第4話 『彼』の声
『彼』が前を通る時
「糸は紡ぐことは出来ましたか?」
ただ、それだけを言った。
服はズタズタに破れ泥まみれ血まみれ、顔は隠れているし、誰だかこれでは分からないだろう。
だが、彼はその一言で気付いたようだ。
籠越しに彼の目がちらりと見えた。とても綺麗な目青い目を大きく見開いていた。
そして
「どうしてここにいるんだ!」
と泣きそうに私に訴える。心配しているのがよくわかった。私も籠を被っていたけど、とても嬉しくて顔が笑ってしまう。
『彼』が目の前に居る。
「はやく戻るんだ!ここに来ては行けないんだ!」
周りも気にせず『彼』は私に訴えかける。 私が動くことは無い。
「ああ!そんなに!腕もそれじゃ使えなくなってしまう!」
自分の右腕を見ると擦りむけたり、抉れたり、ぶつけたりしたせいで、布が赤紫色に変色していた。
大袈裟だな、腕はあるよ、ただ動かし辛いだけだよ。
一行の一人が『彼』に気が付き様子を見ようと振り返った。
私は稲木の後ろに走って隠れた。
まだ、彼の声が聞こえる。
「僕はもうすぐ死んでしまうんだ!」
私が一人になることを心配しているようだ。 涙が溢れてくる。 嬉しく、寂しく、苦しく、切ない。
ひとしきり叫んだ後、『彼』は
「君が幸せであることを願っている。」だったか、
「君の幸せに星の導きがあらんことを。」 だったかもしれない。
そんな事を泣きながら、心を込めて言っていたような気がする。
そこで目が覚めた。
意識が朦朧としていたんだろう。 あまり覚えてはいない。
何せ体を動かす体力はなかったし、振り絞って稲木に隠れたが、そこで力尽きて倒れていたので。
傷も酷かったし、炎症を起こし始めていたんだろう。
多分、『彼』も私もあと数刻の命だった。
ただ、体は辛かったけれど、『彼』の声を聴きながら命が尽きていくのは、とても幸福だった感覚を覚えている。
終 『幸福なラブソング』
幸福なラブソング Chan茶菓 @ChanChakaChan
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