第一章 13.アリスの極小魔法陣マグ
心を取り戻して以来、アリスは独り遊びをしているふりで、毎日商品開発に励んだ。
しかし魔力がないため、予想以上に四苦八苦。
形にするまでに、一年とちょっとかかった。
けれど、ようやく。
「……うん、これならいいか」
ブツが完成。
品は出来たが、店をやっている誰かにお願いして、売ってもらわなければならない。
目星はもうつけてあった。週に一度、王都の市で果物と自家製ジャムの店を開いているジーナだ。流行り物に敏感で、商売気のあるジーナなら、「売れそうだ」と思えば、おいてくれるに違いない。
ついでにいえば、「女のくせに云々」などと言い出す心配もない。なにせ女である。
さっそく、会いにいった。
まずは、商品を売りたい理由をジーナに訴える。
「……小遣い稼ぎ?」
「うん!」
「小遣いくらい、親にねだればいいじゃないか。マイア商会のお嬢さんなんだから」
井戸端の女たちは、時々自分たちの輪に交ざりにくる黒髪の少女がどこの娘なのか、すでに知っている。
「私ね、いつか王都に行って、自分の店を持ちたいの! でも、うちの両親にはそういうの理解してもらえなさそうだから」
嘘ではなかった。父親のエルナンは、「女に学は要らん」とまではいかないものの、「女の幸せは結婚」と信じている人なのである。
このまま行くとアリスの人生は、嫁という永久就職の一択だ。
いつかは嫁に行くとしても、まずは自分の可能性を広げてみたい。そのために、とりあえずはお金を貯めたい。
その一点を強調して、アリスはジーナに自作の商品を見せた。
「……こりゃなんだい?」
ジーナが、八角形の布の継ぎ接ぎをしげしげと眺める。
「花瓶敷きだよ! 花の刺繍も私がしたの」
実は、刺繍は目眩まし。裂と裂を繋ぐ星形の縫い目こそが、ちりばめられた魔法陣の欠片だ。活けた花の魔力が水と花瓶を透過して初めて、一つの魔法陣として展開し、魔術が発動する仕組みになっている。
「これを敷いたら、あら不思議。お花が長持ちするかも~って感じで売りたいんだけど」
上目遣いにお願いすると、ジーナが花瓶敷きをつまんで苦笑した。
「けど、魔具じゃないんだろう、これ?」
マグとは、付与した魔法陣に魔力を通して動かす道具。
昔々に使われたものがいまでも遺っているので、存在自体は知られている。だが、底辺魔力のロザリア王国民にとっては、使えない代物だ。油切れで点かないランプみたいなものである。
「魔具じゃないけど、なんか謳い文句があったほうが売れそうじゃない」
「嘘の効果なんていただけないね」
「嘘じゃないよ。遊び心だよ」
「遊び心、ねぇ」
「安物の花瓶敷きで花の持ちがよくなれば、儲けものでしょ」
「真に受けた客から、効果がない! って苦情が出るかもよ」
「苦情は出ないよ、大丈夫!」
アリスは胸を張った。実際は、正真正銘の魔具なのだから。
「どっから来るのさ、その妙な自信は」
あっはっは、とジーナが豪快に笑う。
「まあいいさ。隅におくくらいはしてあげるよ。いっとくけど、場所代は取るからね。それと、子供が作ったっていうと売れないから、流しの業者から仕入れたことにするからね」
「わかった! ありがとう! ジーナさん大好き!」
「ははは。お礼は一枚でも売れてからいいな」
こうして、アリスの魔具商いが始まった。
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