第二章 9.婚約者候補、襲来……?

「それから」

 口調を改め、事務的に団長がいった。

「誕生日の夜会に、ブレアの第二王女が招待された」


 ブレアとは、ロザリアの北に位置する立憲君主国。

 五年前、東のマルダンがブレアに侵攻したとき、フィルオードが単身乗り込んで、マルダンの兵を追い返した。それ以来、二国間の関係はとても良好だ。


「ブレアの第二王女……」

 ジェイクは記憶の抽斗を引っ掻きまわしたが、顔も、名前すら浮かばない。

「お会いしたこと、ありましたっけ?」

「マルダンとのごたごたのせいで、最近まで田舎町に疎開していたそうだ。ドーラですら、顔を知らないといっていた」

 魔術師ドーラ・スリラは四方の一人。長くブレアとの外交を受け持っている。

「ブレアの王女は、五年前のことを人伝えに聞いて、私を英雄だと思い込んでいるらしい。勘違いも甚だしいが」

「おいくつなんですか、ブレアの第二王女って」

「十六だそうだ」

 五年前は十一歳か。夢見るお年頃だ。

 流しの語り部あたりから聖剣様の活躍譚を聞いて、憧れの王子様との結婚を望んだのかもしれない。苦行とも知らずに。


「なんというか……面倒ですね」

「他人事ではないよ。第二王女は王室同士の交流も兼ねて、一カ月ロザリアに滞在するそうだ。蒼の月にこちらに来るので、国境まで迎えに行けといわれた」

 そちらは、魔術師団長への命令だ。

 国境から王都まで、馬車で一週間以上かかる。迎えに行けば、フィルオードは道中ずっと、第二王女の相手をすることになる。わざわざ見合いの席を設けるよりも、余程手っ取り早いやり方だ。


「陛下にやられましたね」

「ああ」

「第二王女御一行様を一度に国境から王都まで転移するのは、流石の団長でも無理でしょうし」

「そんなことできるのは、ティアリスくらいだ。彼女なら、全員まとめて転移するくらい朝飯前だった」

「え、失踪中の婚約者様って、そんな凄い方なのですか」

「あの人は規格外なんだ」


 例えばこの書と、フィルオードが虚空から『アリアの書』の写しを呼びだす。最後まで書を写し終えると、こんなふうに出し入れすることができるようになる。


「これなしでは描けない魔法陣が私にはあるが、私は参照しているティアリスを見たことがない」

「はあ? ということは全部頭に入っていたってことですか?」

 一万通り以上の魔法陣が?

「ああ」

 私なんてまだまだだ、とフィルオードが眉間に皺を寄せる。ジェイクにいわせれば、団長だって十分ぶっ飛んでいると思うのだが……。


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