仮題:VR世界で状態異常〈コンピューターウイルス〉はチートすぎる
紙崎キマキ
VR世界で状態異常〈コンピューターウイルス〉はチートすぎる
──絶対に手を出さない、はずだったのになぁ。
そんなことを思いながら、青年は真っ白い空間に立っていた。
ついさっきアバターの設定を終えたばかりだった。
現実世界とほとんど変わらない体格に顔つき、目元まで伸びた長い前髪が気休め程度にグレーに染められている。
そんな自分を眺めながら、ぼくは一体何をしているのかと青年は呆れ返った。
VR技術が発展した現代、今やフルダイブ型のオンラインゲームは当たり前の存在だ。
特に1か月ほど前に発売されたこの『 YOUR GEAR : To the Next Age 』──通称 "ユアギア" はすでに史上最高傑作のVRMMOとして名高い。たしかにインターネットに上がっているプレイ動画を見る限り、素晴らしいクオリティだった。
……とはいえ、本当はVRMMOには手を出さないと決めていたのだけど。
結局クラスメイトに押し切られる形で始めることになってしまった。
青年にゲームを勧めたのは、ほとんど話したこともない陽の当たる場所の連中である。皆で囲んで頭まで下げられてしまったら、さすがに拒否はできなかった。
『やあプレイヤー、新時代へようこそ! 私の名前は──』
「ブティックさんですよね」
『──おっと、予習済みのようだね!』
プレイ動画で見ました、と言うのは止めておいた。
対してブティックと呼ばれたその妖精は、ぱちぱちと手を叩いて青年の目の前で舞う。
『それなら今から何をするかも知っているかな? ずばり、キミの能力をここで決めるのさ!』
つまるところ、キャラクターメイキングだ。
妖精はウィンクをする。
『といっても決めなきゃならないのは
ええと、とブティックは続ける。
『基本的なのは剣の扱いを
「まぁ、多少は予習して来ました」
このゲームは基本的にはスキルだけで自分のアバターを強化していく。よってスキルの数は本当に膨大らしい。
サービス開始から1ヶ月、すでに発見されたスキルは千を超えているとかいないとか……。
「最初に選べるスキルは5種類でしたっけ」
『その通り! よくお勉強してるね! それじゃあ希望は?』
「……どこからどこまで選べるんですか?」
『ああ、そうだね! カタログをお見せしちゃいましょう!』
可愛らしい妖精の声に応じて、青年の手の中に本が現れる。そう分厚くはないがそれでもかなりの量だ。
これ、予習なしで来た人はゲームやめちゃうんじゃないか。
「〈
『ふむふむ。身体操作のアシストに、移動速度の上昇、それに脚力の強化……移動力特化だね!』
「移動はどんなときにも腐らないかなって」
……面倒臭かったので、結局カタログは開きもしなかった。
青年はあらかじめ予習した通り、攻略サイトで使い勝手が良いとされていた無難なものをチョイスする。
『あとふたつ選べるけど?』
「
『おっ、さすが勉強家さんだね! ではスキルスロット×2をキープと……』
ブティックは何か帳簿のようなものにすらすらと羽ペンを走らせる。
『それにしてもどうしてキープ? スキルは早くに取得した方がレベルがあがってお得なのに』
質問が雑談レベルになってきた。
「だって、せっかくなら自分の
『ううん……なるほどっ! さすが良く知ってる!』
「さすがに勉強してないやつでも知ってると思いますよ」
そう、誰でも知ってる。それを知らないやつは、そもそもこのゲームを始めない。
このユアギアというVRMMOには他のゲームにはない、そんなユニークなシステムがあった。
それが──バディ。
要するに、プレイヤーひとりひとりに与えられるオンリーワンの相棒だ。
これまで公平さを追求してきたMMO界隈は、ユアギアというゲームの登場で荒れに荒れた。
だって当然だ。それぞれのプレイヤーに与えられるバディは、どれだけ時間や金を費やしても他の人間では手に入らない。オンラインゲームの根底を崩しかねないシステムである。
けれど実際、ユアギアはこうして今のVRMMO界隈で覇権を握っている。
バディ──自分だけの相棒というのは、それほど魅力的なものらしい。このゲームにのめり込んだ誰もが、自分のバディと本物の信頼関係を築いている。
