第一章 5.年中凍土の聖剣様
「ほんと、聖剣様々だよ」
「でも、どうして王弟殿下が〈聖剣〉なの? 聖剣って、お伽噺の中の剣だよね?」
芋を笊に転がし、アリスはたずねる。
妙なあだ名だと単純に思ったからだったが、返ってきたのは予想外の反応だった。突然女たちが乙女の顔になって、きゃあきゃあ黄色い声を出し始めたのである。
「そりゃあんた、王弟殿下が聖剣みたいに、孤高で至高だからだよぉ!」
「こ、孤高で至高?」
「竜や魔王を斬ることができる至高の剣は、強すぎて怖いだろ? 同じように、至高の魔術師様である王弟殿下も、畏怖されてんだ」
「そう! 聖剣みたいに!」
ジーナがぐっと拳を握り締める。
「フィルオード様は、眩いばかりに美しく!」
「選んだ相手しか、己に触れさせず!」
「鞘を払って抜き身にできるのは、勇者のみ!」
孤高の聖剣様!
女が声を揃える。どうやら、有名な話らしいが。
「……本当なの、それ?」
実しやかに語られているだけかと思ったが、
「孤高の存在っていうのは、あながち間違いじゃないと思うよ」
とハンナがいった。
「なにせ、以前、ここに視察で来られた聖剣様は、最初から最後まで、にこりともしなかったからね」
「王弟殿下って、この町に来たことあるんだね」
「ああ、二度ほどね」
「いい男だったねぇ」
うっとりとジーナが遠い瞳になる。
「すらりと背が高くってさ、銀の糸みたいなキラキラさらさらの髪が、黒いローブに映えて」
「商店に立ち寄られているって聞いて、みんなで見にいったんだよ」
ハンナが説明した。ツワモノだ。
「〈薔薇のかんばせ〉の呼び声は、嘘じゃなかったね。あまりの美貌に、あたしゃ腰が抜けちまって」
「みんな、呆けたように見ていたよね」
「気を失ってる娘もいたよ」
「けど、誰を見ても、にこりともされなかった」
「喜怒哀楽が凍ってるとかいう話は、真実だったね」
「年中凍土の薔薇のかんばせだ」
「凍ってるのに花って、おかしかないかい?」
「じゃ、氷華だ」
「溶かすのは誰だ?」
「いやだよ。あの冷たい目に射貫かれるのが、ゾクゾクしていいんじゃないか」
「おまえさんなんざ、視界にも入れてもらえないよ」
「違いない!」
あっはっは、と女たちは大笑い。
「一時期、聖剣様を次期国王にと望む声も少なからずあったんだよ」
盛り上がる女たちに目をぱちくりさせていると、思いだしたふうにハンナがアリスを見下ろした。
「でも、聖剣様は、国王陛下の息子のカイド様が十歳になるとすぐに、自ら王位継承権の放棄を宣言して、魔術師団の長に就いたんだ」
「聞いたときには、アタシらも驚いたよ」
「けどさ、正式にはさ」
ジーナが前屈み気味に背を丸め、ひそひそといった。
「国王陛下がお認めではなくて、フィルオード殿下がまだ王位継承権一位だっていうあの話……本当だと思う?」
「どうかねぇ」
「じゃあさ、聖剣様を玉座に据えようとした者は、いかな重臣であろうとも中枢から姿を消してるっていう、あっちの噂のほうは本当だと思う?」
「そっちは本当かもね」
「聖剣様って、容赦しなさそうだもんね」
「怖いわね」
「コワいわよ」
怪談話のようになってきた。
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