第2話 病気の王様

「リサ、着いたよ。目を開けて」


 コルムの声にそっと目を開けると、ワアッと歓声が沸き起こった。


「救世主さま!」

「やったな、コルム!」

「お待ちしておりました」


 わたしたちを取り囲んでいるのは、白猫、トラ猫、黒猫――猫だらけ! 猫しかいない!


「猫ちゃん天国……」


「リサ、しっかりして! 猫じゃありません。ここはケット・シーの国ティル・ナ・ノーグです」


「はっ! そうだった」


 洋服は着ていないが、皆、二本足で立っている。


「宰相殿、王様にすぐに薬を」と、コルムが灰色のケット・シーに言った。


「そうじゃな。では、救世主さまもご一緒においでくだされ」


「あ、はい」


 皆に盛大に見送られ、わたしたちは広間を出て王様のいる部屋に向かった。

 いくつか階段を上り、ふかふかの赤い絨毯を敷いた長い廊下を歩くと、突き当りの部屋の前で立ち止まった。剣を持った兵士が重そうな扉を開けてくれる。

 王様と王妃様は、大きなベッドに並んで横たわっていた。


「リーアム王様とアイリーン王妃様でございます」


「近くに行ってもいいの?」

 コルムに聞くと、宰相さんと顔を見合わせてうなずいた。

 

 まずは、王様の顔色……は、よくわからないけど苦しそうだ。呼吸が荒く、時折激しい咳が出る。

 薬と一緒に買っておいた電子体温計を取り出し、耳で体温を測った。猫の平熱は38度だというが、王様は40度あった。王妃様も同様だ。


「リサ、どうですか? 治りますか?」


「熱が高いから薬を飲ませたいけど、これは人間用だから何か副作用があるかもしれない。いきなり王様に飲ませるより、先に誰かが試したほうがいいんじゃない?」


「では、臣下の者で試すとしよう」

 

 宰相さんの言葉を聞いて、王様が無理やり身体を起こした。


「待て。それならわたしが飲もう」


「しかし、なにが起こるかわかりませんぞ」


「構わぬ。臣下を実験台にはできない。リサといったな。薬をこちらへ」


「はい!」

 

 ああ、なんて素晴らしい王様なんだろう。臣下を思う心に感動した。

 お付きの人達にたっぷりの水を用意してもらい、まずは解熱剤を飲ませた。体の大きさを考慮して子どもの分量にしておく。


「一時間くらい様子を見て、効いてきたら咳止めも飲みましょうね。少し眠ってください」

「ああ、すまぬ」


 王妃様には少し待ってもらうことにした。王様に副作用がでなければ飲んでも大丈夫だろう。

 30分くらい経っただろうか。王様が突然起き上がった。


「王様!」

「大丈夫ですか!?」

 側近達が慌てて駆け寄る。


「うむ。なんだか、身体が楽になったぞ」

「熱、測ってみますね」


 わたしは王様の耳に体温計を入れた。


「38度。下がってます!」


「おお、さすが救世主さまだ。治癒魔法も効かなかったのに」

「来ていただいて良かった」

「お静かに。まだ王妃様が眠っていらっしゃいますぞ」


 宰相さんに注意され、皆、慌てて口を閉じた。

 何か異常がないか確認し、大丈夫だと判断して王妃様にも解熱剤を飲ませた。

 

「薬が切れたら、また熱が上げると思いますので、今のうちに消化の良い物を食べてください。食べ終わったら咳止めの薬を飲んでみましょう」


「わかった。ありがとう、リサ」


 イケてる王様に礼を言われ、照れてしまう。

 王様の毛は真っ黒で、胸に白い模様がある。これはケット・シーの王族の特徴だという。

 瞳は澄んだ海のような青でキラキラと輝いている。さすが王族。元気になるとオーラが半端ない。


 人間の薬はケット・シーに合っていたようで、王様も王妃様も一度飲んだだけで熱が下がり、咳も出なくなった。城内にいる他の罹患者たちにも薬を飲ませると、なんとその日のうちに全員が治ってしまった。


「城の外の人達はどうなんですか?」

 宰相さんに聞くと、人間界に行っていた城内の者が持ち込んだウイルスなので、そのまま城を閉鎖したそうだ。それなら大丈夫だろう。


「おかげさまでこのまま沈静化しそうです。リサ、本当にありがとう」

 コルムが深々と頭を下げた。

「どういたしまして」

「夕食を用意させよう。今日は城に泊まっていってくだされ」

 と宰相さんに勧められた。


「有り難いのですが、母に黙って来てしまったので早く帰らないと」


「おや、コルムから聞いておりませんか? 鏡を通るときに時間と空間を越えてこられたので、こちらに丸一日いても、あちらの世界ではあまり時間が経っていないはずじゃ」


「そうなんですか? 何の説明もなくいきなり連れてこられたので」

 わたしはコルムを軽く睨んだ。


「す、すみません。早く連れて帰らないとって、あせってしまって」


「まあ、いいや。時間気にしなくていいなら、ゆっくりしようかな」


「はい! わたしが責任持ってリサのお世話をします」


「うん。よろしくね、コルム」



 そのあと、メイドさんたちに“サクラの間”という名前の部屋に案内された。

 猫脚のドレッサーや天蓋付きのベッドなど、女性に配慮された部屋のようだ。

 壁にはなぜか、満開の桜の絵が飾られていた。


「この絵はいつからここに?」


「先々代の国王キーアン様の時代からだそうです」

 メイドさんが恭しく答えた。


「そう……日本に来たことがあるのかな」

 桜の絵を見ながら呟くと、メイドさんが言った。


「どうでしょう……この部屋を“サクラの間”と名付けられたのもキーアン様ですから、もしかしたら何か思い出があるのかもしれませんね」 


 メイドさんはテーブルに紅茶と小さなスコーンをセットし、部屋を出ていった。


 アーチ型の大きな窓からは城下が一望できた。

 空が夕焼けに染まり、町を優しく照らしている。

 町の向こうには牧場が広がり、遠くに大きな湖と広い森が見える。まるで絵のような景色だ。



 夕食はこじんまりとしたダイニングルームに案内された。

 一人じゃ寂しいと駄々をこねると、コルムが一緒に食べてくれた。

 メニューは、パン、スープ、魚のソテー、それにパノフィーパイというバナナや生クリームの入ったデザート。


「わたしたちの食事とあまり変わらないのね」


「そうですね。人間に変身して結界の外に出ることもありますから。町ではティル・ナ・ノーグの特産物も売られていますよ。明日出掛けてみますか?」


 行ってみたいと答えると、コルムが嬉しそうに笑った。

 

 明日は城の外が見られる。

 興奮して眠れそうになかったのに、ふかふかのベッドに横たわると、いつのまにか眠っていた。



 






 

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