『バディはある種の学習装置だ』
「ええと……もうちょっと具体的に」
『キミ自身の性質や経験、それに環境……様々なものを見て、聞いて、それ次第でキミの隣に生まれる。だからもしキミが自分のアバターを
妖精は少し真剣な表情で言う。
『本当ならバディが生まれるには1週間くらい時間がかかるはずなんだけど……キミの場合は、どうやらすでに
「自己発生……じゃあ本当に、プレイヤーから収集した情報を元に生まれてくるんですね」
『うん、そうだよ! だから例えば……何か
「……どうですかね」
『わはは! 嘘が下手だなぁプレイヤー!』
……AI相手に嘘が通じるかよ。
青年は心の中でぼやいた。どうせこのぼやきもバレているだろう。
『まぁいいや。さあプレイヤー! 最後にキミの名前を教えて欲しいな』
ブティックの問いに、青年は答える。
妖精は羽ペンを走らせると、嬉しそうにひらりと舞った。
『よし、分かった。それじゃあ改めて──新世界へようこそ、
…………
………
……
…
「よお、キミだよな? ええと……ユーザーネームは
「うん、合ってるよ」
セントシエル王国の辺境、ミズリエルという町からゲームは始まる。町の中央にある鐘塔がミズリエルのシンボルだ。
ゲームを始めたばかりの青年、D・ポップをそこで迎えたのは3人の男たちだった。顔つきには見覚えがない、自分と違って結構アバターをいじっているらしい──とポップは勝手に当たりをつける。
男たちの隣には、それぞれ肩に乗るトカゲや宙に浮く小悪魔などの姿があった。
あれがバディってやつだろう。
「じゃあ一旦場所を移すか」
「ユアギアははじめてだろ? いろいろ教えてやるよ」
男たち──大学のクラスメイトたちの言葉に、ポップは着いていく。
ほとんど喋ったことのない相手とゲームをするというのはあまり気乗りしなかったが、断れなかった自分が悪い。やがて彼らに連れられたのは小さな宿屋のような場所だった。
「宿屋で部屋を借りておけば、ベッドをリスポーン地点に登録できるんだ」
「デフォルト設定だと、リスポーン地点はあの鐘塔前なんだけど……毎回知らないやつに死に戻りを見られるのも何となく嫌だろ?」
「まぁ、たしかに」
リアルではガラの悪いクラスメイトたち。
だがこうしてレクチャーしてもらうと親切に感じる、とポップは彼らに気を緩めた。
だが、そのときだ。
「ほら、リスポーン地点の登録してみろよ」
「うん」
「よし、登録したな」
直後、
「…………え?」
ポップが振り返れば、3人の男たちがニヤニヤと笑っている。
ひとりはポップの背中を斬り裂いた西洋剣を握っていた。
そして、
目の前のベッドの上で復活したポップを、再び剣が貫く。
「……ッ! おい、お前ら……何やって……ッ!」
またHPが消し飛ぶ。
ポップは死んで、そして再びベッドの上へと戻ってきていた。
男たちは、ニヤニヤと笑いながら言う。
「今さぁ、リリース1ヶ月記念で公式がPvPイベントやってんだよ」
「プレイヤー vs プレイヤーって意味ね? 要するにプレイヤーを殺せば殺すだけアイテムが手に入るってイベント」
「もちろん
咄嗟にポップはメッセージを確認しようとした。
もし彼らの言うことが本当なら、イベント不参加の申請のためのメッセージが運営から届いているはず──だが、それをする前にまたポップの視界はかき消える。
「…………う、ぁ……」
視界の明滅。
HPが0になる。
痛みはない。ゲームだから当然だ。
だがとてつもない不快感だった。痛覚が遮断された肉の中を、それでも冷たい剣先が突き進む感覚。漠然とした気持ち悪さ。
そしてまた
「悪ィな、もうちょい付き合ってくれよ
「300個から景品と交換できるんだ、あとで詫びるからさぁ。良いだろ?」
「……や、め…………ッ!」
……ポップは殺され続けた。
剣で身体を切り裂かれる。
ハンマーで頭を潰される。
殺され、HPが0になり──そして同じ場所で生き返る。
──ああ、全く。
なんでこんなやつらの頼みを聞いてしまったんだろう。
ヒトから頼み事をされたときに、断るのが苦手だった。多分それだけだった。
そんな後悔をしているうちに──ポップには
──Brrrrr-r-r-r-ring!
