朝焼け姫と死神姫

猫助

朝焼け姫と死神姫

 昔々あるところに、立派な王様とお妃様が治めるそれはそれは素晴らしい国がありました。その国に住む人々は皆豊かで穏やかな毎日を過ごし、人生の始まりと終わり以外では悲しみの涙を流すことはありませんでした。それは、国と民の安寧を強く想う王様とお妃様の存在があったからでした。

 そんな王様とお妃様の間に、女の子が生まれました。国民に祝福され誕生したその子は、まるで美しい朝焼けのような淡い赤色の髪と瞳を持っていたことから「朝焼け姫」と名づけられました。国全体が祝福の空気に包まれている中、唯一森の外れに朝焼け姫の誕生を喜ばない家がありました。前国王に側近として仕えていた魔法使いの家です。現国王は魔法使いを信用せず、即位と同時に魔法使いをこの辺境の地へと追いやっていたのでした。朝焼け姫が生まれた日、そんな森の外れの家でも女の子が誕生しました。深い夜の帳のような漆黒の髪と瞳、何より生まれながらに強力な魔力を持っていたことから、魔法使いはこの国で一番恐れられている「死神」の名を女の子に与えました。

 朝焼け姫が王位継承者として勉学に励む一方、死神は魔法使いに様々な魔法を教えられて育ちました。その魔法とは相手を苦しめたり心の闇へつき落とすような魔法でした。そうです、魔法使いは死神を使って自分を王宮から追い出した王様に復讐しようと企てていたのです。魔法使いは王様への復讐方法として、王様本人ではなく国王が心底大切にしている朝焼け姫を壊してしまおうと死神に魔法を熱心に教えていました。朝焼け姫は王様から「お前は立派な女王になるんだよ。国と民のために生きるんだ」と、死神は魔法使いから「お前はあの朝焼け姫を壊すんだよ。私の復讐のために生きるんだ」と言われて育ちました。

 やがて朝焼け姫は、王様の民を想う気持ちと優れた統治能力、お妃様の愛らしくも気品漂う美貌と細やかな心を譲り受けた王女様へと成長しました。

 朝焼け姫と同じように髪と背丈が伸びた死神は、魔法使いの復讐心と執念深さを受け継ぎ、優れた魔法の技術をその髪色と共に深めていました。

 魔法使いは死神の成長に満足し、朝焼け姫を狙える瞬間を今か今かと待ち構えていました。そしてしばらくの月日が流れた頃、お城から招待状が届けられました。差出人は朝焼け姫その人です。招待状には、朝焼け姫が隣国の王子様と結婚しこの国の女王になる儀式を執り行うため魔法使いにも参列して欲しいと書かれていました。それは魔法使いが宮殿を出る際に国王様と「次に王宮で結婚式が執り行われる際は必ず招待すること」という約束をさせていたためで、もちろんこれも魔法使いがありとあらゆる手で仕組んだことでした。

 魔法使いは死神に「魔法使いは急病で来られなくなった。魔法薬の調合も間に合わないから代理で来た」と国王に言うように指示し、木の皮と木製の器に魔法をかけて作ったドレスを着せてお城へ送り出しました。もちろん、朝焼け姫に苦しみの魔法をかけることを忘れないようにと強く念を押しました。

 

 お城に着くと、死神は魔法使いに言われた通りに国王様に伝えると、式が始まるまで中庭で散歩でもしてきなさいと案内されました。国王様は魔法使いのことをよく覚えていたので、その娘である死神が自分に何かするのではないかと警戒していたのです。それだけでなく、死神の全てを塗り潰すかのような暗闇色の髪と瞳は見た者を吸い込んでしまいそうな恐ろしい美しさがあったため、それを遠ざけたかったのでした。

 死神はもちろんそのことに気がついていましたが、魔法使いから言われたのは朝焼け姫に魔法をかけてくることだけでしたので、国王様の案内通りに中庭へと足を運びました。中庭には、色とりどりの水が流れる噴水に動く石像、黄金色の植物などの魔法で彩られた不思議な物が数多く飾られています。しかし、死神にとってはどれもつまらない物で平凡な魔法でした。

