第15話:おみやげの酒

「ただいま」



 シホがいつも通りと思われる感じで家に入った。



「おじゃまします」


「お?」



 おじさんもおばさんも家にいた。よかった……のか?



「いらっしゃい」



 おじさんもおばさんも頭の上に「?」が浮かんでいるのが分かる。


 朝 突然来たかと思ったら、朝食を食べて、出て行ったと思ったら一緒に戻ってきた。俺は、明らかに異常だろ。



「これ、東京のおみやげです」



 箱に入った日本酒を出した。一応 東京で醸造しているお酒らしい。



「へー、東京のお酒」


「よかったら一緒に飲みませんか?」


「そうかそうか、雄二くんももうお酒が飲める歳か」


「はい」



 もう……って言うか、28歳だけどな。



「私、おつまみ作るね」


「たのむよ」



 おじさんが普通に頼むってことは、シホは普段から料理をしているのだろう。



 *



 コップに酒を注いでおじさんとサシで飲む。



「これが東京の酒かぁ」


「らしいです。米自体は東京産じゃないみたいですけどね」


「そうかぁ。福岡の酒も米は他県の物もあるし そんなもんかもなぁ」



 味はいい。値段もそんなにびっくりするほど高くはなかった。720mlで2,200円。



「いいもんだな、こうして一緒に酒が飲めるのって。シホも飲めばいいと思うけど、家じゃあんま飲まないからなぁ」


「そうなんですか? シホも呼びますか?」


「私、おつまみ作ってるから!」



 キッチンからシホの声が聞こえた。ちゃんと聞こえているらしい。


 酒は昨日、みんなで飲んだんだけどな。なんか親と一緒に飲むのは恥ずかしいらしい。その価値観が分からないよ。



「うちは女の子だけだったから、将来の旦那に期待してるんだよ」



 男親は子供と酒を飲むのが夢とか聞いたことがあるけど、その類みたいだ。



「そうなんですか」


「そう言えば、今度シホも見合いするんだよ」



 俺はここで胡坐から正座に座りなおした。



「それなんですけど……止めにしませんか?」


「ん? シホももうじき30歳だからね」


「あの……俺……ずっとシホのこと好きで……」


「……でも、雄二くんは東京だろう?」


「俺、福岡に帰ってきます!」



 ここでグラスに日本酒を追加で注いだ。「おっと」と言っておじさんがコップを持ち上げた。



「仕事は? どうするの? せっかく東京に行ったのに」


「福岡で見つけます!」


「いいの? それで。後悔しないの?」


「……たぶん、今のままの方が後悔しそうで」



 おじさんはキッチンにいるシホに視線を送った。

 シホもこちらを見て「うんうん」と頷いていた。



「たしか……お父さんとあんまり仲良くないんだったよね」



 痛いところを突かれた。もし、シホと一緒にいる条件に「俺と父さんの仲直り」が設定されたら絶望的だ。



「雄二くんもいつか親になったら分かると思うけど、親だって一生懸命なんだよ。生きるのに精いっぱいで。いつも ぶっつけ本番だ。決断したことが良かったか、悪かったかなんか、ずっと後でも分からない」



 おじさんの言葉は分かるような、分からないような……それはきっと俺にまだ経験が足りないのだろう。



「そのとき良いと思って、後でやっぱり悪かったり、短期的には悪いと思っても、長い目で見たら良いことだったり、ね」



 それは少し分かる気がする。俺が東京に出たことは、6年間の無駄のようだけど、その時間があったからこそ、シホに向き合えた。ずっと福岡だったら……どうだろう。それは分からないけど。



「濱田さんが雄二くんの今の年齢の頃だと既にきみは生まれていた訳だよね」


「……」



 そうか、そういう考え方もあるのか。父さんの年齢は分からないけど、逆算すると25歳とか26歳とかの時に俺が生まれてる。今の俺に奥さんと子供を養うだけの能力があるか……


 ハガレンにはできてた。やっぱりあいつはすごい。父さんはそれをしたのか。大学を卒業できなかった父さん。母さんと二人でバイトして生計を立てて……俺は当時のとうさんをまだ超えられていないのか。



「雄二くんは相変わらず頭は悪くないみたいだね。きみはシホとずっと一緒にいられるのかな? あの子ももういい歳だ。数年付き合ってやっぱり要らないといわれたら、男のきみはまだ大丈夫かもしれないけど、シホは……」



 多分、今 俺は試されている。俺の「本気度」を試されている。



「俺、3か月……どんなに遅くとも半年以内に福岡に戻ってきます。家を見つけて、仕事を見つけて、安定させます。そしたら、すぐにシホを迎えに来ます!」


「本気かな?」


「はい!」



 俺は身を乗り出して返事をした。



「このマンションね、古くなってきたからか少し空きが増えて来たんだよ」


「はあ」


「古いからずいぶん安くなっててね」



 全然違う話が出てきた。ここは団地と言っても分譲の団地。俺が小さい時からあるから築30年以上だろう。



「2階の3LDKが1部屋空いたから、ユウくん買わないか? 半分はうちがお金を出してあげるよ」


「え?」


「シホが遠くに行ってしまったら私たちも寂しいしね。同じ建物内だったら安心だ」


「じゃあ……許してもらえるんですか? はい! 買います!」



 俺が昔から憧れていたマンションタイプの団地。子供の時の俺では絶対に買えなかった。そこに住むことができる。シホと……俺の劣等感だったものがまた一つ埋まる。


 俺はなりたかった俺になる。



「きみの実家とも近いから、できるだけお父さんとコミュニケーションをはかってみたらどうだろう。きみがシホと結婚するのならば、私たちもきみの親になるんだ。協力は惜しまないよ」



 少々なことじゃ俺と父さんの関係は変わらないだろう。父さんの性格も変わらない。でも、今のままなら100%改善は見込めないけど、もしかしたら助けてもらったら1%くらいは良い方に進むかもしれない。


 シホが俺の横に座った。

 空のグラスを持って来たようだ。話は全部聞こえていたみたいだし。


 俺は、おじさんとシホのグラスに酒を注いだ。おじさんが俺のグラスに酒を注いでくれた。

 おばさんは酒を飲まないらしいけど、お茶を持ってきておじさんの隣に座った。



「じゃあ、これからよろしくお願いします」


「「「「かんぱーい!」」」」



お酒とお茶の乾杯の声がリビングに響いた。


END

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