ポップにとって、それは聞き慣れない音だった。
そしてクラスメイトたちにとっても同じだ。そう、彼らもまた同じ音を聞いていた。
「おい、なんだこれ……」
「あれじゃねえか、ほら……電話?」
「バカ、こんな形の電話があるかよ!」
ポップを殺しながら、クラスメイトたちは騒ぐ。
斬り殺され、HPが0になる。ポップはまた死に戻る。そんな中で、ポップもそれをじっと見つめていた。
「いや、たしかに電話だよ……」
「え?」
呆然と言うポップの言葉に、クラスメイトたちは呆ける。
──たしか、黒電話ってやつだ。
ポップの記憶では、小学校の頃の博物館見学でしか見たことがないような物品である。回転式のダイヤルを指で回して電話番号を入力するとか……そんな旧世代の電話らしい。
そして直後──ポップはベッドから飛び退いていた。
「……お、おいッ!」
「くそ、生意気なッ! 初心者がここから逃げられるわけねェだろッ!」
──そんなこと、ポップにだって分かっている。
これまで大人しく殺されているだけだったポップの咄嗟の動きに、クラスメイトたちは反応を遅らせた。
だが彼の目的はこの部屋から逃げることではない──部屋の隅に転げた、
──Brrrrr-r-r-r-ring!
着信を告げるベルの音。それは誰に宛てたものか?
当然、目の前で惑うクラスメイトたちじゃあない。だとしたら、その相手は自分しかいない!
〈
──がちゃり。
そしてポップは、手に取った受話器を耳に当てる。
『──よォ。ピンチみてえだからよォ、手短に言うぜ』
「あ、ああ、頼むよ」
背後では、すでにクラスメイトのうちのひとりが輝く西洋剣を振りかぶっている。
ポップは性別も分からない電話の声に応じながら、咄嗟に急所をかばうように腕で盾を作った。
『ボクはお前の心より生まれたモノ──
剣が振り下ろされる。
ポップはそれをただ冷静に見上げる。
『つゥわけで……受け取ってくれよ
「……その名も?」
『──〈
……剣先がポップの身体を切り裂く、その瞬間だった。
直後、ポップの身体は
肉が、骨が、皮膚が、内臓が──その全てが
歯車と歯車が噛み合い、身体中の肉を巻き込んで挽き潰す感覚。金属と化してバネのような弾性を持った骨格が、肉と皮膚を突き破って体外へと飛び出る感覚。筋肉の中で金属質の導線が増殖する。バチバチと生体電流が増幅して爆ぜる。心臓でエンジンを蒸かす。張り巡らされた血管がゴム皮膜に覆い尽くされ、その体積と伸縮が全身を圧迫する。水晶体が分厚い望遠レンズと化し、眼窩の中でやわらかな眼球をすり潰す。パイプ管の中で超高音の蒸気が流動し、内側から火を通される。血液がオイルに置き換わり、肉体は青ざめていく。ときに着火し、溶け出した金属が体内に漏出する──
「これがぼくのバディってマジかよ……最ッ高に気分が悪いぜ……」
──やがてすべてが収まった頃、そこに立っているポップの姿は疲れ果てていた。
1度に味わった
『やっべぇ……間違えた。敵じゃなくて、お前を
「…………」
『けどまぁ、良いよな? 死ななかったんだからよ』
ケラケラと笑う電話越しのバディに、ポップはため息を吐いた。
出たのはヴンヴンと唸る雑音のようなファンノイズだったけれど。
「こ、こいつ……何をしやがった!?」
「た、たしかに斬ったはずだ……初心者が耐えられるわけ……ッ!」
「それはさ、ぼくが耐えたんじゃあなくて──」
ポップはそっと、自分を切り刻んだ西洋剣を指差す。
「──その剣がダメになったんだと思うよ」
「なっ……こ、これは……ッ!」
「俺の剣が、いつの間にか
機械仕掛けの怪物と化した
「
『気付いたか? ああ、
──ポップの予想は当たっていた。
〈毒〉や〈麻痺〉なんかとは比べ物にならない、未知の状態異常〈
つまり〈
その推測を裏付けるように、その侵蝕はすでにプレイヤーや
