第4話 オスナスイッチの正体
「アイタタタ……」
俺は身体を起こし、ぼんやりとした頭で周囲を見回した。舗装された道路、聞こえてくる街の音、そして目の前にはあの古びた骨董屋。見慣れた景色に、元の世界に戻ってこれたことを実感する。しかし喜びもそこそこに、俺はすぐに大事なことを思い出し、再び辺りを見回した。
「ユ、ユカリは!?」
ユカリは俺のすぐそばでうつ伏せになって倒れていた。
「おいっ、ユカリ! 大丈夫か!?」
俺は急いで彼女の身体を抱き起こす。ユカリは気を失っているだけのようだ。眠っているような穏やかな呼吸が確認でき、俺は胸を撫で下ろした。よく見ると、これまでの戦いで付けられた顔や身体の傷は、不思議なことに綺麗サッパリに消えていた。
「お主たち、こんな所で座り込んで何をしているのじゃ?」
声の方を振り向くと、あの老人に瓜二つの店主が店の入口に立ち、首を傾げながら俺たちのことを見ていた。手には、《取扱説明書》と書かれた古めかしい紙が握られている。
「やれやれ、探すのに手間取ってしまったわい。ほれ、説明書じゃ」
店主の様子から察するに、かなりの月日を異世界で過ごしたのにも関わらず、ちゃんとあの日の続きに戻って来たようだ。
「……店主さん、このスイッチの正体は一体何なんですか?」
「ん? このスイッチの本当の名前は【雄なスイッチ】と言ってな、押すと ‟勇者のような本物の
「勇者のような……」
これまでのことを思い返していると、俺がスイッチに興味を持ったと勘違いしたらしい。店主は目を悪戯に輝かせ、俺の手に握られたままになっているスイッチを指さした。
「……どれ、一度押してみるか? お主、その娘に惚れてるのじゃろ? なら押すが良い。すればあっという間にお主は一人前の
俺はスイッチをもう一度だけ見て、『遠慮しときます』と苦笑いでそれを店主に返した。俺の反応が予想外だったのか、店主は眉を上げとても驚いていた。
そんなやり取りをしていると、俺の腕の中でモゾモゾとユカリが動き始めた。
「ユ、ユカリ!!」
「……コウ?」
「大丈夫か!?」
ユカリは自分の身体を撫でまわし、傷一つない肌の感触を確かめた。
「……私たち戻ってこれたの?」
「あぁ、ここは元の世界だ」
「うわ~ん! 良かった~!」
二人の様子に店主が困惑していたので、俺はこれまでのことを店主に話して聞かせた。
ユカリとぶつかりスイッチを押してしまったこと。目が覚めたら異世界にいて、魔王の手下の怪鳥にスイッチを奪われたこと。店主にそっくりな老人や魔術師のおばぁの話……。そして、俺たちは力を合わせて戦い続け、ついには魔王を倒してスイッチを取り戻したこと。
俺が話している間、店主は『ほほう!』と感心したり、顔をしかめたりと、一喜一憂しながら夢中で聞いていた。
「ねぇ、コウ? 元の世界に戻って来たから、私たちの関係も元に戻っちゃうの?」
異世界では二人でいるのが当たり前で、すっかりと見慣れてしまっていたが、改めて見る制服姿のユカリはやはり美少女だった。いくらこれまで夫婦のように一緒に過ごしてきたといえども、現実世界の俺とでは到底釣り合わない。
「そうだ……。すべて元通りだよ……」
俺がユカリの身体をそっと離すと、ユカリは頬を膨らませ、勢いよく俺に抱きついてきた。
「そんなのイヤ! これからもずっと一緒がいい!」
「でも俺、こっちの世界じゃ冴えない男だよ?」
「コウは優しくて頼れるカッコいい男だよ! 冴えない見た目なんて私が改善してあげる!」
「ユカリ……。本当に俺でいいのか?」
「うん! 私たち二人一緒なら最強なんでしょ?」
二人の会話から店主は何か感づいたようで、たっぷりの髭を揺らしながら豪快に笑った。
「ふぉっふぉっふぉっ! スイッチの効果は絶大なようじゃの!」
店主の言葉に俺たちは顔を見合わせて笑った。それから俺はユカリの手を取り、二人並んでゆっくりと歩き出した。
完
“オスナスイッチ”を押したら異世界転移してしまいました 元 蜜 @motomitsu
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