◎第30話(最終)・死闘
◎第30話(最終)・死闘
それから一ヶ月後。
総領国の主要な将校、官吏らは、臨時の召集を受け、会議の間に詰めていた。
貴樹が着席して一言。
「結論を一言で述べよう。合戦の気配がある」
一同に緊張が走る。
「それは、いかな理由で」
「総領国連合の諸国で、民衆蜂起、賊の一斉蜂起、反国王派の挙兵、総領同盟反対派の反乱などが次々と起きている。しかも一日や二日で鎮まるものではなく、膳東国、清雅国など、どの国も長期にわたる鎮圧戦を強いられている」
「なるほど。敵の計略ですな。して合戦の気配とは……?」
タイロンが聞くと、貴樹は思案気に。
「これほど頻繁に、軍事的な行動が起きるとなれば、誰かが裏で糸を引いていると考えるのが自然だろう。そしてその黒幕が標的としているのは、おそらく被害を受けた国々の主導国たる総領国。こちらにだけ妨害工作が仕掛けられていないことからもそれは分かる。……思うに、継承会議を抱えた風雲国が、計略で連合を機能不全にしたうえで、総領国単体に合戦を仕掛けようとしている」
一同は押し黙る。
「……たまたま、というには、確かに都合が相手に良すぎますわね。風雲国ならば、得体の知れない兵法家もどきもいるようですし、継承会議を擁立しています。動機も手腕も充分といったところでしょうか」
サファイアの言葉。貴樹も返す。
「そう。あの野心高い風雲国の王が、継承会議を口実として、こちらに戦を仕掛けようとしていると考えるべきだろう。それも、可能な限り早く」
「とすれば、軍にはいつでも出陣できるよう、準備をさせておくべきですね。こちらから攻め入るのは……確かに継承会議の全滅という大義を抱えていますけども、少しばかり世間的には正当性が不十分なようにみえます」
フィーネは分析する。
「となれば、相手が攻めてくるところを迎え撃ち、守勢の戦いをすべきですね。その上で、反撃を覚悟で徹底的に追撃し、相手方を再起不能にすべきかと」
「その通りだフィーネ。特に継承会議の議長、シグルド、そしてパトリック……は別にいいな、しょせんは無定見だからな。ともかく少なくとも議長は討ち取らねばなるまい」
よいな、と貴樹が言いかけたその時。
「申し上げます、風雲国が我が国に向けて挙兵しました!」
軍勢を率いて、風雲国が攻め上ってきた。
迎え撃つ総領国。国としては単独である。友軍は期待できない。
双方は進軍の後に着陣。
総領国は南側、風雲国は北側で陣を構える。
西側には広く険しい山林が広がっており、半分山賊のような豪族「先駆党」が支配している領域である。
東側には水路が入り組んでおり、もしわざわざ東回りの行軍をするには、簡単には通り抜けられない地帯といえよう。
なお、ここ一帯は、そう濃くもないものの霧が常にかかっており、視界はあまり良くない。
そして。
風雲国の物見台の兵士は、総領国が東側に築城をする様子を見て取った。
風雲国の陣で、パトリックは言った。
「彼我の状勢、おれたちは兵数の面では総領国と拮抗していますが、おれのみる限り、風雲国は兵の質そのものが高い。集団戦の訓練を深く行っている、ということではなく、一人一人がきびきびと動き、攻め手も守りも果敢に行う。それはおれが見てきた訓練の様子でもそうでしたし、ここに着陣してからもその様子がありありと感じられます。つまり」
「つまり?」
「正攻法で戦えば勝てます。勝てるとみます」
パトリックは自信ありげに言う。
「しかしパトリック殿」
シグルドが口をはさむ。
「総領国は東側の水辺に城を築いている。これはどう考えますか」
「それが、よく分からないんです」
パトリックは首をひねる。
「確かにあの水路は攻めるのに厄介であり、残念ながら水攻めの効くような構造にもなっていません。無理にやろうとしても、計略の地点を複数抑える必要があり、総領国の貴樹とかがそれを見越して守りを固めていないとは思えません」
「ならその城にこもって、がっちりと堅く防戦を展開するのでは?」
「そのつもりなら、最初から水路へ陣を張ってはいませんかね?」
この陣中では、二人しかついていけない会話。
「おれの考えでは、あれはオトリです。敵は戦場中央の平野部と、東側の城攻めに、おれたちの軍を分割させようとしているのではないかと」
「とすると、我らは城を気にせず、平野部で真正面から総領国と打ち合えばよいと?」
「その通りです。城には最低限の包囲戦力だけ残して城からの突撃を封じ、あとは正々堂々殴り合えば、兵の質の差で勝てるんじゃないかと思います」
「なるほど」
それを聞いていた議長と風雲国国王は。
「結局……」
「わしらはどうすればよいのだ?」
答えは単純。
「正面から軍をぶつければよいだけです。余計なオトリに惑わされず、一直線に敵本陣を落とせばよろしいかと」
「おれも同意見です。やつらは思わせぶりにしているだけで、とるべき戦術は一択です」
