第5話 魔法の腕輪

「今から三百年ほど前、キーアン様が6歳の頃、何時間か行方不明になられたことがあるそうです。皆で探しているとふらりと戻られたそうですが、古い文献にこのようなお言葉が残されていました。


『あの頃、父上と母上はいつも忙しそうで、わたしは誰かに甘えたかったのだ。

 鏡にそう願うと、リサという少女のもとへ送られた。わたしはハチと名付けられ、たいそう可愛がられた。だが、迷惑をかけそうになり、黙って帰ってきてしまった。今でもそのことを後悔している』


 わたしがお連れしたのが“リサ”だと知ったリーアム王様は、ひょっとすると同じ人物ではないかとお考えになられたそうです」


「どおりで、いくら探しても見つからないはずだわ……」

 

 三百年前。途方もない時間の隔たりにめまいがする。


「ハチは、わたしが小学生のとき住んでたボロアパートで出会ったの。両親が離婚して、母が働き始めたばかりの頃で、部屋に一人でいるのが嫌だった。大好きな猫が飼えればいいのにっていつも思ってた。

 そんなとき、いきなり目の前に黒いハチワレの猫が現れたの。どっから入ってきたんだろうって思ったけど、すり寄ってこられたらそんなことどうでもよくなった。

 アパートで猫を飼うのは禁止されてたけど、お母さんに『飼いたい』って必死に頼んだら、『あんまり鳴かないから、まあいいか』って許してくれたの」


「リサの可愛がりたいという気持ちと、キーアン様の甘えたいという気持ちが、奇跡的に繋がったのですね。もしかしたら、わたしがリサのところへ来たのも運命かもしれませんね」


「ハチがいなくなる前の日、大家さんに猫を飼ってることがばれたの。すぐに出ていくか、家賃を多く払えって言われたんだけど、きっとそれで『迷惑をかけそう』って思ったんだね」


「そうですね……ところで、キーアン様は歴代国王最高の魔力量を持ち、かつてネイ湖が凍りついたときに、おひとりで溶かしたと伝えられております。そのキーアン様がリサのために、何か魔力を込めたものを残していきませんでしたか?」


「ハチが残したものなんて古い首輪くらいだけど……いなくなったときに、なぜか部屋に置いてあったの」


「それ、まだ持ってますか?」


「うん」


「見せてください!!」


 コルムの勢いに押され、机の引き出しに入っていた青い首輪を渡した。


「おお、これは……リサ、ちょっとこれを腕に付けていただけますか?」


「ええ? まあ、いいけど」


 猫の首輪を腕につけるってどうなのよと思いながら、左の手首に巻き付けた。

 すると、青い首輪がまたたく間に銀色の腕輪に変わり、わたしの手首にちょうどいい大きさになった。


「うわっ、なにこれ!」


「やはり、リサが装着すると魔力が発生するようになっていますね」

 

 腕輪には、赤、青、紫の三つの石が嵌め込まれていた。


「魔力って……ハチったらなんでそんなこと」


「リサを守るためか、いつか王国に呼ぶつもりだったのか、どうなんでしょうね」


「どっちにしても、ひとこと言っておくべきだよね? 黙っていなくなったら何もわかんないじゃない。言葉だって喋ろうと思えば喋れたわけでしょ?」


「リサの前では普通の猫でいたかったのかもしれませんね」


「会いたいなら会いにくればよかったのに……甘えん坊の癖に意地っぱりだなあ」


 ハチの柔らかい毛並みや翡翠のような緑色の目を思い出す。

 膝の上に乗るのが好きで、足がしびれるまで降りてくれなかった。

 寝るときも、いつのまにか胸の上に乗っていて、苦しくてよく目が覚めたなあ。

 

 忘れていた思い出が一気に甦る。そうか、思い出すと辛いから忘れようとしてたんだ。


「リサ、どうかもう一度ティル・ナ・ノーグ王国へ来てください。お願いします!」


 土下座しかねない勢いのコルム。


「そんなに頭を下げなくても行くよ。ハチの国なんだから。わたしで役に立つなら連れてって」


「ありがとうございます!」


 コルムに手を引かれて、わたしは再びティル・ナ・ノーグ王国へ旅立った。



   ◇◆◇◆◇



 また「鏡の間」とやらに飛び出した。

 前と違って周りに誰もいない。


「静かだね」

「今回は王の密命でしたので。さあ、まずはリーアム王様のもとへ参りましょう」


 コルムに連れられて、王様の執務室へ向かった。

 ノックをして部屋の中に入ると、大きな机の向こうで王様が山のような書類と格闘していた。 

 

「リサ様を連れて参りました」


「ご苦労であった。リサ、久しぶりだな。元気そうだ」


「はい。王様もお元気そうでなによりです」 


「またしてもリサに頼ることになってしまい、申し訳ない」


「いえ、大丈夫です。ハチが先々代の王様だったなんて驚きました。これがハチの残してくれた物です」

 

 王様に手首につけた腕輪を見せると、ひどく驚いていた。


「おお、強い魔力が込められている。火魔法と水魔法、なんと逆行魔法まで……先々代はよほどリサのことが心配だったのだな」


「大事な飼い猫でした」


「そうか。あの伝説の王が飼い猫か、ハッハッハ」


 王様は楽しそうに笑った。


「では早速だが、一緒に湖に行ってくれるか?」


「はい。氷を溶かしましょう!」


 わたしたちは馬車で湖に向かった。住宅地を抜け、商店街を通り過ぎ、やがて牧場が見えてきた。

 こんなときでも、牛はのんびりと草を食み、クー・シーは静かに牛のそばに佇んでいる。

 

 森の手前で馬車を降り、歩いてネイ湖に向かう。近づくにつれて、だんだん気温が下がってきた。持ってきたコートを羽織り、さらに進んで行くと、左手に小さな立て札が見えてきた。その先にネイ湖があるはずだ。


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