第一章 16.王弟殿下の目に留まりました
「雷避けの日傘か。面白い」
興味を引かれたふうに、フィルオードが日傘を受け取った。
「青天の霹靂ってあるだろ? そういうときのためのお守りさ」
王都の住人ではないのか、店の女は客が王弟であると気付かぬ様子で、砕けた口調で説明する。
「これを作ったのは貴女か?」
「いいや。これは、シャーロン領で店を出してる知り合いに頼んで分けてもらったんだよ。その知り合いも、別の知り合いから分けてもらったっていってたね」
とにかく人気の商品で、手に入れるのが大変で、ようやく今日五つだけ市に持ってきたのだと、女は笑顔で答える。
「どこで作っているのか、知らないのか」
「シャーロンの知り合いは、三つも四つも向こうの領から来てるらしいって、いってたけどねぇ。よく知らないんだ。ごめんよ」
「いや、気にするな」
フィルオードは日傘を左右の掌の上に捧げ持ち、分析するふうに見下ろした。
「傘骨と柄は、普通の木のようだが」
感触を確かめながら、ゆっくりと持ち手に触れ、リボンをほどく。
無造作な手付きなのに、恐ろしいばかりの優美さ。〈リボンをほどく貴公子〉という題をつけて、壁に飾りたくなるような景色である。道行く女たちが、ちらちら盗み見ては、顔を赤らめ通り過ぎる。
はらりと傘が扇状に広がった。
隠れていた傘の模様が現れる。途端に、フィルオードの顔が険しくなった。
「どうかしましたか」
「……いや」
フィルオードは小さく首をふったが、鋭い目付きで傘を凝視したまま。慎重な手付きで、日傘を開く。
カチッと留め金にはまった音がして、再びフィルオードが動きを止めた。
「どうしました?」
「発動した」
「発動?」
フィルオードは無言で日傘の上部を凝視している。
こうなるともう、彼の耳にジェイクの声は届かない。魔法陣が絡むと、魔術師団長は何人も手の届かない高みへ行ってしまうのである。
諦めて見守っていると、フィルオードは模様を検証するふうに、開いた日傘を地面においた。
「茨? 妙な模様ですね」
トゲトゲした蔓が、中心から傘の縁へうねうねと伸びている。花でも散らせばよさそうなものを、茨しか施されていない。かろうじて縁に、茶色の糸で象形文字のような模様が入っているだけ。
「お前には、妙な模様に見えるわけか」
珍しくジェイクの呟きが耳に届いたらしく、フィルオードがふり返った。
興味深そうにこちらを見ているのは、気のせいだろうか。
「え? だって、日傘に茨だけって、変じゃないですか?」
ジェイクはたずねたが、フィルオードは答えず、傘を畳んで店主にいった。
「これを一つ貰おう。いくらだ」
「毎度あり! 二千エーンだよ」
「雷が避けられるのに、普通の値段なのだな」
「だからいいのさぁ」
女に金を払うと、フィルオードは日傘を大事そうに、ローブの下に仕舞い込んだ。
その後は、どことなくそわそわ、気もそぞろな感じで。
警らを終えると、急いた調子でジェイクにいった。
「城に戻って、日傘を試すぞ」
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