第二章 2.狼と赤ずきん

 着いた先は、雑木林。

 毛織物のコートに、赤いフードを被った女の子の前。


「……うきゃっ」

 女の子は突然現れたジェイクに飛び上がり、悲鳴を上げた。

「だ、誰……?」

 黒いローブ姿のジェイクを、びっくり眼で見る。


 だが、仰天したのはジェイクのほうだ。

 正確にいえば、女の子の横に侍る、銀色の狼に。


「団……?」


 ギロリと狼に睨まれて、寸でのところで口を閉じたが。

 な、なんで……団長が。


 変化の魔術は、フィルオードが『アリアの書』から拾い上げ、研究を重ねて、数年前にようやく完成させた特級魔術である。

 しかし、猜疑心を煽りかねない術であるため、フィルオードは術のことを秘匿している。兄王にさえ告げていない。銀狼の姿を知っているのは、ジェイクとリリアナのみ。

 それは兎も角。

 

 団長、一体その子は誰ですか?


 ジェイクは困惑気味に女の子を見つめた。


 隠し子……にしては、大きすぎる。

 幼児趣味に目覚めた……にしても、育ちすぎている。


 なにより、己にしがみついている少女を、狼が厭そうな素振りもなく許していることが驚きだ。

 女が絡みついてきたら、問答無用で、城外まで飛ばすような御仁なのに。


 驚きのあまり声を発せずにいると、女の子が愛らしい声でたずねた。

「おじさん……、もしかして王国魔術師団の人ですか」

 うん……。お嬢ちゃんからすれば、二十七でもオジサンだよね。 

「そ、そうだよ。私は王国魔術師団の副団長のジェイク・ジェインだ」

「副団長……」

 女の子が呟いて、ああ、と合点がいった顔になる。

「この子のお迎え? 緊急なのかしら?」

 ぎゅうぎゅうしがみついていたにしてはあっさりと、女の子は狼から離れた。

「じゃあね! フィオ!」

 にこにこと手をふる少女に、ジェイクは確信した。


 この子、狼が誰だか知ってるぞ。


 加えて、この「また明日」みたいな挨拶。

 そんなに頻々と逢瀬を重ねているのか?


 ぷるぷるとジェイクは震え上がる。

 そんな補佐官をからかうように、狼はおもむろに少女に向き直ると、その可愛らしい唇をペロリと舌で舐めた。

 ジェイクはその場で卒倒しそうになった。



「なにやってんですか! 団長!」

 雑木林を歩いて少女に声が届かない場所まで移動すると、ジェイクは吠えた。

「なにって、マーキングだ。あの娘に、私の魔力を混ぜておけば、捜しやすくなるからな」

「って、本当に獣かよ」

「それはそうと、緊急の要件か」

 人間の姿に戻り、フィルオードがたずねる。

「シャーロン領に魔力の揺らぎを感知したと、フクマ卿が」

「ここが、そのシャーロン領だ」

「へ?」

「魔力の揺らぎは、私が転移したときのものだろう」

 その点については、あっさり解決したが。


 いい加減にしてくださいよ、とジェイクは文句をいった。

「おかげで、転移の陣を使う羽目になったんですよ」

「ふん。フクマの爺が感知したなら、奴に任せればよかったんだ」

「ぎっくり腰だそうです」

「嘘だな」

「嘘ですね」


 抜けだしているのを気付かれたかな、とフィルオードが独り言ちる。

「バレてるよ、って? 遠まわしの忠告ですか?」

「フクマらしいが」

 帰る、とフィルオードはいきなり転移の陣を展開した。

「フクマの爺には、適当に報告しておけ」

 ほら行くぞ、と腕をつかまれる。

「来るだけで疲労困憊だろう? 仕方がないから、連れて帰ってやる」


 え? とジェイクは目を瞬かせた。

 どういう風の吹きまわしだと首をかしげかけて、はたと気付く。


「女の子のこと、胡麻化そうったって、そうはいきませんよ! あの子とはどういうご関係ですか!」

「……古馴染みだ」

「はあ? 十二、三歳の少女でしたよね? それが古馴染みっておかしいでしょ」

「……ぎゃあぎゃあうるさい。自力で帰りたいのか」


 腕を離されそうになり、ジェイクはとりあえず黙った。

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