二人は互いにうなずき合った。
夜明け、両軍は進軍を開始した。
霧の中、金属の音をいわせながら、互いに集団戦の訓練を受けた兵士たちが、力強く前進する。
「敵が見えたぞ、槍の穂先をそろえて突撃ィ!」
霧の中にあり弓弩や銃の使う余地のなかった両軍は、槍をもって接敵した。
兵の質。
それがものを言った。
もちろん集団戦の訓練のおかげでもあるのだが、それ以上に風雲国は全体的に個々の戦いが上手く、集団戦法の「元祖」たる総領国をも少しずつ押していくほどであった。
「その首もらった!」
「どけ、その大将首は俺のものだ!」
「ええい邪魔だ、味方の癖に邪魔をするな!」
すぐに戦いは乱戦へと切り替わり、怒号と剣が戦場に入り乱れる。
この戦いは、風雲国の勝勢かとみえた。
誰もが勝勢を確信したその時。
「申し上げます、本陣に奇襲!」
「なにっ、どの方角からだ!」
「西側の山林、先駆党の領域からです!」
「西側? 城のある東側からですらないのか!」
シグルドが目を見張る。
「左様、山林から突如として……!」
やられた。
「山林を通っての奇襲か、先駆党も取り込まれていたのか!」
「おそらくは。先駆党の旗印である三角旗を見ました!」
完全に裏をかかれた。城はたしかにオトリだったが、本当に注意を引くためだけに普請されたものだった。
「前線から全力で兵を戻せ、すぐに撤退だ!」
「まだ早いのでは?」
「本陣に取り付かれて早いも遅いもありません。すぐに撤退です!」
言うと、シグルドとパトリックは素早く撤退の具体的な指示を飛ばし始めた。
本陣奇襲の直前に少し遡る。
「いやあ、しかし総領国は太っ腹ですなあ。あれほど金品をくださるとは」
「ふふ、喜んでいただけで幸いですわ」
サファイアが山林をかき分けながら、枝と草まみれでもあでやかにほほ笑む。
金品は事前に、総領国連合の各国から寄付を募ったもの。あとで各国には充分に報いなければならないが、決して総領国は富豪の国ではないため、借りを作るのもやむをえなかった。
ともかく、大盤振る舞いの金品に喜んだ先駆党は、率先して案内役と助勢を約束した。
「あ、見えてまいりました、あの影が風雲国の本陣ですな、私にはわかりますぞ」
「ほう、あれか。無事に見つかって重畳なことよ」
タイロンも傍らで、標的を見つけた。
「さあ、合図で突撃いたしますわよ」
「承知!」
本当の戦いは、ここから始まった。
追撃はシグルドらの予想以上に苛酷だった。
風雲国はおそらく再起不能。残った兵士では寒村一つ守れないだろう。総領国に切り取られるのを待つだけに思えた。
継承会議も、議長とシグルドしか残っていない。ついでにパトリックもついてきているが、武芸という点では平凡の平凡であると彼は言っている。
撤退というより逃避行。逃避行といっても、こういったものにつきものの恋愛的な要素は何一つない。
あるのは命の危機だけ。
「また逃げの一手か……」
「仕方がありませぬ。議長がまだお元気なだけでも幸いです」
しかし追っ手は先回りしていた。
「見つけたぞ継承会議!」
「横にいるのはパトリックか?」
「いずれにしろ武将だ、観念しろ!」
弓、弩、銃で武装した兵士たち。その後ろには、シグルドの宿敵フィーネ。
「またお前か、あの詐欺のような杖でやる気か!」
「それは《兵法家》としては失敗というもの。見なさい、集団戦の中心は弓弩と銃にこそあります!」
飛び道具の部隊が、それぞれの得物を構えた。
「まさか……」
「先のような失敗はしません、撃てーっ!」
霧を駆ける雨のように、矢弾が降り注いだ。
ちょうど戦闘が終わったころ、珍しくも霧が晴れた。
戦勝の報告を得た貴樹は、軍を素早く撤収させて、一度総領国の首都へ戻る。
風雲国を切り取るのは、そう、連合国らの協力への報いとして、改めて相談、交渉して決めればよい。
議長は即死、パトリックとシグルドは死にはしなかったものの、捕縛して刑にかけるつもりである。
それがどのような刑になるか分からない。パトリックは適性職ではないといえど兵法家ではあるし、シグルドは聞くところ、かなりの穏健派で、戦争阻止に力を尽くした――結局阻止はできなかったが――人物である。つまり酌量の余地はある。
「まあ、まずは勝利を喜ぶべきだな」
彼は小さくひとりごちたあと、軍勢とともに総領国首都の門をくぐった。
★★★★
この物語はこれで終幕となります。決して短くはない間、お付き合いいただきありがとうございました。
何か心に響くものがあれば、レビュー、星評価、ブックマークなどお気軽にしていただければ、作者が喜びます。
重ねまして、最後までお読みいただきありがとうございました。
★★★★
一騎討ちのプロトコル――兵法家たちは世界へ復讐の刃を向ける 牛盛空蔵 @ngenzou
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