【幕間】 真理のキャットファイト①

「よぉ。佐倉、ひさしぶりだな」



佐倉、そう私を旧姓で呼ぶのは施設時代の私を知る人だけ。

声に聞き覚えは無いが、振り向いた先にいた顔には僅かに見覚えがあった。

名前は……ダメだ思い出せない。

だけど、こいつは知っている。

同じ施設で育った同学年の施設仲間、以前私が暴力で屈服させていた手下の一人だ。



「しっかし、ずいぶんと立派に育ったなお前。俺は大して背も伸びないってのに。やっぱ金持ちに貰われると栄養が違うのか?羨ましいこって」



そう言ってニタニタと嫌な笑みを受かべるこいつ……報復でもしたいのかな。

まずいな、今はエリナも兄さんもいない……ってそれよりも…うっダメだやっぱ名前が出てこなくてイライラする…えっと、たしか…内田……



「…城ヶ崎だ。城ヶ崎智也だ。当時はあれだけボコってくれたのによぉ。名前を忘れるとか佐倉は酷いなぁ」



そうだ城ヶ崎だ!うわスッキリ!ありがとう城ヶ崎!でも長いな、山崎とかでいっか。



「なに嬉しそうに笑ってんだお前…気持ちわ…るくはねーな別に…どっちかと言うと……」


「えーっと、山崎。久しぶりのとこ悪いけど、ここ、生理用品コーナーだからまたね」


「城ヶ崎だ!っていや、そっかすまん…」



そう言って山下は逃げるようにしてどっかに行った。

何だったんだろう。

でも良かった報復されなくて。


しかし、迂闊だったな、この街は割とあの施設から近いんだった。

せっかく良さげな猫カフェ目的でわざわざ遠くの街までやってきたのにな、なんかテンションが下がったわ。

帰ろっと。


…って、気付いたら猫カフェの前に来ていた私。

なぜに?

いや、きっとこれは猫に少しでも近づきたいと願う私の本能が導いたんだわ。

ここに答えがある、そう、これはきっと運命に違いない。

うん。

違いにゃいのだ。



「何だ佐倉、ここに入るのか?猫好きなのかお前。へぇ。あの暴力女がねぇ。ずいぶんとまぁ女の子らしくなっちゃって」



うわ何だコイツ…ってあぁ、内山か。



「あのさ、内山。ここ、生理用品コーナーだからまたね」


「城ヶ崎だ!つかさっきは山崎だったろ!しかもめっちゃ適当にあしらいやがって!……ただまぁ…そんな所も…っておい無視すんな!おーい!」



うん。なんの捻りもないストレートなツッコミだったけど、勢いがあって割と良かったよ。

そんな総評を頭に浮かべつつ、私は彼を無視して猫カフェへと足を踏み入れる。


うわっ!すごい!本当にみんな足が短い!やった!!

受付越しに見える店内には無数の短足猫ちゃん達。

ホームページの謳い文句通りの光景に、私は思わずテンションが上がった。


ここは短足ねこカフェ。

一般的な猫カフェとは違い、足の短い猫ちゃん達が集う場所。

私が家から遠い街までわざわざやってきた理由がこれだ。


と言っても、私が特別猫が好きかと聞かれればそうでもない。

好きは好きだけど、飼いたいとかまではいかないし、動画で十分かなって感じ。

そんな私がここに来たのは、最近兄さんのペットとなった秋葉小枝が原因。

彼女は新参者の癖にやたらと兄さんに甘えるが上手い。

それもこれも、彼女は自分がペットであると割り切り、あたかもペットだから飼い主に甘えるのは当然!っていうスタンスで兄さんに接しているからだ。


彼女は兄さん以外…いや、何故か鈴音にだけは普通に話すんだけど、それ以外とはあまり話そうとしなくて、それがかえって『兄さんだけのペット』っていう特別感を演出している。

だから周りも普通に彼女を兄さんのペットとして認識し、いくら新参者とはいえ、甘えていてもペットだから仕方ないよねっていう雰囲気に繋がっている。


私はこれに嫉妬した。

小枝が羨ましいのだ。

だって私は『長女だから』っていう殻を未だに破りきれておらず、なんとなく、兄さんに対しても甘えるのが遠慮がちになってしまうから。


いや、その……兄さんやエリナ、そしてお涼が言うには、私は十分兄さんに甘えているみたいなのだけど、私としては全然まだまだ甘えることが出来ていないって思っている。


だって…私だって、小枝みたいに所構わずみんながいる前で堂々と抱っこしてもらいたいし、四六時中膝の上でナデナデしてもらいたいから…。

だから私にとって小枝は当面の目標であり超えるべき壁。


なので、私は猫を研究するためにここへとやってきたのだ。

私も小枝のように猫になりきって、兄さんにもっともっと可愛がってもらうために。

しかも、小枝のなりきる一般的な猫とは違い、より愛くるしい短足ねこちゃんになるために。

そう、にゃるために、ね。


ってことでさっそく受付を済ませようと思っていたのだけど、私が眼前の猫ちゃん達に思いを馳せているうちに、いつの間にか真横に来ていた山根が私の分の支払いも既に済ませてくれていた。


あれ、もしかしてコイツ今でも私の手下だと思っているのかしら。

それにしてもまだ施設暮らしであろう加山はお金に余裕などない筈だけど、大丈夫なのだろうか。

けど、ここで遠慮とかしたら逆に彼のプライド傷つけちゃうかもね。


……ってまぁ、どうでもいっか。

そんなことよりも、早いとこ私の師匠となる猫ちゃんを見つけなければね♪


と、内心ウキウキしながら店員さんに案内された席に座ると、なんと、視線の先には数匹の猫ちゃんと「にゃあにゃあ」とか言いながら戯れている小枝がいたんだけどにゃんで?

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「響の転機です。BSSのちモテ期、ところにより曇らせもあるでしょう」 @game2

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