第9話 クリスマスのデートとコルムとの再会 

 その年の冬、クリスマスを前に佐々木さんから声をかけられた。


「もし約束がなければ、イブの日にぼくと食事に行きませんか?」


 顔を赤くして、けれどわたしの目をまっすぐに見つめている。たぶん、この人は誠実な人だ。


「はい。わたしでよければ」


「あ、ありがとうございます。じゃあ、あの、連絡先を聞いてもいいですか?」


「もちろんです。そういえばまだ知りませんでしたね」


 わたしたちのやり取りを優香がニヤニヤした顔で見ている。

 佐々木さんが帰ったあと、さっそくからかわれた。


「クリスマスデートだなんて、佐々木さんも頑張ったね!」


「わたし、ちゃんとしたデートなんて初めてかも」


「早めに上がっていいから綺麗にしていきなよ。その代わり、わたしは25日に早上がりさせてもらうから。お洒落して、ちゃんとお化粧もしてね。最近、手抜きしすぎだよ」


「うっ、わかった」


 確かに店と自宅の往復だからと動きやすい恰好ばかりしている。

 優香はデートのときは帰る前にちゃんと着替えて、化粧もばっちりしていく。

 わたしも見習わなきゃなあ。



 クリスマスイブ当日。仕事終わりに佐々木さんと待ち合わせをして、イルミネーションで飾られた夜の街を歩いた。


「綺麗ですね。クリスマスに出かけるなんて、久しぶりです」

 なんだかウキウキした気分になる。


「この通りは毎年テーマに沿った飾りつけをしているんですよ。今年は桜だそうです」


「ああ、だからライトが淡いピンクなんですね」


「今日はイタリア料理の店を予約してるんですが、大丈夫ですか?」


「はい。スパゲッティとかピザとか大好きです」


「良かった。実は友人がやってる店で、どうしても店長さんが見たいっていうもんで――あ、いや、別に変なこと言ってないですよ? 男が一人で猫カフェかって馬鹿にしてくるから、素敵な店なんだって店長さんたちのこと話したら興味が沸いたみたいで」


「フフ、べつにいいですよ。わたしも普段の佐々木さんを知りたいですし……ただ、その店長さんって呼び方はいかがなものかと」


「へ?」


「せっかくのデートですから名前で呼んでくれませんか? あ、知りませんかね? わたしの名前」


「い、いえ、もちろん知ってます。じゃあ……理沙さん」


「はい。よくできました」


 照れくさそうにわたしの名前を呼ぶ佐々木さんを見て、可愛いひとだなあと思った。


 イタリアンレストランでは、佐々木さんの友人であるオーナーの高橋さんとイタリア人のシェフたちが歓迎してくれた。

 イタリア語が飛び交う店内でシェフと話していたら、いきなり目をパチパチさせ、

「ブラーヴォ! 綺麗な発音で驚きました」と言われた。

 どうやら、いつのまにかイタリア語に切り替わっていたらしい。

 

 やっちゃった!

 佐々木さんを見ると、目を輝かせてわたしを見ている。


「理沙さん、前に店で英語で接客してましたよね? まさかイタリア語も話せるなんて思いませんでした!」


「きみのアモーレはとても素敵な人だな!」

 高橋さんがパチリとウインクする。


 皆に絶賛され、なんだかズルをしているようで申し訳ない気持ちになる。


「あははは……グラッツェ!」


 

   ◇


 それからは、仕事帰りに佐々木さんと食事に行くことが多くなり、自然な流れで告白されて付き合うことになった。


 優香に報告すると、

「おめでとう! 良かったね。幸せになってね」と、なぜか涙ぐむ。


「いやいや、結婚するわけじゃないんだから」


「そうだ! 結婚してもこの店、辞めないでね!」


「当たり前でしょ。ていうか、まだ結婚とか考えてないから! まあ、とりあえずそういうことだから。じゃあ、そろそろ帰ろうか?」


「あ、まだ看板しまってなかった。ちょっと待ってて」


 優香がビルの外に置いてあるボードを取りに行った。

 優香がボードに描いているケット・シーのイラストは季節ごとに変わる。そのたびに店に来るお客さんたちが写真に撮ってネットにアップしてくれるので、いい宣伝になっている。


 猫たちの相手をしながら待っていると、奥にある休憩室の方からガタリと物音がした。

 何の音? まさか、泥棒?

