第12話 人魚とアルタンの靴

 どうせ帰らないんだからと、その日は町で子どもたちと遊んだり、湖で魚釣りをして楽しんだ。

 時折、バシャリと水音がして、銀色の尾びれが光って見えた。


「やっぱりいるよね」と、小さな声で優香が言う。


「知らん顔してようかと思ったけど、もしかして何か言いたいことがあるのかも。コルムはどう思う?」


「そうですね……ボートに乗ってみましょうか? もしかすると話しかけてくるかもしれません」


 三人でボートに乗り、コルムに漕いでもらって湖に出た。見る角度によって色の変わる、伝説のとおり虹のような湖だ。何艘かいるボートを避け、誰もいないところまで漕いでいった。


「しばらくこの辺にいましょう」と、コルムがオールを置く。


 湖面にはまわりの木々とともに、真っ青な空や白い雲が映り込んでいる。

 あちこちから鳥の鳴き声が聞こえるなか、静かに揺れるボートの上で、わたしたちは待った。


 やがて、白い小さな鳥がボートの舳先へさきに止まった。

 鳥はわたしたちに向かって、綺麗な声で言った。


「わたしはこの湖に棲む人魚です。姿は見られたくないので、この子を通してお礼を言わせてください。湖を救ってくれてありがとうございました」


 びっくりしたが、人魚は怖がりだというから大きな声を出さないよう気をつけた。


「どういたしまして。わざわざお礼を言いに来てくれてありがとう。湖が凍っているときはどこにいたんですか?」


「一番深いところに結界を張って、魚たちと一緒にじっとしていました」


「元気でいてくれて嬉しいです」


「あなたはいい人ですね。魔法使いと違って」


「もちろんです。あんなストーカーと一緒にしないでください!」


「ストーカー?」


 白い小鳥が首をかしげる。

 その可愛い仕草にキュンとした。優香とコルムも胸を抑えている。


「いえ、なんでもないです。その可愛いお口から汚い言葉を吐かせるわけにはいきません……ここはとても美しい湖ですが、ひとりで寂しくないですか?」


「皆さん、人魚はひとりだと思っているようですが、姉妹もいるんですよ。それに、たまにこんな風に、ボートに乗っているケット・シーに話しかけたりしていますから。まあ、ただの喋る鳥だと思われていますが」

 

 小鳥がクスクスと囀るように笑う。


「ではそろそろ帰りますね」


 人魚が魔法を解いたのだろう。白い小鳥はブルッと体を震わせ、青い空に飛び立っていった。


 


 城に戻ると、アルタンがイライラしながら待っていた。


「遅かったな。靴が出来たから履いてみろ」


「なによ、偉そうに」

 優香が呟く。


「ごめんね、遅くなって。もう出来たの? 優秀なんだね」


「ふん。これくらい当たり前だ。おれは最高の靴職人だからな。いいから早く履け」


 柔らかなベージュの革靴は、わたしの足にピッタリとフィットした。驚くほど軽く、圧迫感や痛みが全くない。


「うわ、こんなにフィットする靴、初めて履いた! 軽くて歩きやすいし、気持ちいい」


 わたしは靴を履いたまま、部屋の中を歩きまわった。


「そうだろう」


 アルタンは嬉しそうにうなずいている。


「ありがとう、アルタン。すごく嬉しい。これなら絶対大丈夫だよ!」


 わたしはアルタンを手のひらに乗せて、王様に会いに行った。


「最高の履き心地です!」

「ふむ……いい仕事をしたな。アルタンよ、おまえを王宮専属の靴職人に任命する」

「これ、立っていないで膝をつかぬか」

 宰相さんに注意されて、アルタンが渋々膝をつく。

「承ります」

「良かったね、アルタン!」

「おめでとう!」

「大げさだな、お前たちは」

 

 わたしと優香に祝福され、アルタンが珍しく顔を赤くした。 

(ツンデレだね)

(ツンデレおじさんだね)

 と、わたしたちは囁き合った。


 帰る前に、メイドさんたちにアルタンのことをお願いした。


「素直じゃないけど、悪いやつじゃないので見捨てないでやってください」


「大丈夫ですよ、リサ様。靴を作るところを見ていましたから」

「監視してたんだけどね」

「真面目に作ってたから、見直したわ」

「今度、わたしたちの靴も作ってもらいたいわね」

「色違いにしようよ」

「できるだけ仲良くしますから、安心してお帰りください」


 優しい六つ子のメイドさんたちにお礼を言い、皆に別れを告げると、わたしたちは鏡の前に立ち、自分たちの世界へ帰ることを願った。



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