1-07 赤の皇族(1)
【side prince】
一見すると仲の好さそうな二人を見て、もとい盗み見て、赤の皇国の皇太子は「うーん?」と唸った。
木陰の隙間から覗くのを止め、テーブルを挟んで正面のルイスに視線を移動させる。
「婚約者ねえ……。あの二人、うまくいってるか?」
あの二人、クリスティナとレイモンド・エンディのことである。
声は聞こえないため会話の内容まではわからないが表情は見える。
穏やかに言葉を交わし、時折微笑みを深め合い、仲睦まじい恋人同士に見えるはずだ。
本人たちをよく知らなければ。
隠れて応接間を伺えるこの部屋はあくまで内宮に位置する。
誰にも見咎められない位置に陣取った赤の皇太子とルイスは、クリスティナ等と同じくテーブルを囲んでいた。
こちらはお茶ではなくワインだが。
赤の皇太子、アシュリー・ソルフは褐色の肌色にはっきりとした目鼻立ち、緩く波打つ黒い髪、武にも長けた精悍な体つきをしている。
まさに威風堂々といった体だ。
感情表現は素直に見える。
時折、人食ったような笑みを浮かべるが、それも余人には魅力的に映ることだろう。
立襟の服に長いマントを羽織る赤の皇国風の衣装は、皇太子にしては装飾が控えめな簡素なものに思える。
言葉も気安く、終始機嫌が好いように見える笑みを浮かべ、一見すると親しみやすい。
しかし、纏う空気は王者のそれだ。
王者として、支配者としての自信に満ち溢れ、尊大さも滲ませている。
まあ今は覗き見じみた真似をしており、意外とまんざらでもない風なので、その辺りは柔軟なのだろう。
フィニアスと気が合うわけだ。
「見ての通りです」
フィニアスとの再会を喜び部屋で二人、昨夜遅くまで酒盛りに興じていたと聞くが、その赤の皇太子が城内を見て回りたがったのが今朝のこと。
ある程度の旅をして来ての今日だというのに、疲れ知らずで結構なことである。
友人であるフィニアスを差し置き、案内人にルイスを指名してくるあたり、姫を嫁がせようとする第二王子の品定めも兼ねてのことだろう。
こちらとしても都合がいいし手間も省ける。
なるだけ人目に付かない庭園や、外宮がいくらか望めるバルコニーを案内し、一休みついでに王女とその婚約者の逢瀬を覗いてもらった。
来訪の目的、その本題については夜にでも王を交えて話すことになるだろう。
その前にこちらの現状を把握していただけたようで何よりである。
ちなみに、今のところ残念がるような素振りは見えない。どちらかと云えば面白がっているように見える。
「一見、好い仲には見えるかなぁ。いや、見えるか? なあリラはどう思う?」
ワインをがぶがぶ飲みながら、アシュリーは、自らが伴ってきたもう一人に水を向けた。
ワインはどうやら水代わりのようだ。
皇太子相手なのでそれなりのものが用意されているが、味は分かっているのだろうか。
「私には懇意であるように見受けられます」
黙っていると存在を忘れそうなほど希薄な気配のその人物は、赤の皇太子の同行者であり、名をリラと名乗った。フィニアスとも既知であるらしい。
赤の皇国の者ではなく、白の神殿の者で、赤の皇国へ向かう道中の連れだという。
白の神殿は大陸の中央に位置し、
白の神殿に付随する形で存在する「
王国にも皇国にも属さず、人の世を諦観し、記録することを主な目的としている、らしい。
かの機関は人に広く門戸を開いてはいるが、あくまで表側に限ったことである。
客人としては歓迎され、教諭や研究者として組織に属すことは可能だが、組織の中枢に踏み込むことはできない。
こちらは完全に神の領域だ。
白の神殿は、何者をも寄せ付けない切り立った崖の上にあるとされている。
直接その建物を目にした人間は存在せず、大図書館の奥深くにある門のみが入口とされているが、そちらも人が近付くことは許されない。
大陸で信仰される神を祀り、祈りを捧げる。
教会自体は各地に存在するが、その総本山と言えなくもない白の神殿には謎が多い。
そもそも厳密には総本山とも言えない。それぞれの国内で教義を説く教会とは違う、別の組織である。
神の眷属である「
