第二章 16.アリス、風の塔に潜入
無事にブレアの第二王女を自国の城まで連れ帰っても、それで終わりではない。むしろここからが、歓待業務の始まりだ。
「明日の昼食は、四方を交えての昼食懇談会。夜は、陛下も臨席されての晩餐会」
「……四方がいるなら、魔術師団長は不要だな」
「明後日は、王女殿下の歓迎の夜会」
「エスコートはおまえがしろ」
「夜会翌日の午後は、風の塔をご見学」
「案内役には、シルヴィアを」
「花の日は、市の視察を兼ねて、城下の散策」
「その日は、警邏の担当だ。案内は――」
「これらすべて、王女のお迎え、ご案内、護衛、エスコートに至るまで団長がなさるよう、陛下からのご指示です」
「……断る」
「お断りするならご自分で」
「嫌だ」
などと、フィルオードが駄々をこねて、補佐官を困らせる少し前から。
アリスティアは、風の塔に潜入していた。
「ふい~、びっくり」
灰の谷からフクマがアリスを連れて転移した先は、王宮ではなく風の塔の最上階。なんと、生前ティアリスが使っていた部屋の扉の前だった。
「ティアリスがいなくなってから、ここはずっと開かずの間じゃわい」
「十二年、誰も使ってないの?」
「使うどころか、団長以外、扉を開けた者すらおらん。じゃが、お前さんなら大丈夫だろう」
迂闊にノブを触ると、フィルオードが仕掛けた電撃を食らうらしいが。
アリスが手を掛けると、抵抗もなくノブはまわり、扉が開いた。
一歩中に足を踏み入れたアリスは、驚きに目を瞬いた。
「え、なにこれ、手付かず?」
部屋の様子は、ティアリスが使っていた当時と、まったく変わっていない。いまも使い続けているように、ベッドメイキングまで施されている。
「ここで寝泊りするとよい。いまこの階は団長しか使っとらんから、潜んでいるには最適じゃろ」
アリスの後ろから部屋に入りながら、フクマがいった。
「いま、下の階はどうなっているの?」
「地下書庫と、一階の応接室と客室、三階の研究室は変わっとらん。が、二階は若手魔術師団員の寮になっておる。東側が女子、西が男子、食堂と厨房は一階じゃ」
「食堂ができたのね」
「魔術師団結成後に作られたんじゃ。昼と晩のみ開いておる。お前さんも食事は適当に厨房でつまめ」
「いまは風の塔も賑やかなのね……」
感慨深くアリスが呟いていると、おもむろにフクマがローブの内ポケットから羊皮紙を取りだし、光の魔法陣を展開した。
あれ、とアリスは目を輝かせる。
「陣を改良した? 光の屈折が強くなってる」
「ちょびっとな」
「フクマって、昔から微調整が上手いよね!」
「そういうお前さんは、昔からなんでそんなに上から目線なんじゃ」
フクマが苦笑し、ほれじっとしておれ、とアリスに命じる。
「うろうろできるように、術を掛け直すぞい」
反射によっては映る場合もあるから、鏡と窓には気を付けるようにと念を押しつつ、アリスに隠形の術を施す。
「自由に探っていいってこと?」
「無論じゃ。そのつもりで連れてきたんじゃから」
「わかった。駆けずりまわってみる」
「元気でよいのぉ」
フクマが羨ましそうに顎鬚をしごく。
「儂はこの頃、腰が痛くてなぁ」
「それ、十二年前もいってなかった?」
「おほほ」
フクマは笑って、
「さてと、儂はそろそろ行かねば。これから、近衛隊長とブレアの第二王女の警護についての最終打ち合わせなんじゃ」
大体のスケジュールは、といいつつ、用紙を見ながら王女の滞在中の予定を読み上げる。
「王女の近くには団長がおる。見つかったら面倒じゃから、くれぐれも気を付けての」
「それはまあ、気を付けるけれど……」
アリスは苦笑気味に返した。
そもそも部外者に王女の予定を教えたら、警備の意味がないのでは。
フクマを見送った後、アリスは前世で使っていた机に近付くと、抽斗の二重底の仕掛けの中から、木製の小箱を取りだした。
箱に仕舞われていたのは、風の塔の部屋のマスターキー。
フィルオードに渡されたまま、使ったことがなかったけれど。こんな形で役に立つとは。
鍵をつまんでアリスはにやり。
フィルオードが帰ってくる前に、と向かったのは、魔術師団長の執務室である。
「あ、あった。よかった、捨てられてなかった」
十二年前に作成した、フィルオードのランプ。
ちょいとランプシェードに手を触れて、仕掛けを止めると、アリスは部屋を出て鍵を閉めた。
さてと、隠密行動開始。
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