第10話 優香とティル・ナ・ノーグ

「あいたたた」

 今回は三人もいたせいか、乱暴に放り出された気がする。


「優香、大丈夫?」


「うん、平気……きゃあ、コルム様をつぶしちゃった!」

 見ると、優香のお尻の下にコルムがいた。


「そんなことより、ほら、ティル・ナ・ノーグに着いたよ」


「え?」


 いつもの鏡の間にたくさんのケット・シーたちが集まっている。

 王様と王妃様が近づいてきた。


「久しいな、リサ。コルムを使いにやったが、すぐに戻ると思い待っておった」


「お久しぶりです。リーアム王様、アイリーン王妃様」


「今回はお連れの方がいらっしゃるのね」


「はい。友人を連れてきました。優香、ご挨拶して」


 優香がぼーっと王様たちを見つめているので、肘でぐいぐいと脇腹を押した。


「はっ! 失礼いたしました。わたくし、理沙さんと一緒に仕事をしている佐藤優香と申します。部外者なのに突然押しかけて申し訳ありません」


「なに、気にすることはない。リサの友人なら歓迎しよう」


「あなたたち、お二人を“シャムロックの間”にご案内して」

 

 王妃様が侍女に命じ、わたしと優香は、以前泊まったときよりも広い客間に案内された。

 二人きりになると、優香が興奮して喋り始めた。


「やばい。まじ来ちゃったよ、ティル・ナ・ノーグ国! 王様と王妃様のオーラ、半端ない!」

「フフフ。ほら、窓の外、見てみなよ」


 わたしは窓際に立ち、優香を呼んだ。

 この部屋の窓からも城下の町並みが一望できる。


「うわー!! 綺麗な景色だねー! 小さい家がいっぱい。あ、牧場がある。森の中に湖が見えるけど、もしかしてあれが例の?」


「そうよ。凍りついた湖、ネイ湖」


 こちらの世界はまだ日が高いので、湖が光を反射してキラキラと輝いている。


「思ってたより大きい! よくあんなの溶かしたね!」


「まあ、わたしが溶かしたわけじゃないけどね。ハチが残してくれた魔法石のおかげだから」


「でも、それを使えるの理沙しかいないんだから、やっぱすごいよ!」


 そのとき、コンコンとドアがノックされ、コルムが部屋に入ってきた。


「お疲れでなければ、町へ行ってみますか?」


 わたしと優香は顔を見合わせ、「行く!」と同時に返事をした。


 外に出ると優香は城を振り返り、「レンガのお城なんて可愛い!」と叫んだ。

 城下町を通り過ぎ、市場に着くと、わたしを見たケット・シーたちが店から飛び出してくる。


「リサ! お帰り!」

「久しぶりだな、リサ!」


 皆に名前を呼ばれて嬉しくなる。


「覚えててくれたんだ」

「当たり前だろ! ほら、これ持ってけ」


 黒いケット・シーが美味しそうなパンをくれた。


「ありがとう」


「おや、友だちも一緒に来たんだね。うちの焼き魚食べてみなよ」

 

 赤茶色のケット・シーが、棒に刺した青い魚を優香に手渡す。


「は、はい! ありがとうございます」


 優香はまだ戸惑っているようだ。

 そこへ小さな子どもたちがやってきた。


「きゅうせいしゅさまぁ」

 真っ白な毛並みの可愛い子がわたしの足に抱きついた。


「エリンちゃん?」

「フフッ、違いますよ」


 白い子猫ちゃんの後ろから声がする。

 真っ白な毛に、見覚えのあるオレンジ色の瞳。


「まさか……あなた、エリンちゃん?」


「はい、そうです」


「うわぁ、大きくなったね! あ、もしかしてこの子、エリンちゃんの子ども?」


「そうです。この子は三番目の子で、上にお姉ちゃんがふたりいます」

 

