幕間 真珠色の髪の乙女(2)
急速に室内の温度が下がる。
己が立つ床からぴしぴしと凍り始めたが、フィルオードは力を抑えることなく、ぎらぎらした瞳を兄王に向けた。
「……なぜ、真珠色の髪の乙女が傍にいたら、儚子が死なずに育つのですか」
「知らん」
ゾイドが短く返す。
「儚子が短命な理由なら、お前の成長から導きだされた仮説はある。恐らくは魔力過多だ。生まれ持った膨大な魔力に幼い体が耐え切れず、儚くなってしまうのだ。だがなぜ、同じ儚子である乙女が傍にいるだけで、儚子が健やかになるのか。訳が分からないとティアリスもいっていた。彼女自身、研究もしていたが……謎を解く前に亡くなってしまった」
ゾイドが残念そうに嘆息を漏らす。
息が白い。薄い着衣では、耐え切れないほどの寒さだろう。
だが王は諦観した声で続けた。
「……ベニマ王は、儚子が膨大な魔力の素であることを知って、儚子による強力な軍隊を作る夢を見たが、実現しなかった。それで、己の夢を後の王に託さんと、真珠色の髪の乙女云々の言葉を残したのだろう」
「ベニマ王は〈賢王〉ではなく〈覇王〉と呼ばれたかったのかもしれませんね」
フィルオードは皮肉っぽくいった。
いまや、王の居室は床から天井にかけて真っ白に凍りつき、シャンデリアの下を氷の結晶がきらきらと漂う。
しかしゾイド王は震えもせずに、冷徹に断じた。
「お前はこれから、我が国の防御の要になるだろう。だがそのせいで、軍部は弱体化する。万一、お前がいなくなったら、すぐにでもロルムが攻め込んでくるだろう」
「……だから次代を作るべく、私に真珠色の髪の乙女を探せとおっしゃるのですか」
「そうだ。死ぬはずだったお前を助け、鬼子を作ってしまったのは私の責だから」
そこまでいって、ゾイドは「違う」とでもいうようにかぶりをふる。
しばし沈黙した後、苦しそうに告白した。
「……王妃が身籠ったのだ」
儚子だとしても助けたい、と声を絞りだすように続ける。
「息子が第二の私になると解っていて助けるのですか。鬼子は私一人で十分です」
「鬼子だといったことは謝る」
ゾイドは白い息を吐きながら、それでもきっぱりといった。
「だが、第二子が儚子ならば、真珠色の髪の乙女を付けて、次代の聖剣とする。これは、王としての決定であり、命令だ。お前はさっさとティアリスの代わりを見つけてこい」
誕生した第二王子は、儚子ではなかった。
だが乙女探しの王国巡りは、フィルオードにとって有意義な旅となった。真珠色の髪の乙女はいなかったが、そこそこ魔力を持った人間たちを見つけたのである。
フィルオードは彼らを口説いて王都に連れ帰り、王国魔術師団を結成。自ら団長に就任し、ついでに王位継承権放棄を宣言して、(正式にはまだ認められてはいないが)自分の肩書と居場所を作った。
フィルオードは、その後も真珠色の髪の乙女を探し続けた。
ある仮説にたどり着いてからは、真珠色の髪の乙女ではなく、真珠色の髪と紫の瞳を持つ娘を、真剣に捜すようになって。
しかし、隣国同士のいざこざに協力する口実で、近隣諸国まで足を伸ばしてみても、見つからず。
まさか髪色を変えているとは、思いも寄らず――
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