「ど、どうなってんだ……床がガラクタになっていくぞッ!?」
「お、俺たちの足もだよォ……ッ!」
ポップの足元から伝うように、機械へと変わっていく宿屋の床。そしてそれに接触していたクラスメイトたちの足も、じわじわと旧式化ウイルスに侵されていく。
ポップは思い出していた。そして考えていた。
どうして自分からこんな異常なバディが生まれたのか──でも、そんなの答えは明快だった。
昔からポップはこうだった。
触れる機械はすぐに壊れて、近寄るだけで正体不明のバグが頻発した。携帯電話さえ1年も無事だった試しがない。
世の中にはパウリ効果なんてものがあるらしいけど、おそらくポップもそうなのだろう。要するに、彼は機械をバグらせやすい体質だった。
「ぼくが小学校の頃、ちょうどフルダイブ型のVRゲームが流行り出した頃でさ……担任の先生がゲーム機をもってきて、みんなに体験させてくれたんだ」
『ほう、素敵な少年時代じゃねえの』
「でもぼくの番になって、何の予兆もなくゲームがバグった。呆然とする先生と、それに順番待ちだった同級生たちの視線を……ぼくは今でも覚えてる」
だから、VRゲームには絶対に手を出さない──はずだったのになぁ。
始めてみれば、手に入れたのはこんなバディだ。昔のことを思い出して苛立つ。
「だからこのイライラは、お前らで解消することにするよ」
「は、へぇ……?」
〈
「98回」
「な、何の話ぃ……?」
「お前らに殺された数だよ」
なので──とポップは続ける。
「同じ数だけ、ぶん殴る」
顔面が機械化していく感覚は──かなりキツいぞ。
そう言って爽やかに笑うと、ポップはその拳を思いっきり振りかぶる。
「あ゛っ 、あ、あ、あ゛ァ ……ッ!」
「き゛っ 、ヤ゛ァ ア゛ア゛ア AAAAAAAA──!?」
──ノイズ混じりの絶叫が、あたり一帯に響き渡った。
…………
………
……
…
「……お前、名前は?」
『ボクか? 名前はまだない』
どこぞの猫みたいなこと言いやがって。
「あいつらのバディみたいに実体はないの?」
『身体もまだ出来てねえなァ』
受話器の向こうで、バディは困ったように言った。
『今回はピンチだったから急いで出てきたがよォ、本来ボクはまだバディとして産み落とされてもいない──
「ふうん」
『だからほら、〈
ポップが振り返れば、建物をいくつか挟んだ向こうに宿屋がある。
とはいえすでに宿としての形は為していない。建物全体がウイルスに侵され、とっくにガラクタへと置き換わっていた。
『これからボクがどう成長していくかはお前次第だ。〈
「……人格?」
『うん。これからボクがバディとして変化していくに当たって、AIだって書き換わるかもしれねえのよ。だから今のボクとは短い付き合いになると思うぜ』
「ふうん、そうなんだ」
──まぁ、そもそもの話。
ぼくがこのゲームを続けるかどうかも分からないけど──なんてポップが言おうとすれば、それを先読みするかのようにバディは遮る。
『〈
「……なんで分かるんだよ」
『ご主人サマよォ、ちゃんと見たか? 侵蝕はしっかり
「まぁ、たしかに……」
『安心しろよ、お前ひとりにぶっ壊されるほどこの世界はやわくねェ。だからお前は──』
──ちゃんと
それだけ言って、通話はぶつりと切断された。
「…………」
生まれたばかりのAIが残したその言葉は、しっかりとポップの心に杭を打った。
コンピューターの仕切るVRMMOの世界で、コンピューターウイルスという異質な力を手に入れた
彼はそのうち他プレイヤーたちから「魔王」として恐れられるトッププレイヤーへと成長していくわけだが──それについてはまた別の機会に。
仮題:VR世界で状態異常〈コンピューターウイルス〉はチートすぎる 紙崎キマキ @oTorigi
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