 まさか、わたしの天使がお母さんになってるとは……。

 うなだれるわたしの肩を優香がポンポンと叩く。


「理沙の友人の優香です。あなたがエリンちゃんですか! 会えてとっても嬉しいです。あ、握手してもらっていいですか?」


 優香が右手を差し出すと、エリンちゃんは素直に手を握った。


「うひゃあ、エリンちゃんの肉球とモフモフがじかに!」

 悶える優香を怪訝そうな目で見るエリンちゃん。


「気にしないで。そういう病気だから」


 また後で来るからと別れ、牧場に向かった。

 最近始めたという、牛乳から作った濃厚なアイスクリームを食べながら、のんびりと牛を眺める。


「今日はいないのかな?」

 わたしはさりげなく呟いた。

「なにが?」

「……あ、いた!」

 

 優香がわたしの指差す方を見た。


「なにあれ!?」

「クー・シー。番犬だって」

「いや、犬にしちゃでかすぎでしょ!」

「アハハハハ」

 

 この反応が見たかったんだ。

 

 相変わらず巨大な暗緑色の体で、ゆっくりと歩いている。背中まで渦を巻いた尻尾を見て、

「面白い尻尾だね。あー、デッサンしたいなあ!」と優香が叫ぶ。

 

 優香は絵が描きたくてうずうずしているようだ。

 帰ったらたくさん描いてもらおう。きっと素敵な絵ができるはずだ。


「湖にも行きますか?」

「「もちろん!」」


 コルムに訊かれて、わたしと優香は声を合わせた。

 


 森の中にある湖を見た瞬間、優香の目が輝いた。エメラルドグリーンの湖面は、今日も綺麗なグラデーションを描いている。

 

「なんて綺麗なの!」

「そうでしょ! 優香に見せたかったんだ。絶対喜ぶと思って」

「理沙ぁ」

 優香が抱きついてくる。


「この湖には伝説があるんですよ」

「聞きたい! 教えてください」


 優香にねだられてコルムが語り始めた。


「昔、この湖には美しい人魚が暮らしていたそうです。その美しい歌声は遠く離れた山で暮らしている魔法使いのもとにまで届き、彼は人魚に恋をしました。魔法使いは湖まで虹の橋を架け、虹を渡って人魚に会いに行きました。ところが、人魚は怖がって逃げてしまい、怒った魔法使いは、虹を粉々に壊して湖に捨ててしまいました。それから、この湖は七色に変化するようなったのです――という伝説です」


「なにそれ。引くわぁ、その魔法使い。勝手に押しかけて怖がらせといて、逆切れはないわ」と優香が感想を述べる。


「ほんと。虹だから綺麗なオチだけど、ゴミとかだったら不法投棄で罰せられるとこだよね」


「ストーカーこわっ」


「あの、これは伝説なので、たぶんかなり脚色されているかと……」


「あー、でも、美形の魔法使いが流した涙が湖の底に届いて、人魚が顔を出すとかならいいんじゃない?」


「実は不器用で一途な想いにほだされる的な? まあ、それならありかも」


「いや、勝手に伝説を変えないで」


「あー、絵が描きたーい! 誰かわたしに色鉛筆でもクレヨンでもいいからちょうだーい!」

 優香が湖に向かって叫ぶ。


「お城に帰ればなんかあるかもよ」


「そうだね。よし、帰ろう!」


 わたしたちが湖を後に歩き出したとき、バシャッ! と大きな水音が聞こえた。

 振り向くと、銀色に光る大きなヒレが、水の中に消えていくのが見えた。

 

「アレってもしかして……」優香が声を震わせる。


「いやいや、アレはただの伝説だから」


「ケット・シーだって伝説じゃん」


「……見なかったことにしましょう」とコルムに言われ、そうだねとうなずき合った。





―――――――――――――――――――――――――――――――


いつも読んでいただきありがとうございます。

あと3話なので、明日中に完結する予定です。


ネイ湖のモデルはイタリアにあるカレッツァ湖です。

画像によって色が微妙に違いますが、美しい湖です。

魔法使いと人魚の話もカレッツァ湖の伝説なので、

気になる方は検索してみてください。



 





















 






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