 曇り空を眺めながら何とはなしに歩いていると遠くからヒールの音が響いてきました。段々と近くなるその音に顔を顰めましたが、大方慌てたメイドかその辺りだろうと気にしませんでした。なので、目の前に突然朝焼け姫が現れた時は心底驚きました。

 「貴女、は」

 死神は何故か咄嗟に姿隠しの魔法をかけ、朝焼け姫を抱き寄せました。その直後、朝焼け姫を探す宮殿の人々の声と足音が聞こえて、中庭へと走ってきた一人の兵士が、恐れながらも死神に姫を見なかったかと聞きました。死神はそれを否定しました。その間、朝焼け姫は一言も発しません。首を捻りながら兵士が中庭を去ったのを見て死神は魔法を解き、そこで改めて朝焼け姫の姿を見ました。

 死神は、生まれてからずっと朝早くに起きて修業に励む毎日でしたので朝焼けなど見飽きていました。しかし、朝焼けのようだと言われる朝焼け姫の髪と瞳は、これまで見たどんな朝焼けよりも気高く美しいと感動しました。

 一方の朝焼け姫も、濡れたカラスのような闇を封じ込めたかのような死神の髪と瞳に、禍々しさよりも強大な悪の美しさを感じました。咄嗟に魔法で自身を庇ってくれたこともそうでしたが、何より王宮の魔法使いとは比べものにならないほど正確で強力な魔法を操っていた死神が得も言われぬほど魅力的でした。

 二人は、出会ったその瞬間に互いに恋をしたのです。

 「運命の出会いだわ」

 どちらともなく出た言葉に、二人の頬が赤く染まります。この時、朝焼け姫にも死神にも自分の責務のことなど頭にありませんでした。他者から押しつけられたそんなものよりも目の前にいる美しい人の方がよっぽど大切だと思えたのです。重なる手の温もりにこれまでの人生で得たことのない幸福が広がり、心へ溶けていきます。

 朝焼け姫はその場で跪き、誓いの言葉を述べ自身の冠を死神へ贈りました。それは本来、王子様との結婚式で述べられるはずの結婚の誓いでした。死神もそれに応え、朝焼け姫の頭に魔法で生み出した花冠を贈りました。曇り空から雷鳴が轟き、嫌な風が中庭を吹き抜けましたが二人にはそれが天からの祝福のように思えました。

 しかし、それを許さない者がいました。国王様や王宮の人々、それに魔法使いと隣国の王子様です。二人を見つけた側近からの報告を聞いた国王様と王子様は心底驚き怒り、王宮の人々は戸惑い、死神の様子を魔法で見ていた魔法使いは混乱の余り自らの家と自分を焼いてしまいました。

 引き離された瞬間、二人の心には同じ想いがありました。



 何故私たちは本当の幸せすら認められない。

 何故私たちばかりがこんなに苦しまなくてはいけない。

 何故私たちには自分の人生がない。

 何故私たちは。

 私たちは、望んで今の立場にいる訳ではない!



 「もう、終わりにしましょうか」

 「ええ。そうね」

 死神、いえ、死神姫は、相手を苦しめたり心の闇に落とすような魔法が得意でした。

 朝焼け姫は、お城と国のことを誰よりも知っていました。

 そして。























 そして、二人は力を合わせて国全体に魔法をかけました。誰にも解くことのできない、永遠の眠りの魔法です。

 隣国の王子様が命からがら逃げ出し、多くの兵士を引き連れて戻ってきたこともありましたが、国をよく知る朝焼け姫と最強の魔法使いである死神姫にとっては脅威にもなりませんでした。

 「私、いちごのパイが食べたいわ」

 「私もよ。戻ったら焼いて差し上げる」

 「まぁ嬉しい」

 「貴女が美味しそうに食べていると、とても幸せなの」

 「あら、私もよ。」

 血の海と化した国境地帯で二人はそう言って微笑みます。

 誰にも邪魔をされない、二人だけの国はこのように生まれました。

 こうして朝焼け姫と死神姫は、豊かで穏やかな毎日を過ごし、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。

               ォシまィ。

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