ルイスの目の前で、供されたワインを無表情でただ水の如く飲み続けているのが件の「
人形のような異様なほど白い肌に、獣のような金の瞳。
白い神官服から見える手と、顔、白い肌のあちこちに青白い血管が浮き上がり透けている。
背中まで伸ばした髪も白く、全体的な印象として生気が乏しく、感情が見えない。
それでも、顔も手も足もただの人と同じ様にあり、一見しただけでは極端に色素が薄いだけのただの人にしか見えない。
フィニアスとも知らない仲ではないらしいが、リラがフィニアスをどう思っているのかは今のところよく分からない。
それどころか、その心中、考えていることがさっぱり読めない。正直なところ、感情らしきもの、その片鱗すら伺うことができないでいる。
「リラは人心に疎いからなあ。せっかくの酒の味も分かってるか?」
言われたリラは、確かめるようにワインを一口飲んで、首を傾げた。
「ワインの味がします」
分かっているのかいないのか、よく判らないことを口にするリラの言葉に「呑ませがいがない」と言うアシュリーが杯を差し出し、ルイスの従者であるサイラスが黙ってお代わりを注ぐ。
どうやらアシュリーは一応味わっていたらしい。
ちなみに、皇太子は従者兼護衛を二人伴っており、文字通り影のようにぴったりと付き従っていた。
リラが真っ白ならば、その二人は反対に真っ黒である。
光沢のない真っ黒な布を頭から身体の線がわからないほど幾重にも纏っている。
男女の見分けすらつかない。顔どころか指の先まで肌の露出は一切なく、一言も発することなく、ただ気配を消してついてくるのみだ。
四人共無駄に目立つ。一人ずつでも目立つというのに、四人揃うととにかく目立つ。
王族の住処とされている内宮の中でも、なるだけ人目に付き難いように場所を選ばざるを得ない。
リラについてはよく分からないことが多すぎて放っておくしかないが、特に従者二人には「無駄に目立つので着替えてみてはどうか」ということをさりげなく提案した。
身振りで即拒否されたが。
皇太子も「気にするな」と言っていたが、無茶である。とても気になる。
「なんと言ったらいいかな……。そうだ、芝居を観てる気分だ。な?」
従者が無駄に目立つのは気にしないくせに、そういうところは不必要なほど鋭いらしい。
アシュリーの観察眼に、ルイスは内心の溜息を押し殺した。
ワインを片手に微笑んで、屈託なく笑うその姿は無邪気にも見えるが、皇帝を差し置きほぼ全権を握っているという皇太子が、ただ無邪気な筈などない。
今のところ面白がっているようにしか見えないが、こちらとしては「是」とも「否」とも答えたくない。
ここではただの現状確認だけに留めたかった。
「当たってるだろ?」
婚姻をと望んだ王女に婚約者がいる。
その事実を前にして、赤の皇太子がどう出るのか、王と王太子は知りたがっている。
それでもと望むのならば、相応の覚悟を求めたい。
この件については「慎重に頼む」というのが青の王国側の意だ。
話が出た時点で即断りを入れてない以上、話を聞く余地があることは赤の皇国側としても承知の上だろう。
だが、余地はあれど既に存在している婚約話をどうにかする必要があるのだ。
それを理解した上で、それでもこの縁談に意味を見出すのか。
「見ての通りです」
ルイスは、微笑んで見せた。穏やかに。何も知らぬ体で。
アシュリーも笑む。こちらは揶揄するような笑みだ。
「なるほど」
大抵の人間は微笑み合うクリスティナとレイモンドの二人を見て思うのだ。
似合いの二人。
想い合う男と女だと。
それを見て、そういうことなら仕方がないと諦める程度なら、それで終わりだ。
話は無かったことになる。
赤の皇太子次第だ。
皇帝の名代としてここにいる皇太子の一存で、クリスティナとレイモンドの関係も変わる。
意味不明な拗れ方をしていたり、そのくせクリスティナの気持ちがだだ漏れであったり、色々ありはするが、二人の気持ちなど何の関係もない。
「後は、夜にでも」
ここから先は、赤の皇国と、青の王国との、国同士の話である。
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