第一章 10.魔術師たち

 現在、ロザリアの民の平均的魔力は、『アリアの書』を開くのに必要な量の、百分の一にも満たない状態である。


 しかし、みんながみんな、そうなったわけではない。

 僅かながら『アリアの書』を開くことができる人間がいる。

 それが、魔術師。

 魔法陣に魔力を込め、魔術を発動させられる特別な存在だ。

 現王ゾイドの治世では、ほとんど全員が王国魔術師団員として召し抱えられていた。


 王国魔術師団員は、いまのところ三十名。


 筆頭魔術師は、〈聖剣〉フィルオード・ギィ・ローズアリア王弟殿下。

 それから、〈四方〉と呼ばれる初老の重鎮魔術師たち。

 その下に、ジェイクを含めた諸々の、若手魔術師。


 等しく「魔術師」と呼ばれているが、〈四方〉の爺婆様は、フィルオードが生まれる前から、魔術師として王に仕えてきた者たちの生き残りだ。四人とも、ごりごりの上位貴族である。

 

 対して、若手のほうは、治安維持の名目で王国各地を巡っていたフィルオードが、勝手に拾って集めてきた者たちばかりだ。魔力量だけで連れてこられた面子なので、貴族も平民も混ざっている。(これも近衛の連中に蔑まれる一因にもなっているわけだ。)


 だが、身分以上に、ジェイクたちと〈四方〉の重鎮たちには、根本的な違いがあった。

 別格のフィルオードを除けば、魔術師団員のすべてが、この世に生まれ落ちたときの魔力量は、五十前後だった。

(なんだ五十ぽっちというなかれ。それでも常人の百倍以上なのだ。)


 生まれ持った魔力量は増えることはないので、ジェイクたち若手魔術師の魔力量は、現在も五十前後。


 だが、〈四方〉は違う。

 彼らの魔力量は、歳を取るごとに増していっているのである。

 常識を覆すようだが、実際、現在七十歳前後の爺婆様たちの魔力は、二百以上。


 つまり爺婆様たちは、若手が発動できる魔術の四倍以上、二千を超える魔術を行使できる猛者なのだ。

 副官のジェイクだって、六百止まりなのに。


 ちなみに、『アリアの書』において、五十の魔力量で発動できるのは、生活に直結した優しい魔術のみ。攻撃や防御に関する魔法陣を展開するには、少なくとも、百以上の魔力量が必要だ。

 つまり、王国魔術師団の若手は、魔術師なのに魔術で参戦できない。

 そのジレンマを解消すべく、若手魔術師は、日夜『アリアの書』と睨めっこして、どこかに己の魔力を上げるヒントがないか、どうにか書の制約を解除して、少ない魔力量でも魔法陣を展開する術はないものかと探している。だからこその「地下の連中」だ。


 この憎たらしい制約をかけたのは、たった一人の人間なのだから。


 人智を越えているように見えて、微妙に手が届きそうなこの距離感が、現代の魔術師たちを発奮させる。同時に、どんなに足掻いても、ちっとも近付かないような感じが(気のせいではなく、まったくお手上げなのだ)魔術師たちを焦らせ、寝食を忘れて地下に籠らせる原因ともなっている。

 なんとも、悩ましい限りだ。


 

 ――なんで、フィルオード殿下は、魔術師団員として、戦えもしない俺たちを連れ帰ったのかねぇ。


 前に、ワタナが首をかしげていたことがある。

 ジェイクは、殿下が強すぎるので均衡を取るためじゃないか、と冗談交じりに答えたのだが。


 実際のところ団長は、戦えない、攻撃や防御の魔法陣が展開できないほうが好い、と考えたのではと推察している。

『アリアの書』を戦いの道具にしないために。 

 ひょっとしたら、魔力量一万とも一千万ともいわれる己がいれば十分だと、思っただけかもしれないけれど。


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