第一章 7.フィルオードのランプ
フィルオードは執務室に入るとまっすぐ机に向かい、ガラスシェードの卓上ランプにそっと触れてから、椅子に腰を下ろした。
視線の先で、ふんわりとランプの芯が発光する。
炎の光ではない。フィルオードが触れたときだけ反応する、フィルオードだけの特別なランプだ。
「それ、この前団長がお留守のときに訪ねていらしたゲイル大臣が、熱い視線で見ていましたよ」
後から入室したジェイクが、机上に書類をおきつつ報告した。
「ああ。以前、大臣の補佐官に、ランプを貸してほしいと頼まれたことがある。ゲイル以外にも、何人かにいわれたことがあるな。研究のためといっていたが」
「お断りを?」
「万一壊したら、命で償う。それでもいいなら持っていけ、と返事をしたら、誰も貸してほしいといわなくなったな」
本音をいえば、フィルオードもこのランプを研究してみたい。
なぜ、フィルオードが触れると光が灯るのか?
なぜ、フィルオードが触れたときしか、光らないのか?
しかし、解体はできない。ランプが壊れるのを一番恐れているのは、外でもないフィルオードだからだ。
ランプの光が失われたら、己は一体どうなってしまうのか。
恐らく、年に一度の夜会を乗り切ることはできないな。
自嘲気味に考えて、フィルオードは椅子に深く身を沈める。
通常の夜会ならば、どんなに請われても、フィルオードは魔術師団の長として黒いローブに身を包み、気配を消して会場の警護に当たるのみ。
だが年に一度だけ、避けられない夜会がある。
それは、王弟フィルオード・ギィ・ローズアリアの誕生日祝賀会だ。
誕生日祝いなんぞ、夜会を開くための口実だ。その証拠に、祝いの言葉を告げた後は、ほとんど誰もフィルオードに近寄ってこない。(来たとしても相手はしないが。)フィルオードは社交に勤しむ人々を、壇上から無表情に眺めつつ、ひたすら終わりが来るのを待つのみ。フィルオードほど、己の誕生日を疎ましく思っている人間はいないだろう。
誕生日か。
フィルオードの視線は、再びランプへと吸い寄せられる。
己の誕生日は、最愛の人の命日でもある。
「……お茶でも入れましょうか」
副官のジェイクがいった。
フィルオードが魔術師以外の女を悉くこの魔術師塔から追いだしてしまったため、この副官が、侍従のような仕事までする羽目に陥っている。初めは文句たらたらだったが、この頃は美味い茶を入れるようになった。
いつの間にか、上司の気持ちを察することまで、上手くなったらしい。
フィルオードは椅子の背にもたれたまま、首をふった。
「いや、いい。おまえももう上がれ」
「承知しました。団長もキリの良いところで上がってくださいね」
「わかったわかった」
勤勉な副官を帰らせた後、フィルオードは改めてランプに目をやった。
ランプの光は、フィルオードとは別の魔力から成っている。
明かりを灯せば、魔力も消費されるはずで。
だが常に、このランプの魔力は満タンだ。
まるで、常に何処からか供給され続けているみたいに。
供給元については、フィルオードには確信があった。
あの人が、戻ってきている。
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