1-03 王子の婚約(2)

「で、どうだったんだ?」


 顔を合わせ開口一番にそう問われたルイスは、とりあえず溜息を呑み込んだ。


 王国の誉れある第一騎士団の長であり、時期国王でもある王太子のフィニアスは、ルイスが執務室を訪ねていくと、待っていたと言わんばかりに大手を振って弟を迎え入れた。


 苦労性の王太子付秘書官が甲斐甲斐しくお茶を出してきたが、ルイスが執務室に入って即出してきたということは、予め用意されていたのだろう。


 ルイスの要件は勿論騎士団の予算編成の件であるが、この分だと計られたのかもしれない。いや、間違いなく計られた。

 車椅子のルイスが移動しながら報告書の類に目を通すのはいつものことで、しかしどの報告書にどの順番に目を通すかは従者兼秘書官のサイラスの采配によるものである。


 見合い未満の何かの直後に敢えて出された報告書には、この第一騎士団長兼王太子の思惑が隠されていたらしい。

 ルイスの目に触れれば、すぐにフィニアスと話したがることを見越してだろう。


 サイラスをちらりと見れば、フィニアスに頼まれたのだということをしれっと視線で語ってきた。

 特に本日の予定について家族の誰かに報告していた記憶は無いが、どこから嗅ぎつけたのか。


 結婚を、その相手探しを重要視しているらしいフィニアスは、ルイスの結婚観をあまり快く思っていない。

 先程の見合い未満の何かについても、ルイスから話を聞き、隙あらば口を挟みたいのだろう。


 余計なことをと思わなくはないが、一応慎重に言葉を選ぶことにする。

 こんな話はさっさと終わらせたい。


「あのご令嬢で問題ないかと」


「ほう」


 フィニアスは、普段こういう表情はあまりしない。

 笑うなら快活に。

 人を試すような、意地の悪い、ルイスがするような、そんな笑い方はあまりしない。


「で、そのご令嬢の名はなんといったかな」


 ルイスは出されて手を付けていなかったお茶に手を伸ばした。

 一口飲んで、背後に控えていたサイラスに手を軽く振る。


「エイリア・ブラウン嬢、ブラウン伯爵家の第二子です」


 ルイスに代り淀みなく答えたサイラスに反して、フィニアスは大きく溜息をついた。


「そのエイリア嬢を、お前は第二王子妃にすると、つまり結婚して夫婦になろうと言うわけだな」


「そろそろ第二王子には結婚相手が必要でしょう」


「他人事みたいに言うな」


 反射的に口にした言葉は、今のフィニアス相手には悪手だった。

 よくない流れにルイスは舌打ちを嚙み殺した。

 上辺だけでも大人しく拝聴するのがこの場合は近道だろう。


「いいかルイス、よく聞け。お前には感情というやつが足りてない。いや、実際のところ足りてるんだが、それを余計なものと思っている節がある。自らの感情をばっさばっさと切り捨て過ぎだ。立場を気にするのはわかる。俺とて同じだ。だがな、お前はもっと自分の気持ちを大切にすべきだ。それに、相手にも失礼なことをしている」


 いつものやつである。


 ルイス的には、むしろこの兄に思うところがある。すごくある。


 夜中に城を抜け出し城下で飲み歩くまでは許容しても、乱闘騒ぎに巻き込まれて王太子が顔に傷を拵えるのは如何ともし難い。

 庭園で剣を振り回して石像を破損させたことは記憶に新しい。


 他にも色々ある。

 日々の言動を顧みて欲しい。

 その上でルイスと同じく、立場を気にしているなどとうそぶくつもりなのだろうか。


 しかしここで反論や意見など無駄であることはわかっている。


「言いたいことがありそうだな」


 分かっているなら、分かって欲しいものである。


「いえ、何も」


「お前今、適当に神妙なふりをしとこう、とか思ってるだろう」


 もちろん思っている。


「まさかそのような」


 特大の溜息で返された。


「いや、まあいい」


 珍しくここで追及を終わりにするらしい。

 いつもならここからもう少し小言が続き、いつの間にか話が脱線するところである。


「実はな、父上宛で文が届いてるんだ」


 言いながら、フィニアスは机上から封筒とその中身とおぼしき書簡を取り上げた。


 差し出された書簡、印章には獅子と蓮の花。


「赤の皇国から。姫君の交換をしないか、とな」


 フィニアスは、その青い瞳でルイスを覗き込んだ。


「赤の姫君を青の王子妃に、赤の姫君を皇太子妃にしないか、と。つまりは親戚にならんかっていう、提案だ」


 クリスティナを赤の皇国へ、そしてルイスの妃を赤の皇国から迎え入れる。

 そういう、提案である。


 国における揉め事の大半は権力争いだ。

 特に王位を巡ってのそれは、臣民を巻き込んで規模が大きくなりやすく、継承権を持つ王族が多ければ揉め事の種は増える。


 ただ継承権を持つ者が少ないと、血が絶えるというリスクがあるというのが難しいところだ。


 青の王国は、皮肉にも六十年前の出来事で王族がほぼ一掃されたこともあり、その点では現在平穏といえる。

 王位の継承権を有しているのは次期の王位を約束されている王太子のフィニアスを筆頭に、次に第二王子ルイス、そしてクリスティナと続く。


 フィニアスの娘がある程度成長すれば順位は入れ替わるが、少なくとも当人同士が継承権を巡って争うほど王位を欲しておらず、担ぎ上げて権を争う者も無いと言える状態である。

 いつの時代でもおかしな画策はする者は必ず存在するのだろうが、少なくとも表立ち、対処が必要と思われるような者は現在のところいない。


 王族同士の権力争いはなく、王国内の領地間の争いもなく、諍い程度はあれ、うまく国王が収めている。


 一方、赤の皇国は大陸の南半分の砂漠地帯一帯を領土としている。


 現在の皇王は決して暗君ではなく、むしろ賢君であるとされているが、如何せん色事を好んだ。

 現在の皇太子の母親が正妃でなければ、今頃血みどろの争いになっていただろう。

 仮定よりましとはいえ、血生臭い話は絶えない。


 争いの種を撒き散らした皇王は老齢に差し掛かり、ほぼ宮廷の実権は皇太子が握っているらしい。

 その皇太子の正妃は結婚した直後、身籠ることすらできぬまま病床に臥し、つい半年程前にそのまま身罷られたと知らせを受けている。


 その赤の皇国からの正式な書簡による申し入れ、もとい提案。

 姫君同士を交換し姻戚関係を結びたい、と。

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