第3話 市場とクー・シーと森の中の湖
次の日、コルムと一緒に町へ出かけた。
赤いレンガで造られた素朴な城は、高台に位置しており、城の周りを囲むように町が広がっている。なだらかな坂を下ると、小さなレンガ造りの家が立ち並んでいた。
住宅地を抜けると賑やかな場所に出た。祭りの屋台のような店がずらりと並び、買い物をするケット・シーたちの声が飛び交っている。どうやら市場のようだ。
色とりどりの野菜や果物、赤や青のやたらと派手な色をした魚。
店先に並ぶ品々を見ていると、コルムがひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
「これは森で採れる薬草で、毒消しの効果があります」
「魚はすべて湖で獲れたものです。この赤い魚が美味しいですよ。人間界にあるサーモンに似ています」
「女の子たちはこのような木彫りの人形で遊んでますね」
手彫りのケット・シー人形を見て、「これは買う価値ありだな」なんて思ってると、あちこちの店からケット・シーたちが飛び出してきた。
「救世主さま、これどうぞ!」
「救世主さま、食べてください!」
なぜかわたしのことが知られていて大騒ぎになった。
「みなさん、落ち着いてください。帰りにまた来ますから」
コルムが声をかけ、わたしも「絶対来ます」と約束して、いったんその場を離れた。
市場を抜けて少し歩くと広い牧場に出た。
茶色い牛たちがあちこちでのんびりと草を
そこでおかしな生き物を見た。
全身の毛が暗緑色の大きな犬のような生き物が、静かに牛を移動させている。
その尾は長く、背中まで渦のように巻いている。あんなの見たことない。
「あれはなに?」
「ああ、クー・シーという犬の妖精です。番犬のようなものですね」
「ちょっと怖そう」
「刺激しなければ襲いませんよ」
「へえ……」
足早に牧場を通り過ぎ、森の中にある湖へ向かう。
森に足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりと冷たくなった。湿った土や草の匂いがする。木漏れ日が降り注ぐ道を、腰に細い剣を差したコルムがわたしを守るように先を行く。
1時間くらい歩くと湖に着いた。湖の名称はネイ湖といい、もみの木によく似た針葉樹林に囲まれている。ネイ湖の湖面は輝くようなエメラルドグリーンで、よく見ると美しいグラデーションを描いている。
水際まで行き、手で
「美味しいから飲んでみては?」
とコルムに言われたが、衛生上どうなのと思ったのでやめておいた。
水鏡のように周りの木々が映り込む湖面に、小さなボートが何艘も浮かんでいる。ボートに乗っているケット・シーたちが手を振ってくれたので、わたしもブンブンと振り返した。
「彼らは何をしてるの?」
「魚を獲ってるんでしょう」
「危なくない? 猫は水が苦手なはずでしょ?」
「お忘れですか? 我々は猫と違って魔法を使えるんですよ。宙に浮かぶことくらい簡単です」
「そっか。妖精だもんね」
歩き疲れたので大きな石の上に腰掛けた。コルムは、このほうが動きやすいからと、わたしのそばに立っている。
「この国のこと、もっと教えてよ」
「そうですね……」
コルムは遠くを見つめながら話し始めた。
「ティル・ナ・ノーグ王国は、何千年も前に、妖精王が創られたと言われています。王国の周りは結界で覆われているので、外部から侵入することは出来ません。
しかし、いつからか人間に変身して結界の外に出る者が現れ、今では積極的に新しい知識や文化を取り入れています。もちろん、だからといって結界を解けば、この国は簡単に侵略されてしまうでしょう。
魔法を使う妖精たち、豊富な資源、一年中温暖な気候、彼らの欲望を刺激するものがここにはたくさんありますから」
「うん。そのほうがいいと思う。この国の武器は剣と槍くらいでしょ? 攻め込まれたらあっという間にやられちゃうよ。いつまでもケット・シーたちが安全に楽しく暮らせる国でいて欲しい」
「わたしもそう願っています」
湖の周りには色とりどりの花が咲いている。
わたしの視線に気づき、コルムが花の名前を教えてくれた。
摘んで帰りたいけど、すぐ枯れちゃうだろうな。
花を摘むのは諦め、代わりにこの美しい景色をしっかりと目に焼き付けた。
喉が渇いたと言うと、コルムが牧場で牛乳を買ってくれた。妖精の国の牛乳は甘くて濃厚で美味しかった。
約束通りさっきの市場に戻ると、たくさんのケット・シーたちに囲まれ、薬草や民芸品、綺麗な布などが次々と差し出された。有り難く受け取っていると、ケット・シーの子どもたちが食べ物を抱えて走ってきた。
「きゅうせいしゅしゃま、これたべてくだしゃい」
「あたちのも、たべて」
「おれのがおいしいんだぞ!」
なんてこと! かわいい子猫ちゃんたちがわたしを取り合ってる!!
「うふふ、みんな食べるからケンカしないでね。わあ、どれも美味しそう! どうもありがとう」
わたしの口元は緩みっぱなし。
「お持ち帰りしたい……」
「駄目ですよ、リサ」
「あれ? 口に出てた?」
「はい」
「やあねえ、コルムったら、冗談よ。ぐふふ」
コルムの冷たい視線を浴びながら、わたしは彼らの貢物を残さず食べ尽した。
城に戻ると、王様と王妃様に呼ばれた。
「リサ、このたびは本当に世話になった。改めて感謝する」
「リサさん、どうもありがとう」
高貴な方々に頭を下げられ、こちらが恐縮する。
「いえ、わたしは薬を持ってきただけですから。でも、コルムは知らない国に来て大変だったと思うので、いっぱい褒めてあげてください」
「うむ。コルムよ、大儀であった」
「はっ」
「宰相、この者に勲章を与えよ」
「こちらに用意してございます」
「手際がよいのう」
王様はワハハと笑って、コルムに金ぴかの勲章を与えた。
「良かったね、コルム」
「リサのおかげです」
勲章は正式な場に出るときに騎士の制服につけるそうだ。
そのあと、わたしにも褒美をあげるからと王妃様に城の奥に連れていかれた。
いったい何をくれるのかと思えば――
「お風呂ですか?」
「そう。でも、ただのお風呂じゃないの。ここは王族だけが入れる特別なお風呂なのよ」
王妃様の目がきらりと光る。
「みんな、リサを頼んだわよ」
わたしは侍女さんたちに洋服や下着を剥ぎ取られ、風呂場に放り込まれた。
ヒノキのような香りのする大きな湯船に浸かると、ゆっくりと疲れが取れていく。
生ぬるい、肌にまとわりつくようなお湯だ。
「頭まで浸かってみてください」と、桃色の侍女さんに勧められ、鼻をつまんでお湯の中に潜った。
ぶはっ! あまり長くは潜れず、すぐに顔を出すと笑われてしまった。
午後は昼寝をすることが法律で義務付けられているので、わたしも部屋でぐっすりと眠った。いい法律だ。ぜひ日本にも取り入れて欲しい。
夕食は大きなダイニングルームで、王族の方々と一緒に食べた。といっても、少し珍しい食材を使った普通の料理で拍子抜けした。どうやら王族だからといって贅沢をする習慣はないようだ。
夜になり、わたしは魔法の鏡の前に立った。
王様と王妃様、あと宰相さんにもお別れの挨拶をして、最後にコルムと向き合った。
「リサ、本当にありがとう」
「うん。わたしも楽しかったし、来て良かったよ。じゃ、元気でね、コルム」
泣き出しそうなコルムを抱擁してから、鏡に向かって叫んだ。
わたしの家に帰りたい!!
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