1-29 別れの挨拶(2)

 アシュリーの言葉はもっともだ。そう、アシュリーが赤の皇国の皇太子であるように、ルイスも青の王国の王子である。

 超えることを許してはならない一線が存在している。


 フィニアスも、憂鬱そうな溜息を吐いた。


「こちらも、つつがなく進める。エイリア・ブラウン嬢は父母共々既に捕縛済。後は適当に処理する。赤の皇国については一切表沙汰にしない」


 結局、狙われた第一はハリル、そしてアシュリー。ついでのようにルイスが狙われたのは、件のエイリア・ブラウン孃によるものであった。


 レイモンドがもたらした情報から、尋問はスムーズに進み、事が起こってから数時間後にはブラウン伯爵家へと騎士団が派遣された。

 伯爵も夫人も、寝耳に水の状態だったらしい。抵抗も弁明もなくただ茫然としていたと。

 一方娘の方は、半狂乱になってルイスへの誹謗並べ、関与を肯定したという。


 どんな理由があろうとも、王族を害そうとした罪は重い。死罪は免れない。

 夢見がちな愛娘がそうと意識せずに犯した罪だが、代償は高い。一族郎党で贖うことになる。


「こちらも、ルイスに非が無かったとは言わん」


 普通に見合いを匂わせて持ち掛け、それを断っただけ、そう言うのは容易い。

 それでもそう、心無いやり方であったとまあ思わなくもない。


「襲撃者らは、ブラウン嬢に接触し、第二王子を害する代わりに、城内の造りやなんかの情報を引き出そうとしたらしい。大した情報は得られなかったろうが。とりあえず、城でアシュリー達を襲撃するのは危うい、って判断は出来たらしいな。で、そんな時にのこのこ雁首揃えてお出かけした挙句、人目に付かないような場所で、二手に分かれたわけだ、お前たちは。ルイスに矢をお見舞いしたのは令嬢に対する義理程度の殺意からだ。むしろ標的をおびき出すためだな。そんなセコい矢にやられなくて良かったな」


 どこか棘のある言い方をするのは、フィニアスにしては珍しい。ルイスに対する苛立ち、それとも疲労からか。

 何よりも、フィニアスの事だから自分の手の届かない範囲で起こってしまったこと、事後処理しか出来ないことが、自分が不甲斐ないとか、そんなことを思っているのかもしれない。


 フォークに突き刺した肉を嚙み千切ったフィニアスは、ワインを飲みほした。


「さて、じゃあ事実確認だ」


 やや乱暴に机に置かれたグラスが、甲高い音を立てた。


「第二王子に甘い餌をちらつかされた挙句に心無い対応をされ無下に袖にされた哀れなエイリア・ブラウン孃が愛しさ余って憎さ百倍な気持ちから王子殺害を企てた。流しの暗殺者に仕事を依頼するも襲撃は失敗。居合わせた王女を庇ったレイモンド・エンディが負傷。実行犯は全員その場で死亡。エイリア・ブラウン嬢、及びその父母は捕縛済み。以上だ。それ以外の事実は無い。赤でもそのように処理してくれ」


「心得た」


「承知致しました」


 アシュリーとルイスの返答に、フィニアスは頷いた。

 ちょっと前半部分でルイス的に思う部分がないでもなかったが、とりあえず黙っていることにした。これで、一連の件はおおよそ片が付く。


「そういえば、結局あの研究書の件はどうなったんだ? 結局訪ね損ねただろ。敷地内で騒ぐだけ騒いで」


 スープのおかわりに口をつけようとしていたフィニアスが、アシュリーの疑問に顔を上げた。

 何故か物凄く嫌そうな顔をしている。


「……ああ、その敷地内で騒いだ件もあるからな、詫びと口止めを兼ねて訪ねたんだが、不在だった。多分、不在だったと思う」


 どうにも歯切れが悪い。結局スープには口を突けないまま、フィニアスはスプーンを置いた。


「ついでだったからな、屋敷の中を一通り確認して……色々見つけた」


「色々?」


「遺体が大量にあった」


 その場にいた全員が、個人差はあれ眉を顰めた。


「ほとんどが、解剖されていた。手足はばらばら、取り出した臓器が並べられ、液体に漬けられ標本のようにされていたものも多数。鼠や猫、兎や犬、そして人間。老人から子供まで、年齢性別は様々、胎児もいた」


 フィニアスは淡々と言葉を紡いでいるが、その表情は不愉快さを隠しきれていない。


「腐敗も酷く、原形を留めていない遺体が多すぎてまだきちんと調べられていない。ただ、何かの実験をしていたような印象を受けた」


 恐らくは、不老不死に関わる実験。

 ニコラス・ガルは、無駄と断じられる実験、その狂った思想に自分以外の他者を投じたらしい。


「死体を用立てたのか、生きていた者を使ったのかは判らんが、屋敷に来た時点で生きていた者もいたと思う」


 フィニアスの不機嫌の理由が分かった。話を聞いているだけでも到底良い気分にはなれない。実際に目にしたそれの凄惨さは、想像するに余りある。


「血液が飛び散った跡が結構あった。死体からはあんな風に飛び散らない。ニコラス・ガル本人の遺体が屋敷に紛れている可能性は無いではないだろうが、どうだろうな。お前達が襲撃を受けた時点で、屋敷に人の気配を感じたという話だったな?」


 フィニアスの問い掛けに、アシュリーが頷いた。


「騎士の姿を恐れ逃げた、という方が可能性はありそうだと思っている。とりあえず探してはいるが、手掛かりがない。あるのは大量の腐乱死体ばかりだ。これからきちんと調べるが、庭に土を掘り返した跡もあったからな、屋敷内をどうにかして庭も掘り返す。時間がかかる」


 次から次へと、嫌な事態ばかり起こる。そうぼやきながら、フィニアスは再びスプーンを手に取った。

 そんなものを目にした当日に、食欲がそれなりにあるのもそうだが、先程冷製肉を食べていなかっただろうか。よく肉を口にできるものである。


「現時点で公にはしない。あまりに猟奇的過ぎる。いたずらに民の恐怖心を煽るとろくなことにはならん。ただ件の研究者は最優先で探す。研究書の件もあるからな、奴がこの城に入り込んでいる可能性もなくはない」


 それに、気になることがある。そんなことを呟いたフィニアスは、それ以降食事に専念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る