 非常用に置いてあるバッドを握り締め、そっと近づいていくと、ドアの向こうから何かが飛び出してきた。


「うわぁああ!」

「うにゃあああ!」


 びっくりして叫ぶと、飛び出してきた犯人も叫び声をあげた。

 うにゃあ……?

 声のぬしを確認して驚いた。


「コルム! なんでいるの!?」


「リサ! 良かった! リサに会いたくて来ちゃいました」


「会いたくてって、そんな理由で鏡を使って大丈夫なの?」


「だって、最後に会ってからもう二十年も経つんですよ。王様からもリサの様子を見てくるようにと言われています」


「二十年!? えーっと、わたしが最後にティル・ナ・ノーグ王国に行ったのが大学一年のときだから、こっちだと六年くらいか。ずいぶん時間の差があるね。そういえばコルム、ちょっと老けた?」


「失礼ですね! 貫禄が出たと言ってください。わたし、今は騎士団長なんですよ」


「へえ、凄いじゃない! 出世したね」


 わたしが褒めると、コルムは長い尻尾をくねらせ、わたしの足に巻き付けた。


「まあ、そうですね。褒めたいのなら特別に撫でてもいいですよ」

  

「偉い、偉い」


 ここぞとばかりに撫でまくっていると、入り口のドアが開いて、戻ってきた優香と目があった。

 優香は持っていたボードをどさりと落とし、目をまんまるにしてコルムを見ている。


「二本足で立ってる大きな茶色の猫ちゃん……ま、まさか」


「紹介するね。彼はコルム。ティル・ナ・ノーグ国の騎士団長よ」


 コルムは右手を胸にあて、貴族のようなお辞儀をした。

「はじめまして。コルムと申します」


 優香は言葉がわからないはずだが、

「理沙の相棒の優香です!」と元気に挨拶している。


「まさか、本物のコルム様に会えるなんて! わたし、コルム様推しなんですよ!」


 コルムが困ったようにわたしを見る。

 なんて通訳すればいいんだ?


「あー、会えて嬉しいって。ユウカって呼べる?」


「ユウカ?」


「きゃあああ! はい! あなたの優香です! コルムさまぁあああ」


「ちょっと、優香うるさい。コルムが怯えてるよ。猫ちゃんはうるさいのが嫌いだって知ってるでしょ」


「はっ、わたしとしたことが……申し訳ありません、コルム様」 


 コルムはコホンと咳をしてから、


「リサ。これからティル・ナ・ノーグに一緒に行きませんか? みんなも会いたがってますし。ユウカも一緒に連れてきてもいいですよ」


「なになに? コルム様何て言ってるの?」


「これから優香と一緒にティル・ナ・ノーグに来ないかって」


「うそっ! わたしも行けるの!? 行こうよ、リサ。わたしも行ってみたい!」


「そうねえ……わかった。コルム、優香も連れていくよ」


「では、彼女にも言語魔法をかけましょうか? 言葉がわかったほうがいいでしょう」


「それって、わたしにかかってるのと同じやつだよね?」


「ええ、そうですよ」


「ちょっと待ってね。今、確認とるから。優香、コルムが言語魔法をかけようかって言ってるけど、どうする?」


「えっ、それって理沙にかけた魔法のこと? うわ、まじか! すっごく嬉しい」


「ただ、もし魔法が解けなかったら、世界中の言葉が日本語に聞こえちゃうけど、大丈夫?」


「全然いいよぉ! わたし、理沙のこと羨ましかったんだもん。色々な国の人と普通に喋れてさ。だから、お願いします!」


「わかった。コルム、優香にも言語魔法をかけてあげて」


 コルムがうなずき、優香の手を取ると、ぼんやりとした光が優香の全身を覆った。


「はい。これでもう、わたしの言葉がわかりますよね?」


「あ、わかります! うひゃあ、すごい!」


「じゃあ、行きましょう」


 わたしたちは休憩所にある鏡の前に立った。

「帰還します!」とコルムが叫ぶと、三人とも鏡のなかに吸い込まれていった。












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