第8話 ケット・シー人形と火事
猫カフェをやると決めてからは、優香と一緒に猫カフェでバイトをしたり、評判のいい店を調べてあちこちに見学に行ったりして、どんな店にしたいか毎日話し合った。
「実は、置いてみたい人形があるんだ」
わたしは優香に、ティル・ナ・ノーグ国でもらったケット・シーの木彫りの人形を見せた。
「わあっ、可愛い!」
人形は彼らの特徴を実によく
「これは海外で購入した手彫りの物で、日本では販売されてないの。もちろん、このままじゃ商品にならないから、もう少し素材や大きさを変えて作ってみたいんだけど、どう思う?」
「いいと思う! これ、ただの猫じゃないよね。ひょっとして、ケット・シー?」
「そう。よくわかったね?」
「猫好きなら知ってると思うよ。アイルランドの伝説に出てくる猫の妖精だよね。よくできてるなあ」
「これをもとに何体か、わたしのイメージするキャラクターを描いてみてくれない?」
優香が漫画研究会で描いている絵は、可愛いのにちょっと不気味で、わたし好みだった。
「ええっ、責任重大じゃない! あ、でもそういうのって著作権侵害にはならないかな?」
「手を加えるし、作者が知り合いだから問題ないよ(たぶんね)」
「さすが! 抜かりないね」
◇
そうしてわたしたちは、大学を卒業後、猫カフェをオープンした。
店名は「ティル・ナ・ノーグ」。ケット・シーの国の名前を借りた。
オリジナルのケット・シー人形は、お客さんたちのあいだで話題になり、SNSなどで拡散された。ここでしか買えないこともあり、遠方からわざわざ人形目当てに来てくれる人もいる。
今では、ハチ、コルム、宰相さん、白猫のエリンちゃん、キジトラのショーンくんといった、お気に入りのケット・シーそっくりの人形たちが店の棚に並んでいる。
それぞれのキャラクターには「王国の騎士コルム」「人間界に迷い込んだハチ」「甘えん坊のエリンちゃん」といったプレートが立ててある。
いっそ人形たちの物語を書いてみたらと優香に言われて「ティル・ナ・ノーグ国物語」という短い話を書き、冊子にして配ったのがまた受けたらしい。(まさか実際の話だとは誰も思わないだろうけど)
「ティル・ナ・ノーグ」にいる猫は、保護猫と購入した猫たちがいるが、どの子もわたしの知るケット・シーに似ている。わたしの好みで選んでいたら自然とそうなってしまった。どうせだからと名前も本人、いや、ケット・シーたちの名前を借りた。
我儘な経営者で申し訳ないが、「わたしはどんな猫ちゃんでも愛せるから大丈夫!」と優香が言ってくれるので、甘えさせてもらっている。
結果として「ティル・ナ・ノーグ国物語」の猫だと喜ばれ、引き取られていく保護猫も多いからわからないものだ。
とにかく赤字経営にしないための努力を続けるしかないと、少しずつグッズも増やしている。
今は飲み物しか取り扱ってないが、いずれはもう少し広い店舗を借りて、ちゃんとしたカフェを併設したい。金の粒は相変わらず毎日ポケットから出てくるが、いつまで続くかわからないから、それ頼みにはしたくないのだ。
◇
ある日の閉店後。
わたしと優香が後片付けをしていると、店内の猫たちが騒ぎ始めた。興奮して走り回ったり、唸り声をあげたり、明らかに様子がおかしい。
「どうしたのかな?」
「……理沙、なんか焦げ臭くない?」
「えっ……ほんとだ!」
わたしたちの店舗はビルの二階にある。
窓を開けて外を見ると、隣のビルから火の手があがっていた。
路上を逃げ惑う人たちが見える。
誰かが廊下で叫ぶ声が聞こえた。
「隣のビルが火事です! 避難してください!」
「これ、うちのビルも危ないんじゃ……」優香が青い顔で呟く。
「猫を避難させなきゃ!」
二人で大型のキャリーケースに猫を入れようと追いかけていると、突然大きな音がして隣のビルの窓ガラスが割れ、炎が噴き出した。
「キャーッ!」
衝撃で店の窓ガラスも割れた。
ますます猫たちが興奮し、なかなか捕まえられない。
どうしよう、このままじゃ――そのとき、腕輪に嵌められた石のことを思い出した。
「青は水魔法……そうだ、今使わなくていつ使うの」
わたしは優香に言った。
「絶対助けるからちょっと待ってて!」
「ええっ、なにするつもり?」
半べそをかいている優香に、
「魔法を使う」と笑ってみせた。
わたしは割れた窓のすきまから左腕を突き出し、大声で叫んだ。
「この火をすべて消して!!」
その瞬間、腕輪から青い光が放たれ、隣のビルの中に吸い込まれていった。
直後、中から大量の水が溢れ出し、燃え上がる炎を鎮火していく。
やがてすべての火が消えると、周りにいた人々から歓声が上がった。
「やった……」
振り向くと、優香が目を真ん丸にしてわたしを見ている。
「理沙、それって……」
「実はこれ、『ティル・ナ・ノーグ国物語』に出てくる魔法の腕輪なんだ」
わたしが腕輪を見せてにやりと笑うと、優香は「ひえーっ!!」と、声を上げてのけぞった。
その夜は、優香と一緒に猫を連れて我が家に避難した。
猫好きの母は大喜びで世話を買って出てくれた。服や髪が焦げ臭いのですぐにシャワーを浴び、夕食を食べながら優香と話をした。
高一のとき、突然コルムが現れたところから、凍った湖を溶かしたところまで、「ティル・ナ・ノーグ国物語」に書いてない部分も含めてすべて話すのを、優香は口をあんぐりと開けて聞いていた。
「まさか本当の話だったとは……もうっ、早く教えてくれればいいのに!」
「ごめんごめん」
「でも、ほんとに火事を消しちゃったもんね。すごいなあ。今頃、消防署の人たち、原因不明の大量の水に頭を抱えてるだろうね。そういえば、青い石はどうなったの?」
「色は少し薄くなったけど、まだ使えそうだよ」ほら、と腕輪を見せた。
「ほんとだ。まだ魔力が残ってるんだね。さすがハチ! もとい、キーアン王様! この紫の石は何?」
「それが、王様がなんか言ってたんだけど、思い出せないんだよね」
「恋が叶う魔法だったりして! ほら、最近店に来る地味な感じのイケメンとかどうよ?」
「地味な感じのイケメンって……佐々木さんのこと?」
佐々木さんは仕事帰りに時々店に寄ってくれるサラリーマンだ。疲れた顔で現れては、猫たちに癒されて帰っていく。
「あの人は猫に会いに来てるだけで、わたしに興味ないでしょ」
「そうでもないと思うよ。たまに理沙がいないときに来ると、寂しそうな顔で『店長さんは?』って聞いてくるもん」
「え、そうなの?」
確かに、佐々木さんはよく見ると整った顔だし、優しい人だ。いつも差し入れだと言って小さなお菓子を買ってきてくれる。感じがいい人だとは思ってたけど――
「やだ! そんなこと言われたら意識しちゃうじゃない」
「いいじゃん。わたしなんかしょっちゅう恋してるのに」
「すぐ飽きるくせに。お客さんには手を出さないでよ。店に来なくなっちゃうから」
「わかってるよぉ。合コンで見つけるからいいもん」
優香がぷくっと頬を膨らませる。
だいたい、貴重な魔法石を男のために使うなんてどうかしてるでしょと、まともに恋愛したことのないわたしは思うのだ。
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