった。

腰ほどの銀の髪、涼やかな目元に、海を思わせる青い瞳。赤みのさした頬と唇。この辺りでは見ないふさふさとした飾り毛のついた服装。

ジェロは、ほう……と息を吐くと、とたんに自分の格好が恥ずかしくなって、まだ濡れているマントを羽織って、剣をしまった。


「・・・なんだ、村人か……。」


女性は警戒を解いたのか腰へ剣をしまって、かわりに松明を胸元から取り出した。

何故胸元に松明を入れているのかジェロには不思議に思えたが、女性は流れるような動きで地面に松明を立てた。更に不思議な事に松明には既に明かりが灯っている。

気にせずに次の松明を取り出したところを見ると、彼女にとってはそれらが普通らしかった。

ジェロならリュックから物を取り出したり、松明にカンテラで火を灯したりするのだが……。不思議な事があるものだ。

松明が置かれ、明かりが増えて、空気穴を除いて入り口が塞がれているのにジェロは気づいた。彼女がやったらしい。

先ほどの奇妙な土の音は土壁を作った音だったのか、とジェロは納得した。

そして安心感からか、気持ちに余裕が生まれ、村人と言われた事に少し訂正を入れなければ気が済まなくなった。


「村人じゃないんだなぁ。冒・険・者・!冒険者ジェロって呼んでくれ」


ジェロはチッチッチッと指を振って少し得意気に訂正をいれたが、じとっとした目で見られた。

何か言いたげだが特に何か言うでもなく、ため息を一つついた女性はジェロとは離れた場所へ座った。


気まずい時間が流れる。


「そ、 そろそろ乾いたかな~……?」


なんて言いながら服の乾き具合をチェックした。まだまだ濡れている。

次いで腹の虫も限界だと鳴いた。

慌てて誤魔化したが、更に大きく鳴いた。ジェロは自分が情けなく感じたが、どうしようもなかった。

その様子を見ていた女性はまた胸元を探りながら言った。


「なんだ、腹が減っているのかい。空腹は体力を減らしてしまうよ。……とはいえ私もあまり持っていないのだけれど。」


女性は胸元からパンを取り出し、ジェロに差し出した。

一体その胸元はどうなっているんだとジェロは思った。しかし、差し出されたパンの誘惑の前ではそんな考えはどうでもよくなった。ごくり、唾を飲む。


「ありがとう、いただくよ」


一口かじれば、柔らかく、素朴だが自然な甘さと香ばしさが口いっぱいに広がった。

あまりの美味しさにジェロはあっという間にパンをたいらげてしまった。

その様子に女性はふふっと笑って、自分のパンを半分にしてジェロに差し出す。

ジェロは遠慮して断ったが、腹の虫はもっと食べたいと駄々をこねた。ジェロは恥ずかしそうに半分のパンを受け取って食べた。


「そういえば、何故あんたはこんな所に居たんだい?雨宿り?」


松明しか無かったろ?と女性は言葉を続けた。

ジェロは、仲間とはぐれたこと、ろくに食べていなかったこと、やっとの思いでこの洞窟へ来たこと、早く町に帰りたいことなんかを話した。

女性は理解を示しながら聞いていた。話ているうちに熱が入ったジェロは、冒険者になった頃の話までし出した。

女性は時折相槌を打ちながら聞いてくれた。ジェロの話が終わる頃には、空気穴から入る光で朝日が昇ってきていることが分かった。


「さてと。早く町に行かないといけないね」


女性は、にこっと笑って立ち上がり、軽く土を払って、入り口の方へと向かった。

ジェロはその笑顔に胸が高鳴った。女性が素手で土壁を壊し始めて、とてもびっくりしたが、もう出発するのだということを感じとった。

すっかり乾いた服を着て、忘れ物が無いように装備品の確認をする。

それから土壁を崩す手伝いをした。……いや、しようとしたが、思ったより厚い土壁であったために女性のように素手では到底太刀打ちできなかった。仕方なく剣の鞘で土壁を掘った。何かコツがあるのかもしれないな、と思いながら。

土壁が崩れきると朝日が眩しく感じられた。燃えるモンスター達もあちこちで見られた。

昨日は雨で何も見えなかったけれど、近くに木々の繁る森もあった。


「今日は清々しいほど良い天気だな…昨日の大雨が嘘のようだ!」


ジェロは元気を取り戻し、眩しそうに澄んだ空を見上げている。

そんな彼を横目に女性は胸元から地図を取り出して、じっと眺め始めた。


「町は……結構遠いけど行けそうかい?」


少しして、女性は地図を一通り頭に入れたようだ。地図をしまって、歩きださんとしていた。


「大丈夫さ、俺はタフなんだ」


ジェロは隣へ並ぶと、笑ってみせた。

一晩休憩したおかげか、多少は痛むが、足のふらつきは随分楽になっていた。

さりげなく女性がゆっくり歩いてくれているのが分かって、ジェロは少し申し訳なく思ったのだった。


それでも無理はせずに休む時は休み、歩く時は歩いた。

二人で歩き続け、夜が近づけば彼女と一緒に穴を掘り穴蔵みたいなものを作っては夜をやり過ごし、また歩きだす。

時には果物を見つけて口にしたり……そういった事を7日ほど繰り返して確実に町へと歩を進めた。


へとへとになり、やっと町の歩道へたどり着いた時には10日ほどかかっていた。

女性は再び地図を取り出して町へと続く歩道の方向を探った。


「道を北へ真っ直ぐ向かえば町みたいね。」


女性が道の北側を指差したので、ジェロはそちらへ視線をやった。

微かに町の輪郭が見える……気がした。ジェロは希望が湧いてきた。

これでやっと仲間に会える!


「ありがとう!本当にありがとう!何とお礼を言ったらいいか……!」


ジェロは女性の手を取って礼を述べた。

嬉しさのあまり涙さえ出てきた。実はもう辿り着けないんじゃないかとさえ思っていたものだから、本当に嬉しかったのだ。

泣いて喜ぶジェロに女性は笑ってこう言った。


「このベロア様にかかれば容易いことよ。じゃあ、達者でね。」


ベロアはジェロの暑い握手から解放されると、ひらりと身を翻して元来た道を帰っていった。

何か礼の一つでもしたかったが、追うのもなんだか悪い気がして止めた。

ジェロはベロアの背中を見送ってから歩道を北へと歩き始めた。


「ベロアさんか……また会えるかな……。」





それから十数年後、すっかりベテラン冒険者になったジェロ。

ベロアに会いたい一心で各地を冒険したが、結局彼女に会う事はできなかった。

もしかしたら、ベロアはどこかの噂話で聞いていた、伝説の人物だったのではないか?そんな思いが浮かんだが、世界は広い。

きっとどこかで出会えるはずだ。と、今日も冒険へと旅立つのだった。





END

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