第二章 10.逆ギレ、あり得ます


「いっそのこと、第二王女と侍女だけを先に転移で連れていって、護衛たちは勝手に来させるか」


 近衛なら自分の身は自分で守れるだろう、などとフィルオードが無責任なことを言い始める。


「やめてください。姫様が拉致された! って大騒ぎになりますよ」

「じゃあ、魔術師数名を残して……」

「いいですが、初っ端から転移魔術なんて披露したら、ますます王女殿下の目がハートマークになりませんかね?」

 それでなくても憧れの聖剣様なのに、と続けると、フィルオードが唸った。第二王女が喜ぶ様が容易に想像できたらしい。


「とにかく、第二王女が来るのは、蒼の月の二週目だ。それまでに着くように、六名を選抜して先に向かわせておけ。私は後からおまえを連れて、直前に合流する」

 安全面でいえば、団長一人がいれば十分なのだが、必要とされるのは、漆黒のローブ姿の王国魔術師団が王女の馬車を護りつつ、粛々と進む様式美。なので、数名の魔術師を連れていかなければならない。


「四方の方々も面子に加えますか」

「ドーラとエンジュの二人を入れておけ」

「合計十名ですね」

「いや、若手を四名で、合計八名だ。人数が少ないほうが、守りやすい」


 団長の不穏な物言いに、ジェイクは俄かに緊張した。

「襲われると?」

「わからない……が、蒼の月には、別の夜会に出るために、ロルムの女もロザリアに来るらしいから、念のため」

「ロルムの女って、まさか」

「ああ。カーラ・アザミだ」


 ロザリア王国とは犬猿の仲の、隣国ロルム。ブレアと同じく立憲君主国のはずが、十年ほど前から軍部が台頭するようになり、いまではほぼ軍事国家だ。

 首相もいるにはいるが、事実上のトップはアザミ将軍。

 カーラ・アザミは、その将軍の娘である。


「最近あの女は、隣国の夜会に、せっせと顔を出しているそうだ」

「将軍の娘をどこかの国の権力者に縁付かせて、内部から攻略させようという腹ですか? 悪あがきですかね」

 岩山ばかりで耕作に向かない領地が多いロルムは、前々から、ロザリアやブレアの肥沃な土地を狙ってきた。だがいまは、聖剣様のおかげで侵攻しあぐねている。それで、戦略を変えてきたのかもしれない。

「だが、上手くいっていないらしい」

「当然でしょう。誰もあんな女、嫁にしませんよ」

 外交の席でジェイクも会ったことがあるが、カーラ・アザミは、とにかく自分が一番でなければ満足できない高慢ちきな女なのだ。「おっ、美人!」という好意的な思いは、高飛車で嫌味な彼女の物言いに、一瞬で粉砕される。

 フィルオードなんて、彼女が目の前にいても、挨拶すらしない。声を掛けられても、ガン無視である。


 だが、ジェイクは薄々感じていた。

 カーラ・アザミが真に射止めたいのは、フィルオードではないかと。


 ――至高のワタクシの隣に立てる男は、孤高の聖剣くらいですわ、ホホホ!


 なんて、あの女ならいかにも考えそうじゃないか。


「あの女ことだ、このタイミングで、ブレア王女とロザリア王弟の縁談を知ったら、仕掛けてきそうだろう? 考えなしの権化みたいな女だから」

 

 冴えてます、団長。

 逆ギレ、あり得ます。


 ――あんな小娘に、聖剣は相応しくない!


 カーラ・アザミの喚き声が聞こえるようだ。


「戦争は、おっ始めないでくださいよ!」

 折角、平和の最長記録を更新中なのに、とジェイクは一応釘を刺す。

「解っている」

 団長はしかつめらしくうなずいた。

 だが「しかし」と一転、不敵な物言いになる。

「もしもあのヒステリー女が仕掛けてきたら、容赦はしない。存分に、血が凍る思いを味合わせて――」

 そこで、なにかを思いついたふうに言葉を切る。

「うん。あの女が仕掛けてくれたら、面倒事が一度に片付くかも……」


 厭な予感しかしないジェイクだった。


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