幕間 真珠色の髪の乙女(1)

 フィルオードの婚約者が消えて、三年余りが経った頃。


 兄王に命じられたのが、王国全土を巡る旅だった。

 要は、魔術を駆使して秘密裡に領土を視察し、汚職があれば暴いてこい、という命令。

 転移の魔法陣はまだ使いこなせておらず、騎馬で尻を痛めながらの旅になる。だが、フィルオードに否やはなかった。周囲に怯えられながらの暮らしより、埃にまみれて野宿のほうがどれだけ気が楽か。


 婚約者が消えた日を境に、ぐんと魔力量が増し、一気に『アリアの書』を最後まで写し終えたフィルオードは、成人を目前に、誰にも手が届かない魔術の高みに昇りつつあった。

 同時に、畏怖される存在になっていった。

 監禁こそされなかったが(そもそも不可能だからだが)、〈四方〉以外の人間は、フィルオードを見ると、狂犬病の犬に遭遇したように逃げだす始末。


 王城になど未練はなかった。フィルオードは「喜んで」と命令を拝受した。

 


 しかし、出発前夜。

 王の居室に呼ばれたフィルオードは、念入りに人払いをしたうえで告げられた兄の言葉に、耳を疑った。


「……いま、なんと?」

「聞こえなかったのか?」

 兄ゾイドは眉間にしわを寄せ、はっきりした口調で繰り返した。

「遠征中に、真珠の髪色の娘を見つけたら、なんとしてでも城へ連れ帰れ、といったのだ」

「真珠色の髪……?」

「そうだ。お前の婚約者と同じな」

「……理由を教えていただいても?」

「理由を聞いたら、お前は立太子することになるぞ。本来これは、王太子にしか伝えられないことなのだ」

「……王位を継ぐつもりはありません」

 フィルオードの答えに、兄が嘆息する。

「カイドはまだ幼すぎる。加えてお前は、当事者でもある。王にならずとも、知っておくべきだろう」

 

 独り言だから、聞き流せ。


 そういって、ゾイドはふっと遠い瞳になると、諳んじた。

「これは、代々ロザリアの王から王太子へ、立太子するタイミングで伝えられてきた、賢王ベニマの言葉だ」


『王太子は妃を迎える前に、真珠色の髪の乙女を探しだせ。王子が儚子ならば、救い手とせよ』


〈儚子〉とは、どうしようもないほど虚弱体質で生まれてくる子供のことである。育ちあがることなく亡くなってしまうので、「儚子」と呼ばれている。現行、救う手立てがないため、最初から育てることを諦め、死産にしてしまう家がほとんどだ。

 儚子であるか否かは、生まれた落ちた瞬間に判るからだ。

 儚子は、髪色が白に限りなく近い色なのである。

 フィルオードのように。


 ゾイドは遠い瞳のまま賢王の言葉を紡いだ。


『娘が死んだら、また真珠色の髪の乙女を探しだせ。次の乙女がどこかで生まれている』


 まるで代用品を探せとでもいうような言葉に、フィルオードは堪え切れず魔力を漏らし、冷気を発していた。

「どこかとは、どこです?」

「知らぬ。それを探してこいといっている」

 突き放すようにゾイドはいう。


「ベニマ以降の王七代の治世で、真珠色の髪の乙女は、ティアリス以外に三度目撃情報がある。一度は王国内で、あとはロルムとドロテアで」

「国外……」

「何代か前の王までは、律儀に乙女を探していたらしい。だが、白い髪色からもわかるように、真珠色の髪の乙女は儚子で、そもそも生きているのを見つけることが難しく、その上、何代にも亘って王家に儚子が誕生することもなかったため……先代王、つまり我々の父上は、乙女を探さなかったどころか、立太子した私に伝えてもいなかった」

 

 フィルオードが生まれるまでは。


「白金色の髪色のお前を見た父上は、慌てて私に乙女を探すように命じた。それから五年を費やして、奇跡的に見つけたのが、十五歳まで生き延びていたティアリスだ。私は彼女を王城に連れ帰り、養育係としてお前の傍においた。とにかく、乙女がいれば儚子の弟が健やかに育つと、単純に考えて……」


 フィルオードが成長するまでは。


 

 ティア――

 フィルオードはその場にくずおれそうになった。

 ティアリス。

 亡くなって三年も経ってから、己の傍にティアリスがいた本当の理由を知らされるなんて。

 絶望感が胃の腑からせり上がってきて、吐きそうだ。 


 恐らく、意図的に隠されていたのだ。

 己がこうなることが分かっていたから。

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