1-08 赤の皇族(2)
陽が沈み、赤の皇太子を歓迎する細やかな晩餐会はつつがなく始められた。
円卓は華やかに料理と花とで彩られている。使用人たちは、滅多にない国外からの賓客に随分と張り切ったようだ。
ルイスは薔薇の形に折られている青いナプキンを手に取った。出される料理も、普段に増して華やかで力が入っている気がする。
料理を味わいながら円卓を囲む面々は、穏やかに談笑を交わしている。ルイスの隣に座すクリスティナも、もちろんルイスも含めて。
青の王国側は久々に一家が揃っていた。普段は同じ城の中に居ても各々政務やら何やらで忙しく、顔を合わせない日も多い。
二人の客人に向か合う形で正面に国王夫妻が、その左隣に王太子であるフィニアスが妻と娘と共に席を並べている。
アルバートの右隣には第二王子のルイスとその隣に王女のクリスティナ。現在の青の王国において、王族と呼べる全てである。
同族内に不穏分子が存在しないという、歴史上稀にみる奇蹟に恵まれている青の王家は、主賓である赤の皇太子と、
相変わらず黒ずくめの従者二人は壁際にただ佇み、その一帯の空気を重くしているが、主人である赤の皇太子、アシュリーは日中に比べやや華美な装いに変えている。
立襟の白い地の衣装は金糸の刺繍で繊細な飾り模様が施されており、その上から羽織る布は深い赤。布地の内側には蓮の花が刺繍されている。
リラの服装は昼と同じ、飾り一つない白い神官服である。
よく見れば前菜のソースが胸元に跳ねているが、ルイスは気付かなかったことにした。
「話には聞いていたが、青の王国は緑が豊かで美しい。我が国とはまた違った趣がある。気付けばあちこちに寄り道してしまい、王都に入るのが遅れてしまったほどです。お待たせしてしまい申し訳なかった。なあリラ」
十日の旅程をずるずると引き延ばしたことについて一応詫びてはいるが、実際のところ大して気にはしていなさそうである。
別にルイスも気にしていない。
到着が一日延びる度に予定がずれ込んだだけだ。大したことはない。別に。
王と王太子が共に妃を伴うこの場で、第二王子や王女がしゃしゃり出る必要はない。求められる場合は過不足なく応え、後は微笑む調度品でいるのが己の役割である。
ルイスは隣のクリスティナと共に、そういうものと徹していた。
美味しそうに料理を食し、ワインを多少飲み、微笑んで恭順。
アシュリーは国王相手に何ら気後れする様子もなく、青の王国内で目にしたという景色を褒めそやし、酒と食事も褒め称えた。
アルバートも鷹揚に頷いている。
現王アルバートは、先代の女王が国を立て直した名君としてあまりに名高く、比較され霞がちなどと陰で揶揄されることも少なくはない。
しかし王として、十分過ぎる程国を支えているとルイスは思っている。名君と言っても決して過言ではない。
穏やかな人物だが、息子と変わらない歳の若者に侮られるほど柔和とも言えない。
これは、赤の皇太子がそういう意味でよく空気を読む人物なのだろう。
一国の王を相手に、あくまで無礼にならない距離感。可能な限り対等に近い振る舞いをしている。
赤の皇太子のそれが意図してのそれかそうでないのかはわからないが、飲み食いに対する姿勢には人柄が出るという。
アシュリーはよく食べ、よく飲み、よく喋り、よく笑う。つられて国王を始め、皆も楽しそうによく笑った。
悪くない空気が部屋には満ちている。
「特に葡萄酒が美味い」
赤の皇国では一般的に麦酒が広く親しまれており麦酒以外でも、穀物を主原料とするものが多いのだそうだ。
一方青の王国では葡萄酒が一般的だ。次いで蜂蜜酒。
同じ大陸にありながら、国が違うと異なることは多い。
リラもまた気後れなどの様子は一切ないが、必要な相槌を無感情についてワインを水の様に飲みながら、提供される料理を口に運んでいる。
ちらりと隣に視線をやる。
クリスティナは女王然と、笑みの形に顔を固定している。
義務感漂う表情ではあるが、どこか楽しそうにも見えるのはおそらく気のせいではないだろう。
「青の王国の山と森、湖も川もとても美しい。だが我が国の、砂漠に沈む夕日と、オアシスに咲く美しい花もぜひお見せしたいものです」
青の王国を称える言葉に、自国のそれも加わるのは、愛国心によるものか。
自国を誇る皇太子の言葉は、どこか眩い。
「せっかく遊学したんだから赤の皇国まで行けばよかったな。行ってみたい。エステルも行きたいだろ? 砂漠見たくないか?」
「行きたい! 見たい!」
「殿下は自重されてください。ルイス様にご苦労ばかりおかけして」
アシュリーの言葉に、フィニアスが如何にも羨ましそうに返す。
愛娘のエステルまでもをけしかけたところで、王太子妃のサラが怒ったふりをして窘めた。
微笑ましい限りの光景に場が和む。
「いいじゃないか。その時はサラも一緒だ。なあ、アシュリー、その機会はあるだろう?」
フィニアスが含みを持たせたその言葉に、赤の皇太子は肩を軽く竦めて見せた。
「赤の皇国では、雨期に合わせて宮殿を移動するのです。特に西の離宮は造りが凝ってましてね。庭園に壁を滝の様に流れる噴水に、大輪の蓮の花を浮かべた様が美しく、自慢の庭園です」
そうしてアシュリーは微笑んだまま、サラへと語り掛ける。
明言を避ける、実に王族らしい会話が続いている。
「機会があれば、是非おいでください。いずれ」
そつなく楽しそうに語っていたアシュリーが、ごく自然に隣に水を向けた。
「クリスティナ殿も」
大人しく微笑んで聞いていたクリスティナを、アシュリーの視線が捉えた。
和やかな笑顔は、それでいてどこか獰猛さをも孕んでいる。
「我が国に、興味を持っていただけただろうか」
ほんの僅か、一瞬だけ、クリスティナの纏う空気が停滞した。
しかし応えるクリスティナは、その一瞬を感じさせない顔で微笑んで見せる。
「ええ。もちろんです」
ルイスには特に縁のない「いずれ」だが、果たしてクリスティナは、どうだろうか。
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