アフターグロウ

結騎 了

#365日ショートショート 222

「いいかよく聞け。音楽ってのは余韻が大切なんだ」


 あいつの口癖がまだ耳にまとわりついている。コンサートホールに入り、チケット売り場で当日券を購入。入場を済ませた。


「音が静まった直後の、無音の空気振動。あの一瞬に音楽の真髄が詰まっているといっても過言ではない」


 席を確認する。ちくしょう、盛況じゃあないか。まあ、いい。その方が復讐しがいがあるってもんだ。


「つまり、余韻なんだ。余り。本来必要がないかもしれない事象にこそ、意義がある。お前たちは無駄に思うかもしれない。だが、私はあえてやっているのだ」


 全く、いくら思い返しても無茶苦茶な理論だ。それがパワハラの正当化になってなるものか。幕が開き、コンサートが始まった。指揮台には、あいつが立っている。


「お前たちに、もしかしたら過度に怒鳴っているかもしれない。厳しいことを言っているかもしれない。しかしそれは、必要無駄なんだ。指導における余韻なのだよ。そこに、意義を感じて欲しい」


 あいつは意気揚々と指揮棒を振っている。自分のせいで団から去ったトランペット奏者のことなど、気にも留めていないのだろう。くそ、くそ、くそ。


「こら、お前、聞いているのか。トランペットのお前だよ。全く、ムカつく目をしやがって」


 観客もうっとり聴いてやがる。まあ、いい。まもなく交響曲が終わる。この曲の最後はよく知っている。トランペットの優雅な旋律がふわっと楽章を締めるのだ。さあ、タイミングを損なうなよ。


「おら、なんだ。反論があるなら言ってみろ。のろまが」


 最後の小節、トランペットに指がかかった。柔らかい音が優雅に舞い、


 まもなく、


 もうまもなく、


 その、


 音が、


 途切れ、


 かけ、


 て…… 「ブラボー!!!!」。


 私は叫び、手を叩いた。


 余韻は死んだ。ざまあみろ。

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アフターグロウ 結騎 了 @slinky_dog_s11

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