第二章 22.久方ぶりの抱き枕(1)
少ししてから、部屋にフクマがやって来て、どうなったか教えてくれた。
執務室はしばらく靄っていたが、びゅうっと風が吹いて霧散。
駆けつけてきた魔術師たちが覗き込んだときには、執務室は何事もなかったかのように、異常なし。フィルオードはすでに地下書庫に戻った後で誰の姿も見当たらず、魔力暴走はなかったことになったそうだ。
しかし、なんというか……疲れた。
その日の夜、アリスはいつもより早くベッドの中に潜り込んだ。
だが、夜中に目が覚めた。……金縛りで。
寝返りを打とうとしたら、叶わない。寝惚けているうちは疲れすぎで動けないのかと思ったが、徐々に覚醒してくると、久しぶりの抱き枕状態だと解った。がっちり背後から抱え込まれている。
「……反省したの?」
背中の人にたずねてみると、
「しない」
短い答え。
「魔術師団長が魔力暴走だなんて、洒落にならないよ? なにやってんの」
「僕は悪くない」
分かりやすく拗ねている。
どっちが子供なんだか、とアリスは嘆息した。
「一体、なにがあったの」
「会いにいったら君がいなくて。ヒヒ爺に連れられていったって使用人が話しているのを聞いて……」
「ヒヒジジイ?」
「中年男の後妻にでも出されたのかと」
「って、あはは」
「笑い事じゃない!」
フィルオードが耳元で吠えたが、アリスの笑いは収まらず。腕の中でくつくつと身を震わせる。
「ヒヒジジイの正体は、フクマだってば」
「うん。灰の谷にも一緒に来ていたよね?」
「なんだ、わかってんじゃん」
「まったくもってそうだ……」
フィルオードが自嘲気味に呟いた。
「ちょっと考えたら解りそうなものなのに。君のこととなると、思考力がゼロになる……」
ぐりぐりと肩先に額を押しつけて、ため息を吐く。
「会いたい会いたいと、そればかりだったのに。こんなに近くにいたなんて……」
「灯台下暗し、よ」
「でも、寝室を挟んで自分の部屋の隣に人がいる気配に気付かないなんて」
「魔術に頼ってばかりで、五感が鈍ってんじゃない?」
アリスが指摘すると、そうかもね、とフィルオードが苦笑交じりに認めた。
ティアリスの部屋は、フィルオードの私室の隣の隣。しかも、寝室を挟んで内扉で繋がっている。つまり、中で行き来ができる、夫婦の部屋だ。
ティアリスが仮初の婚約者として城に上がったとき、フィルオードは、ほとんど幽閉状態で風の塔で過ごしていた。だからティアリスの部屋も、風の塔に用意された。
フィルオードの部屋はちゃんと王宮にあって、正式な妃用の居室もあるのだが、仮初の婚約者なのだから、風の塔に便宜的に設えた夫婦の部屋でよかろうと、当時まだ王太子だったゾイド陛下は考えたのかもしれない。まさか、フィルオードがそのまま風の塔に住み着いてしまうとは、思いもせずに。
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