第二章 6.びっくり、双子兄の嫁取り問題だった!

 お試しの花嫁修業といっても、行くのはマイア商会の斜向かいにある〈トーノ食料品卸し店〉。


 マイア商会の二倍はある建物だが、大きいのはトーノの建物が倉庫と住居を兼ねているからだ。商売の規模は、ほとんど変わらない。ひょっとしたら、王都の店とも取引のあるマイア商会のほうが儲かっているかも。


 嫁候補の初出勤だというのに、出迎えてくれたのは家族の誰でもなく、ゲイルの叔母のキトリだった。子育てが一段落したらしく、時々実家に戻って店番をしているらしい。


「いらっしゃい」

「こんにちは。これから娘をよろしくね」

 アリスに付き添ってきた母親は、店舗の奥にいたトーノのおかみさんのマトリに挨拶すると、あっさり帰ってしまった。


 身構えていたアリスとしては、ちょっと拍子抜け。

 でも、これくらい気軽なほうが、破談になったとき、後腐れがなくていいか。

 気を取り直して、アリスは店舗の中を見まわした。

 さてと、どんな仕事を手伝うのかな。

 トーノの商売は卸売りが主だが、一部店舗で販売もしている。売り子くらいならすぐにでも手伝えそうだ。

 そう思ったのであるが、

「じゃあ、さっそくお願いしようかね」

 キトリに連れていかれたのは、店舗ではなく、店舗の裏にある住居のほう。

「洗い物、頼むわね」

 こんもりと積み上がっているのは、朝食で使ったらしき調理器具と、食器の数々。

「あの……」

 アリスは困惑しつつキトリを見上げた。

「私、店で働くって聞いていたんですが」

 雑用から始めるのが見習いだとしても、店の雑用だ。これはどう考えても家事だろう。

 だがキトリから返ってきたのは半笑い。

「アリスちゃんって、学問所に通っていないんでしょ。読み書きができない子に、お店の手伝いなんて任せられるはずないじゃない」

 父さん……私が読み書き算術ができること、いってないのか。

 双子兄に教えさせた、とか適当にいっておけばいいものを。

 自己申告しようかと迷ったが、今日のところは大人しく家事手伝いをすることにして、アリスはうなずく。


 じゃあお願いね、とキトリは踵を返した。

 速やかにアリスもまわれ右して、こっそり彼女の後を追いかける。

 案の定、キトリは奥へと入っていった。


「姉さん、なんかあの子、店の手伝いをするつもりで来たみたいなんだけど」

 さっそくマトリに言い付けている。


「ああ、エルナンが、アリスをゲイルの嫁にどうかな、なんていってきたからさ。じゃあ試しにウチの手伝いでも、って返事したんだけど、勘違いしたんだね」

「まさか、本当にあの子をゲイルの嫁にするつもり?」

「んなわけないだろ。あんな、ずっとだんまりのお人形だった子。気味が悪いよ」

「うん。はみだし黒毛だって、うちの娘もいってた」

「だろ?」


 けらけらと二人の女が笑う。


「にしても、まだ十二、三歳の娘を嫁になんて、エルナンはちと気が早くないかい?」

「エルナンはさ」

 マトリがやや声をひそめた。

「息子二人に嫁の来手がなくて、焦ってんだ」

「双子の? でもあの二人、顔も頭も悪くないよ」

「それでも、娘たちが及び腰なのさ。小姑がいるせいで」

「小姑……ってああ、成程」

 合点がいったふうに、キトリが呟く。

「はみだし黒毛でも、アテナ商会のお嬢さんだからねぇ。働きに出すわけにもいかないだろうし」

 嫌味っぽくマトリがいう。

「エルナンとしては、黒毛が縁付くまでの数年間、口実を付けて家から遠ざけようという腹積もりじゃないのかね。昼間は小姑は家におりませんって、若い娘にアピールしたいんじゃないか」

「その口実が、花嫁修業? 修行先がウチじゃなけりゃ、苦肉の策だと笑うところだけど」

「ありがたく使わせてもらうさ」

 マトリがいう。

「ウチとしては、タダ働きしてもらえて万々歳。そのうち適当な瑕疵をでっち上げて、やっぱりウチは無理ですって、お断りすりゃあいいんだから」


 参ったね、こりゃ……。

 アリスはそっとその場から離れた。


 

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