第二章 7.これが正しい王弟と平民娘の距離?

 己の縁談だと思いきや、実際は双子の嫁取り。


 確かに、王立学校を卒業した優秀な二人に、どうしてお嫁さんが来ないのかなあと不思議に思っていたけれど。

 よもや、はみだし黒毛のせいだったとは。


 黒髪って、いい考えだと思ったんだけどなあ。

 遠い瞳になりつつ、台所に戻る。


「長生きするって、こういうことかぁ……」


 十二年しか生きていないにも関わらず、もう嫁小姑問題だ。


「……長生きすると、色々あるもんだ」


 つくづくと感じ入りながら、皿洗いに精を出す。


 洗って洗って洗いまくって。

 ようやく桶の底が見えてきたとき、後ろでいがらっぽい声がした。

「お前、こんなところでなにやってんの?」

 おや、お出ましだ。

 ちらりとふり返ると、久しぶりに見るゲイルは、ひょろりと縦長に伸びて、青年の背丈になっていた。がらがらとした声は、変声期なのだろう。

「見てわからない? 皿を洗ってるの」

「だから、なんでお前がうちの家の皿を洗ってんだ?」

「あんたこそ、話を聞いてないの?」

「話?」

 聞いてないんだ。やっぱりね。

 ゲイルの両親は、はみだし黒毛を嫁にとは、一ミリも考えていない。


 父さん……できればもうちょい慎重に、花嫁修業先を選んでほしかったなあ。


 近場の縁談を思いついたエルナンに、呆れてしまう。

 早くアリスを家から出したいならば、王都の学校にでもやってしまえば済むことだ。それをせずに、斜向かいに嫁にやろうとするなんて。できる限り自分の手元に娘を、という父親心が透けスケなのだ。


 しかし、これは好機かも。

 上手くすれば、穏便に家から出られるぞ。


 とりあえず前向きに考えることにして、アリスはじゃぶじゃぶ皿を洗い続けた。

 

 

 しかし、家を出るといっても、どうしよう。

「相談しないと、フィルが怒るよねぇ」

 だが、そういうときに限って、フィルオードが来ないのだ。

「誕生日に使った折り紙の小鳥は、作るのに二カ月もかかるし……」

 作っておけばよかったと、今更ながら後悔する。

 いや、小鳥よりも、確実に連絡が取れる手段を準備しておくべきだったのだ。

「一週間に一度は顔を見せていたのにな……」

 頼まなくてもあちらから頻繁にやって来るので、必要性を感じなかったというのは言い訳だ。


 遠征かなにかにでも行っているのだろうか。

 外交とか。

 社交とか。

 あるいは……お見合いとか。


 名ばかりの茶会に出席させられて、王弟妃候補と交流させられているのかもしれない。

 銀狼の口からそういう話が出たことはないが、フィルオードはもう二十四歳。結婚していないのがおかしいくらいなのだ。


「……ま、本人は嬉々として臨んでいるかもしれないしね」

 平民の小娘には関係のない話だよ。

 呟きながら、アリスはぼんやり王都の方角を見遣る。


 人間のフィルは、いつだって夜陰に紛れていて。

 昼間は、銀狼の姿でしか現れず。

 お日様の下では、堂々と会えない間柄。


「よく考えたら、私、いまのフィルオードがどんな容姿か知らないんだった……」


 王弟との距離をひしひしと感じるアリスだった。

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