第二章 20.『アリアの書』を開いたら本の精が現れた
イリナは気を取り直し、ぐっとこぶしを握った。
「とにかく、やらなきゃ……!」
きょろきょろと書庫を見まわし、誰もいないことを確認すると、さっと棚に手を伸ばす。
『アリアの書』のお手本を取ると、最初から順に勢いよくめくり始めた。
「これも、違う……。これも……」
ぶつぶついいながら、どんどん頁をめくっていく。
けれど、ある頁までめくったところで、突然次に進めなくなった。
「えっ……どうして」
「それは、次の頁を開くのに、あなたの魔力が足りないからよ」
子供の声にはっとふり返る。
誰もいない。
なのに、またもや近くで声がした。
「ふうん。見開き百の二か。なかなかの魔力量だね」
「どこっ、どこにいるの?」
「うん、見えないと怖いよね」
ほら、ここを見て。
コンコンと鈍い音がしてそちらに目をやると、中途半端に開いていたガラス戸が、風もないのにゆっくり動き始めた。
「ひっ」
「いっとくけど、お化けじゃないから。ええっと、そうそう、『アリアの書』の精よ」
ガラス戸は、なにかを探るように、ゆっくり閉じたり開いたり。
そのうち、きらっと閃いたかと思うと、ガラスに少女の姿が映っているのが見えた。
「あ、見えた?」
女の子だ。自分よりもちょっと年下に見える。
「だ、誰なの、あなた」
たずねると、ガラスに映った少女がにやりと口角を上げた。
「そっちこそ、誰よ」
「ワタクシは、イリナ。ブレア王国の第二王女」
「違うね。あなたはブレアの王女じゃない」
だって、金髪を染めているもの。
ブレアの国王夫妻と第二王女の筆頭侍女しか知らない事実を、少女はあっさり口にする。
「本当の第二王女は儚子で、あなたは王女を救うために王家に捕まった〈真珠色の髪の乙女〉というところかしら。けれど、王女は死んでしまって、あなただけが生き残った。王女の命を救うどころか、あなたのほうが助けられちゃったのね」
そこそこの魔力を保ちながら、上手いこと成長したものねぇ、と感心したふうに少女がこちらを眺める。
「ブレアの国王夫妻は、魔力持ちの使い勝手のよい駒を手に入れて、ちょっと欲が出ちゃったのね。あなた、こんなふうに命じられたのでしょ」
――速やかに『アリアの書』を開き、破壊と防御の魔術を覚えて帰ってこい。
少女がブレア国王の口調を真似ていう。恐ろしいことにそっくりだ。
聖剣様より、この少女のほうが怖いのでは……?
「た……助けて」
思わず、両手の指を合わせてガラスに命乞いすると、少女がおかしそうに笑った。
「殺しはしないって、心配しなくても」
そして、驚きの提案をした。
「なんなら、ロザリアの王立魔術師団に入る?」
遊びの輪に入る? と誘うくらいの気軽さだ。
「魔術師団には、ちょっとした伝手があるの。絶対入れてもらえるよ」
「で、でも、ワタクシはブレアの第二王女で――」
「殺してあげるよ」
にこにこと少女が宣った。いっていることが、先程と逆だ。
「私に任してくれたら、ブレアの第二王女は帰り道で襲われて亡くなるように手配してあげる」
まるで、宿の手配でもするかのような、なんでもない口ぶりだ。
「あなたのお名前は?」
「い、イオナ」
「じゃあ、イオナさん。とりあえずは、王女の予定を続けて――」
そのとき、どおん! と鈍い破裂音と共に、風の塔が揺れた。
「……ん、これは」
少女がぴくりと反応する。
「ごめんね! 詳しい話はまた後で!」
いうが早いか、ガラスの中から姿を消した。
ダダダと走る足音がして、勝手に書庫の扉が開いて閉じる。
イオナは少女が起こしたらしき風を感じながら、ぼんやりと考えた。
『アリアの書』の精って、壁抜けができないのかしら……。
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