第一章 12.謎の〈風の人〉

  

 ロザリア王国の一年は、十二の色で分けられる。


 温暖で過ごしやすい春の砂、黄、橙。

 暑くて乾燥している夏の翠、蒼、藍。

 実を結ぶ収穫の秋の紫、紅、茶。

 雪が降って閉ざされる冬の金、銀、白。


 一カ月は、大体三十日から三十一日。

 七日毎に、風炎水花木土陽――フウ・ヱン・スイ・カ・モク・ド・ヨウの日が巡る。

 五週目の〈余り日〉は、月によって二日、三日とまちまちだが、それぞれ、流れ星の日、虹の日、彗の日と呼ばれている。


 それとは別に、ロザリア王国では、曜日と人を結び付けて呼び習わす。


 炎の人は情熱的で、

 水の人は心が清く、

 花の人は可愛らしい。

 木の人は泰然自若、

 土の人は亡くなった方で、

 陽の人は明るく活発。


 ただし。

「風の人」は一人しかいない。

『アリアの書』の作者である。



『アリアの書』の著者に関して、詳しいことは伝わっていない。


 稀代の大魔術師、

 五百歳越えの偏屈老人、

 亡国の王太子、

 傾国の踊り子、

 絶世の美男子、


 天気を操った、

 空を飛べた、

 猛獣使いだった……。

 

 眉唾なものを含め、あらゆることがいわれているが、信憑性を持つものは一つとしてない。

 性別も分からぬ謎の人物であるため、風を操ることに長けていたという説の一つに基づいて、「風の人」と便宜的に呼ばれている。

 本当にそんな人間が存在したのか、想像上の人物なのではと疑う向きもあるが、でっち上げならば『アリアの書』は誰が著したのかということになる。

『アリアの書』が存在する限り、風の人は存在する。



「俺のお気に入りは、〈ファーレンハイトの悲劇の女王〉説だ」


 ワタナがいった。

 ファーレンハイトとは、昔々ローズアリアに滅ぼされた小国だ。領土の東端にファーレンハイトを併合したときに、ローズアリアはロザリアに改名したといわれている。


「ワタナにとっての風の人は、女性ですか」

「だってよ、そっちのほうが、夢があるだろ」


 風の人が、というより『アリアの書』そのものが女のようだ。

 写本が開いたときの再現を試みるワタナを眺めながら、ジェイクは考える。


 写本の紙は、いつものごとく、かすかに浮いてはぴしゃり、浮いてはぴしゃり。


 うん。やっぱり、つれないオンナだ。

 風の人に近付こうとするならば、ワタナが推す〈悲劇の女王〉説も、笑い飛ばしてはいけないのかもしれないと、ジェイクは思った。




 その頃。

 王都から遠く離れたシャーロン領の一角で、満面に笑みを浮かべながら、大風を浴びる少女がいた。


「はうぅ、なんて素敵な夕暮れ!」

 

 うっとりと見上げる目線の先には、茜色に染まる空を黒く塗り潰しながら、ごうごうと近付いてくる巨大な渦巻き雲。

 風に煽られ逆立つ黒髪をそのままに、おいで、と少女は両腕を広げて嵐の塊を歓迎する。


「あの中に入ったら、楽しいだろうなあ……」


 もっと風を……!


 少女の呟きは、びゅうびゅうと風に巻かれて消えていった。


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