1-05 心の在処(1)
【side princess】
本日、王城はいつにも増して活気づいている。
クリスティナは、誰に見られても問題ないであろう優雅な仕草で紅茶の入ったカップを傾けた。
王城の賑わい、表向きの理由は一年ぶりに第四騎士団が王都に帰還したためだ。
普段城内にいる騎士は、近衛である第一騎士団と王都の内側を守護する第二騎士団のみだが、昨夜のうちに帰還した第四騎士団の者が加わっている。
単純に、人の数が多い。
ついでに普段よりご令嬢の姿も多い。
王都に比べ荒事などにも対峙する機会の多い第四騎士団は、王都に詰めている第一、第二の騎士に比べて少々精悍な雰囲気の者が多い。見慣れたお行儀の良い騎士とは違った趣があるとかないとか。
現在の城内は、見物及び騎士との出会いを求めるご令嬢と、そのご令嬢狙いの第四騎士団の者の出会いの場と化している。
ついでのように、第一、第二に席を置く騎士たちも気持ちいつもより数が多く、そわそわと落ち着かない者が多いように見受けられる。
「先日当家に出入りの行商が良い石を仕入れたとかで」
「そうですか」
という、出会い云々の話は表向き。
裏向きの事情は、その第四騎士団の帰還に伴って来訪した赤の皇国の皇太子の存在である。
歴史を顧みても滅多にない赤の皇国の王族の訪問である。
非公式で内密とはいえ、どこからか聞きつけてきた者達が接触機会を逃すまいとそこかしこをうろついている。
さすがにその話を耳にできる者は限られているようで、目立った混乱は無いが、いつになく城内は賑わっていた。
「紺碧の石を何かアクセサリーにでもと思っているのですが」
「結構なことですね」
その賑わっている外宮の応接間で、クリスティナは午後のお茶を愉しんでいた。
という設定で、とりあえずお茶を飲んでいた。
濃い目に淹れた紅茶に、ミルクとほんの少しの蜂蜜で甘みとコクを足したものがクリスティナのお気に入りである。
焼菓子はしっとりしたバターケーキなども好きだが、スコーンやマフィンなど甘さを控えた、パンと菓子の中間ぐらいのものがより好ましい。
干し葡萄入りだとなお好い。
ほんのり甘い紅茶によく合う。
「貴女に贈っても?」
「いいえ」
丸いテーブルをはさんだクリスティナの向かいには、暫定婚約者のレイモンド・エンディがいる。
たった一言のそっけない返答を繰り返すクリスティナにめげることなく、というか気にする素振りすらなく一人で喋り続けている。
レイモンドはいつものように穏やかで甘やかで妖しげな微笑みを終始浮かべているし、クリスティナも微笑みだけは絶やしていない。
傍から見れば恋人同士的な何かによる微笑ましい午後のお茶会と見えるだろう。
実際はどうあれ。
ちなみに、レイモンドの瞳は冴え渡る空と同じ紺碧の色。
その紺碧色の石を使用したアクセサリーなど、簡単に受け取れるものではない。
自分の瞳の色をした石を贈り合うのは、想い合う恋人同士によって行われることが多い。もしくは親から子へ。
とにかく大切な誰かに。
離れていても心はあなたの傍に、という意思表示を込めた尊い行為である。
「これは、つれない」
「そうですね」
目下のところ王女であるクリスティナの、あくまで暫定的な、婚約者であるレイモンド・エンディは、今日も澄ました顔でクリスティナの前に現れた。
レイモンドの上着の色は濃い紫。
薄い紫のドレスに濃い紫のリボンで飾ったクリスティナと並べば、さぞ仲睦まじい恋人同士のように見えるだろう。
実際はどうあれ。
いつもながら、何故示し合わせたわけでもないのにお揃いじみた衣装になってしまうのか、腹立たしいことこの上ない。
レイモンド・エンディは、「情報」を何よりの武器としている。
そのための伝手と人脈作りには余念がない。
しかし、それを発揮するのが衣装である辺り、それでいいのかと問い質したい気持ちがないでもない。
ともかくそのレイモンドはクリスティナとお揃いじみた衣装で現れ、外宮の応接間という不特定多数の目に留まるこの場所で、クリスティナと「お茶の時間」を所望し、兄王子による後押しという名の厳命によりいつものような回避もままならず、今に至るわけである。
「ところで、昨日から蓮の御方がご滞在とか」
「……ええ」
長めの前口上を終えたらしいレイモンドが、ようやく本題を切り出した。
申し訳程度に伏せられているが、「蓮の御方」は昨夜からこの城に滞在している赤の皇国の皇太子のこと。
赤の皇国の紋章は、金の獅子と赤い蓮である。
夜遅くに城に入った一行は、王と王太子による出迎えを受け、昨夜はすぐに休んだと聞いている。
クリスティナもまだ挨拶はしていないが、今夜王族のみの細やかな晩餐会が予定されているので、そこで初対面と挨拶、という運びである。
本来なら王侯貴族を集め大々的な宴を催すところではあるが、あくまで非公式で内密な来訪という体だ。
皇太子を目当てにしている者達にとっては残念なことに、王族の住まう内宮から出ては来ないだろう。少なくとも公然とは。
当然、赤の皇太子の来訪はレイモンドの耳にも入っているだろう。
それに、今回ばかりは無関係とも言えない、かもしれない。
いや、関係はきっとある。
王女の婚約者、その肩書に無関係ではないだろう。
レイモンド・エンディは幾つかの肩書を持っている。
「王女の婚約者」「エンディ伯爵の次男」、そして「グラスフィールド侯爵の後継者」。
エンディ伯の妻、つまりレイモンドの母親は王国に七ある侯爵家うちの一つ、グラスフィールド侯爵領を預かる侯爵家の出である。
現在のグラスフィールド侯爵の一粒種にあたり、次のグラスフィールド侯爵でもある。
グラスフィールド侯爵は先代である今は亡き女王、それ以前の代から王家に仕える国の重鎮。現役最高齢の侯爵として領地を治めている。
そして、グラスフィールド侯爵の実弟は、現国王の実父。国王にとって血縁上の伯父にも当たる侯爵は、誰よりも長く王国に仕えた献身と手腕を称えられ、揺らぐことのない確固たる地位を王国の中で築いている。
レイモンド・エンディは、そのグラスフィールド侯爵の後継者である。
既に盤石な地位を築いているグラスフィールドに、王女が嫁ぐ、その意義は大きい。
これは、クリスティナの意思など関係のない、政治の話なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます