第4話 ケット・シーからのご褒美 

 気がつくと、自分の部屋に戻っていた。

 スマホを手に取り、日にちと時間を確認する。


「おお、ほんとに1時間くらいしか経ってない」


 時間と空間を越えて行き来したせいか身体がだるい。そのままベッドに横たわり、朝までぐっすりと眠ってしまった。


 翌朝、リビングで母と顔を合わせた。


「ふわぁ、おはよう」

「眠そうね。昨日はすいぶん早く寝たのに――え、ちょっと、あんたどうしたの?」

「え、なにが?」

「なにがって……ちょっと鏡見てみなさい」

「えー、なによ、何かついてる?」


 ぼーっとしながら、渡された手鏡を見た。

「……あれ? なんか綺麗になってる?」


 思わず鏡を二度見した。

 お肌はつやつや、頬はほんのりピンク色。唇もいつもより赤くてふっくらしてるし、なにより違うのは目の輝き。大きさは変わってないのになんだかキラキラしてる。

 鏡をじっと見つめるわたしに母が言った。


「どういうこと?」

「えーっと……あ、もしかしてあれかな?」


 王族だけが入れる特別なお風呂。

 頭まで浸かってと言われた意味がわかった。髪の毛もさらっさらだもん。

 うひゃあ、こんなご褒美だったとは!

 ニヤニヤするわたしを母がさらに問い詰める。


「あれって、何よ」

「あー、ちょっと長くなるから帰ってから話すよ」

 不満そうな母を尻目に、バタバタと学校へ行く支度をした。



 学校ではなるべく顔を隠そうとしたが、すぐにバレた。


「理沙、なんか今日綺麗じゃない?」

「ほんとだ! なんで? 化粧品変えた?」

「いやあ、昨日たっぷり寝たせいじゃないかな。最近寝不足で肌が荒れてたから」

「ええー、それだけかなあ」


 半信半疑の友人たちに苦しい言い訳をする。まさかケット・シーの国で王族の風呂に浸かったからとは言えないし。まあ、そのうち収まるでしょ。

 

 ところが、さらに激しい変化がわたしの身に起きていた。

 

 それに気づいたのはバイト先の薬局に行ってからだ。

 いつも通り接客していると、伯父さんがびっくりした顔でわたしを見ている。

 どうしたんだろ。なんか変なこと言ったかな。

 心配しながらお客様を送りだすと、伯父さんが飛んできた。


「驚いたよ。いつのまに英語が喋れるようになったんだ?」

「は?」

「いやあ、あんなにペラペラだって知ってたら、外国人のお客様は理沙にまかせるんだったな、これからはよろしく頼むよ」


 上機嫌の伯父さんと違い、わたしはたぶん青くなっていたはずだ。


(まさか、魔法が解けてないの?)


 どうして言葉が通じるのかコルムに訊いたら、わたしに言語魔法をかけたと言っていた。


「ケット・シーの言葉だけじゃなくて、すべての言葉がわかるようになったってこと!?」


 どうしよう。大変なことになっちゃった。

 

 帰り道、人が大勢いるデパートに寄ってみると、明らかに外国語を喋ってると思われる人たちの言葉がすべてわかる。


「まじかー! あー、どうしよう」


 試しに書店に行き、洋書を片っ端からめくってみたが、書いてある言葉はさっぱり読めなかった。

 読んだり書いたりは出来ないってことかな。


 家に帰ると、母が待ち構えていた。


「あれ? 早かったね」


「早退したのよ。気になってしょうがないから。さ、話してちょうだい」


 ソファをぽんぽんと叩く。わたしは観念して隣に座った。


「実は昨日、おじさんの店に怪しいお客さんが来て……」


 母はわたしが語る奇想天外な話を、口を挟まずに最後まで聞いた。


「なるほどねぇ」


「信じてくれるの? 自分で言うのもなんだけど、かなり嘘くさい話なのに」


「何言ってんの。逆に納得したわ。でなきゃ一晩でそんなに変わるわけないじゃない」


「これからどうしたらいいと思う?」


「別に問題ないでしょ。綺麗になったのも、外国語がわかるようになったのも、いいことなんだから」


「そりゃそうだけど……」


「今日は英語の授業はなかったの?」


「うん。だからバイトに行くまでわかんなかったの」


「ちょっと英語の教科書持ってきて」


 母に言われて部屋から教科書を持ってきた。


「どこでもいいから読んでみて」

「わかった。えーっと……」


 わたしが教科書を読み上げると、母が断言する。


「大丈夫。ちゃんとたどたどしい発音だった」


「そ、そう?」

 

「英語の授業は問題なさそうね。ヒアリングは完璧なんだから成績は良くなるんじゃない?」


「それもそうだね」


「これも理沙が人助け、いや、猫助けをした結果なんだから、ご褒美だと思ってありがたく受け取りなさい。叔父さんには適当に誤魔化しとくから」


「うん。ありがとう、お母さん」


「それにしても……ケット・シーの国かあ、いいなあ……猫ちゃんだらけ」


 その日は一晩中、イケてる王様のことや、町に出掛けたときのこと、森のなかにあるネイ湖のことなんかを話した。母は目を輝かせて、羨ましそうに聞いていた。



   ◇



 あれから三年。わたしは大学生になり、平凡な日常を過ごしている。

 色々な言葉を話せるのは、「バイリンガル脳で、テレビやラジオからヒアリングとスピーキングを覚えた」という謎設定にした。

 実際、便利な能力だ。おかげで第一志望の大学に入れたし、通訳のバイトで稼ぐことも出来る。


(コルムや王様たち、元気にしてるかなあ)


 今でもしょっちゅう思い出す。レンガのお城、美しい湖、可愛いケット・シーたち、ちょっと怖いウー・シーでさえ懐かしい。


(また会いたいな)


 そんなことをうかつに考えていたせいか、その日の夜、鏡の中から突然コルムが姿を現した。


「うわっ! コ、コルム?」


「リサ! お願いします。助けてください」


「今度は何があったの?」


「ネイ湖が凍ってしまいました」


「凍った!?」


「はい。原因はわかりませんが、突然凍ってしまったのです。そのせいで魚も獲れず、森にも影響が出てきています」


「そんな……みんなの魔法で溶かすことはできないの?」


「もちろん総力を結集してやってみましたが、魔力が足りずうまくいきませんでした」


「だったら、わたしがどうにかできるわけないじゃない。魔法なんて使えないんだから」


「それが、もしかしたらリサなら使えるのかもしれないと、王は考えられています」


「えっ、なんで?」


「リサ、ハチという猫を飼ったことありませんか?」


「……子どもの頃、少しのあいだ飼ってた猫の名前だけど」


「実は、ハチさんは先々代国王キーアン様だったのです」


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