第一章 9.『アリアの書』
昔々。
ロザリアがまだローズアリアと呼ばれていた頃。
ローズアリアの民は誰でも、多くの魔力を有していた。
だが魔力は、体温同様、ただ微熱を感じさせるだけの、役立たないものとされていて。それどころか、時々パチッと音を立てて、指先を弾いたりする厄介者で。
しかしあるとき、一冊の本の登場によって、魔力は一気に昇華させられた。
立役者本の名は、
『アリアの書』
〈益のない魔力を、役立つ術へ〉
収められていたのは、何万通りもの〈魔法陣〉。
大小様々な円や角形の、複雑怪奇な組み合せから成る、摩訶不思議な図形である。
この魔法陣に、必要量の魔力を流し込めば、様々な術を発現できる。無用の長物とされていた魔力が、有益なものとしての居場所を獲得した瞬間だった。
ただ、何万もの魔法陣と『アリアの書』の生みの親は、少々職人気質の変わり者だったらしい。
著書そのものに魔法陣を施し、色々な制約をかけたのである。
一、『アリアの書』を開くには、相応の魔力量を必要とする。
左右のページに五つずつ、十の魔法陣が記された本の、最初の見開きを開くためには、一の魔力を。
めくって次の見開きに進むためには、二の魔力を。
他人によって開かれた本を覗き込んでも、目に映るのは白紙のページだけ。
二、『アリアの書』を開いて魔法陣に触れるだけでは、魔術は発動しない。
魔法陣を展開したければ、最初から最後まで自らの手でそっくり書き写した写本――つまり謄本を作成し、自分専用の〈アリアの書〉を作ること。
『アリアの書』の最終頁は、自分用にするか、誰かのお手本用にするかを選ぶ魔法陣である。自分用に定めると、その写本は自分以外の誰も開くことができなくなる。お手本用にすれば、魔力量が足りている頁までは、誰でも開ける閲覧本ができる。
ちなみに、途中までしか書き写せていない抄本も、写した本人にしか開くことができないという制約付き。
当時のローズアリアの民は、貴族平民に関わらず豊富な魔力に恵まれていたため、制約についての問題はあまりなかった。
『アリアの書』の魔術は、瞬く間に民草まで浸透した。
国民全員が、自分専用の写本を持っているといっても過言ではなかったらしい。それほどまでに、王国には魔術が溢れていた。
しかし、時は流れ。
ローズアリアがロザリア王国になった頃から、民が有する魔力量が急激に減り始めた。
『アリアの書』の魔術を行使できる人間も徐々に減っていき、『アリアの書』を開くことすらままならなくなり。
星の数ほどもあった『アリアの書』のお手本も消えていき、三十冊を残すのみとなってしまった。
その三十冊すら、最終頁まで開くことができるのは、魔術師団長ただ一人なんだけどさ。
金色の美しい題名を見下ろし、ジェイクは再びため息をつく。
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